第百六十六話 契約破棄
「おい……、お前。なんで、ここにいやがる」
ヴィールからすれば、目の前の光景は信じられないと言うほかない。ロズウェルは確かにシステム的な縛りを貸した上に、しばらくは出ることの敵わない収容所に幽閉されている筈。
そもそも、ボスに挑めるのは基本的にパーティー単位であり、このように七人目が入ることなどできない仕様になっている。
「そうそう、早めにやっておかないとね」
ヴィールの発言を遮るように、ロズウェルは懐から一枚の紙を取り出しヴィールの眼前に突きつけた。
「これの破棄はキミじゃないとできないみたいだからね。早いところ取り消してもらえるかな」
それはロズウェルを縛る契約の巻物であり、これがある限りロズウェルは攻略組の監視がない限り外に出ることも出来ず、NPCに話しかけても一切のイベントが発生することもない。これを取り消すには、攻略組の幹部の了承がなければいけない。
「それをするメリットが俺にあるとでも?」
「逆に聞くけど、拒否権があると思うのかい?」
それを言われるとヴィールは黙るしかなかった。
「別にキミらの邪魔をしに来たわけじゃない。これを取り消してくれれば、あっちの方もなんとかしてあげるよ」
そう言って、ロズウェルが親指で指示したのはライトの本体とセイクが闘っている方向。先ほどから凄まじい音と光が舞っており、消耗した今の自分では割って入ったところで足手まといになる。それどころか、万が一セイクが負ければ今度はその本体が襲ってくるわけだが、抗えるとは少々考えられない。
ただ、一度はセイクとライトを同時に相手取ったロズウェルであれば、なんとかできるかもしれない。
「……また、お前がこの世界を脅かすようなことをしでかさんとも限らない。その巻物はそれを防止するためのストッパーなんだ。簡単に取り消せはしないな」
「先に言っておくと、僕にとって面倒なのはNPCとのイベントとレッドリストにいることだけなんでね。今からでもまた騒ぎを起こしてあげようか?」
「……ッ!」
挑発するような口調に、ヴィールは言葉に詰まった。まだ交渉の体こそ装っているが、その実、選択権はないようなものだ。ヴィールは苦い顔をしながら、メニュー画面を開くことしか出来ないのであった。
聖櫃の中では、まるで大規模な花火が無数に爆発しているかのような音と光が炸裂していた。
「なんだよ……これは」
「かなり強い結界ね」
「ここまで強い結界なんて……里でもほとんど見たことないわ」
「解除はできないのか?」
「無理ね、結界術は私の専門じゃないし、力づくで解除しようにも私のステータスじゃ無理そう」
「それに、魔力の絶対量が足りません」
悔しそうにケンが拳をオレンジの壁に叩きつけるが、それでも聖櫃はびくともしない。ライトの分身を倒した後も生き残っていた五人だったが、堅牢な壁の前にどうすることもできなかった。
「ちょっとどいて貰えるかな」
「!?」
後ろからかけられた声に、ティーダを除いた四人はすぐさま戦闘態勢をとる。斧を構えた先には、こんなことになった元凶とも言える男、ロズウェルの姿があった。
「テメェ、なんでここに」
「あー、そういうのはもういいから。とっととそこどいてくれるかな」
敵意をむき出しにするケンの方を興味なさそうに一瞥すると、ロズウェルは聖櫃の前で何枚かのトランプを取り出した。
「おい、無視するんじゃねぇよ!」
ケンが挨拶とばかりに斧を振り上げたその時、後ろからティーダに腕を抱きとめるように止められた。
「駄目だ、ここは見逃してやってくれ」
「なんでだよ!」
「私たちは……コイツに一時的に協力する条件でここに来たんだ」
その、悔しそうなティーダの顔を見ると、抗議する気も失せてしまう。ケンが斧を下げると、
「まあ、そんな顔しないでくれよ。今ばかりはキミの友達を助けに来たと言えなくもないんだからさ」
「信用しろっていうの」
「別にしなくてもいいさ、それなら彼が力尽きるまでここで指をくわえてみているかい? もっとも、今のままだともう一人の方も不味そうだけど」
消耗の激しいトイニが、ミユにおぶられた姿勢のままロズウェルに悪態をつくが、ロズウェルはそんなことを気にもせず言い返す。それどころか、ロズウェルの何か引っかかるような物言いにトイニが眉をひそめたと同時に後ろからフェディアの叫び声が聞こえた。
「そんな、セイクさん。どうして……」
「フェディア!? どうかしたの!?」
無謀ながらに聖櫃の解除をこころみていた彼女だが、その最中に気づいてしまっあのだ。このままでは、ライトだけでなくセイクの身も危ないということに。