第百六十五話 援軍
「あら、こんなところでへばっていていいのかしら?」
意識が途切れる寸前、顔に何か液体が掛けられて何とかケンは意識を繋いだ。
「お、お前は……何で、ここに」
「話は後よ、回復したなら早いところ勝負を決めるわよ」
かけられたのは回復役であったようで、あれだけ痛みを伴っていた体が癒されていく。
「ふふっ、狂気に飲まれても危険を察知する能力は失ってないみたいね」
「……」
ケンの視界が晴れた時、そこにいたのは今回の作戦では入っていなかったはずのミストであった。彼女が全身からぞわりと紫色の空気を染み出させているのを、分身体のライトはやや離れたところから睨みつけていた。
「手短に言うわ、今の私とあなたならアレを何とかすることは可能よ」
「……よし! 聞きたいことはあるが今はライトを何とかしねぇとな!」
「……」
分身体のライトはケンとミストの二人を遠目に観察していた。この分身体は魔力の吸収と筋力の強化が多少できる程度。防御面に関しては強化のない現実世界の体と同等であり、即死回避はあるものの数回攻撃が掠れば消えてしまうような脆弱な存在である。
特に、ミストが出している毒の霧をまともに喰らえばただでさえ状態異常に体制のないライトは、あっさりと即死回避を貫通してやられてしまうことがしまう。
ただ、それでも対応する術が全くないというわけではない。どんな魔法にも冷却期間の存在はある。それがほんの一瞬だとしても、それを突くことができるだけの速度がライトにはある。
「来るぞ!」
ミストの毒の霧が時間切れになったタイミングで、ライトが動き出した。キャンセルを駆使して一気にミストの目の前にまで移動し、魂喰らいを突き刺した。魂喰らいは魔力を吸収するという性質上、魔法の発動をほんの僅かだが阻害する効力がある。
このままミストを吹き飛ばしながら、ケンと距離を取りながら連撃を仕掛け、その後にまたケンをじっくりと倒せばいい。そう思っていたのだが、
「ッ!」
「侵略する毒津波」
急激にミストの持つ魔力が膨れ上がり、魂喰らいが刺さったままの状態で毒の津波が四方を囲むように噴き出した。
四方を囲まれた今、残る道は上空のみ。魂喰らいは惜しいが、引き抜いている時間もない。手を離し、空歩を使いなんとか逃れようと上空へ駆ける。その刹那、
「!?」
全てを腐食させる筈の毒の大津波を切り裂く衝撃波が、ライトの体を両断した。消えていく最中、ライトの視界に映ったのは、
「うしっ、命中」
体の至る所を腐食させながらも、こちらに向けて斧を構えるケンの姿であった。
(クッソ……思った以上にジリ貧になってきやがった。早いところどっかに加勢する予定だったんだが)
ヴィールがちらりとステータスバーに視線を向けると、確実に減っているHPとMP、SPの値を見て悪態をついた。低ダメキャンセルは有効なスキルだが、ライト側も落下ダメージなどで対策が取れない訳でもない。
それ以上に雷風鎧の消費するMPとSPが持久戦において重くのしかかっていた。一気にやられることはないが、確実にこちらのリソースは減っている。その一方で、ライトの方は消費らしい消費をしている様子すらない。
(こうなったら、せめて時間だけでも稼がないとな)
このままでは勝てない。だが、持久戦ならできる。
攻略組の情報として、分身のスキルは一戦闘の間に使用回数があるのは分かっている。つまり、少なくともこの戦闘中に新たな分身が補給されることはない。
ヴィールの作戦では、だれかが分身体を倒したそばから、残りのところに戦力を集中させることで最終的に分身を使えなくした本体を叩くものであった。つまり、時間さえ稼いでいれば他のメンバーが助けに来てくれるかもしれない。
(情けないが、今はこれが最善手だ)
出力を絞り、少しでも長く雷風鎧を維持するように切り替えるヴィール。倒すのではなく、分身が他のところに行ってしまわないように最低限の攻撃は続ける消極的な戦法だが、どんな状況でもパーティーの最善を瞬時に選び続けるこの能力があったからこそ、彼は攻略組の幹部なのである。
「おや、思ったより苦戦しているようだね。やっぱり出てきてよかったってところかな」
しかし、今回に限ってはそんなことをしなくても良かったようである。
ヴィールが感じたのは、自身の頬を掠めるように何かが後ろから分身に向かって飛んで行ったということ。謎の声に一瞬意識を逸らされたと思えば、
「さてと、他のみんなは上手くやっているかな」
いつの間にか金髪で黒いスーツに純白の手袋をした男、ロズウェルが分身を一撃で倒していた。