第百六十四話 相対
他の仲間たちがライトの分身と闘いながら、それぞれの距離を離していく間、ライト本体を相手するセイクは止まっていた。いや、正確に言うと止まらざるを得なかった。
セイクとライトとの距離はほんの数メートル。お互いがその気になれば、次の瞬間には攻撃できる距離。セイクからすれば、一番面倒なのが初手で虚無のような大規模広範囲魔法を打たれることであり、そうなればいくらかの分身は消されてしまうだろうし、分身のクールタイムが終わるまで三、四人を相手にするのは面倒な上に少し間違えばやられてしまうかもしれない。
“ライト”としての記憶が、目の前の奴らは自爆覚悟でそこまでする覚悟はないと告げていたが用心するに越したことはない。わざわざ一対一の状況を作ってくれるというなら、それに乗った上で片付いた端から数的有利を作ってじわじわと倒せばいいだけだ。
時間はかかっても確実に勝利を目指す、それが神から直接を受けた自分の使命である。そうして、他の分身から感覚共有で送られてくる映像を見ながら、虚無を打たれても十分逃げ切れることを判断してからライトは動こうと判断したのである。
(お互いに妨害無しで動けるのは最初の一手、ここで何をするかで決まる!)
セイクからすれば、いきなり聖櫃のようなライトの動きを封じる手を打つこともできた。しかし、そのようなことをすれば、狭い空間でライトと乱戦をすることとなりこちらの被害も甚大な上に、最初の一瞬で倒し切れなければそのまま押し切られてしまう可能性が高い。
セイクから見ても一対一は望むところ。お互いの狙いが一致したからこその硬直であったが、他の仲間たちとの距離が十分に離れた今、まさに戦闘が始まろうとしていた。
(今だ!!)
「聖櫃!」
ライトの足が僅かに動いたのを合図に、セイクは聖櫃を発動する。縮地のようなアーツを使われて距離を詰められるのは仕方がない。それよりも、こちらが攻撃を当てられる可能性を上げる方が重要であるとの考えからの一手。
しかし、その考えは間違っていた。
「殺人鬼夜行」
「がッァ!?」
目の前のライトの姿が消えた。そこまでは瞬身を使われたと思ったが、背中に感じた鋭い痛みでその考えは否定される。ライトの弱点ともいえる行動に、移動スキルと攻撃の間に隙ができるというものがある。
キャンセルなどで誤魔化してはいるが、ライトは移動と攻撃を同時に行うようなスキルやアーツを持ってはいなかったのだ。だが、ロズウェルとの戦いで解放された殺人鬼夜行がその弱点を埋めてしまった。
セイクもそのアーツを警戒していなかったわけではない。ただ、映像で一度見ただけでライトの切り札ともいえる一撃を完璧に見切ることはできなかったのだ。しかも、映像のライトは殺人鬼夜行で首を狙い一撃で倒していた。
今のライトがstrの強化を受けていることは知らされていない情報であり、セイクからしたら致命判定で倒したと思っていたのだのだが、現実にライトの魂喰らいは前に闘った時とは比べ物にならない力で突き刺さっていた。
(きょ、距離を取らないと)
さらなる追撃にくるライトを防ぐべく、全身から魔力を放出して距離を取ろうとしたが、
「なっ!?」
「……」
ライトはその魔力の奔流を突っ切ってきた。元々、魔力放出にダメージは殆どなく、あくまで防御が極端に低いステータスのライトだから致命傷になっていただけである。
今のライト、正確に言えば世界設定を取り込み、その自身操作・世界変異に至った本体は、肉体の強度は現実のまま速度やアーツ、スキルはゲーム世界のものを使用できる状態にあるのだ。
全身に魔力を纏い強化したライトからすれば、セイクの放出はほんの少し火傷を負うようなもの。強引に近づいたライトの拳がセイクの腹にめり込み、顔が下がったところに回し蹴り。今までの貧弱な一撃ではなく、重い打撃であった。
(ち、ちくしょう。ここまで強くなってるのかよっ!?)
セイクは何とか倒れないように踏ん張るが、騎士剣を正面に構えて盾替わりにするのがやっと。
(それに……何だか力が吸われてるみたいなこれは何だ?)
不自然に強化された一撃よりも、気になることが一つ。背中に刺さった魂喰らいから何かが吸われているような感覚がしていた。
(引き抜いておきたいけど、そんな隙はないよな)
早いところ魂喰らいを引き抜きたいが、背中に手を回して引き抜くなんてことを許してくれる道理はない。仕方なく、セイクは防御を上げる魔法を使い騎士剣を持つ手に力を込めて、気合を入れ直すのであった。
凄い遅れてしまい申し訳ありませんでした。
最近かなり忙しかったのですが、これから時間がとれるようになったので、投稿ペースは上がると思います。