第百六十三話 決死
いくら耐久力が上がっているとはいえ、それは現実世界の肉体に置換しているだけのこと。非力な少女の一撃を魔力で固めた腹で受け止めるくらいはなんとかできたが、地面を抉りながら飛ぶ斬撃には敵わずあっさりと左腕は切断された。
「……」
ライトは切断された腕に目もくれず、片手でわざと不完全な印を結ぶ。すると、リンたちの目の前に土壁が出現したが、あっさりと瓦解し辺りの視界は土煙で奪われた。
今まで魔力を身体強化にしか使ってこなかったライトらしからぬ戦術、それでも脅威であることに変わりはない。視界を奪い、一瞬で懐に入り込む。何度も繰り返してきたで、咎められる事は無かった戦法なのだが、
「!?」
「チッ、取り逃した!」
「……私が」
先回りするように刀を構えていたリンの一撃を紙一重で避け、強引に回りこもうとしたライトの行く先をリュナが塞ぐ。
ライトは縮地を使い何とかその猛攻から逃れたが、それは距距離を取らされたという事を意味する。
「「血影探糸」」
土煙が晴れたそこには、まるで檻のように赤黒い糸がリンとリュナの辺りを覆うように張り巡らされていた。ライトが足元の石を蹴り上げて掴み、投げつけてみると糸に触れた瞬間その部分から鋭利な棘が噴出し石を破砕する。
自らの血を媒介に、探知と迎撃を同時にこなし、それでいて展開の中心はお互いの影であることから移動も容易である。
「凄い……」
「ぶっつけ本番だけど上手くいったようね」
「うん、これなら」
リンとリュナは、お互いを確認するようにアイコンタクトをとって頷くと、ライトに向かって一気に距離を詰めにかかる。
(……)
ライトは、かちりと頭のダイヤルを回すように自身の状態を現実から虚構に合わせる。わざわざ接近してきてくれているのなら、今までは過剰集中の力で見切り強烈な一撃を当てたいところだが、
「ほらほら! 攻めてきなさいよッ!!」
「……逃がさない」
血影探糸のせいで接近するルートは限定され、そこまで分かっていてばリンもリュナもライトを捉えるだけの技量がある。初見ならともかく、この二人には大会で殆どの手札を見せてしまっている。人妖合身した速度ならともかく、ただのトップスピードはいい加減慣れ始めてきているのだ。
それならば、
「!? 悪あがきをっ」
「……逃げても無駄」
今まで見せたことのない動きをすればいい。右手の魂喰らいを握り直し、逃げたこちらを追いかけてきた二人を迎え撃つ為に急ブレーキをかけ、逆に突撃する。
(誘われたッ!? それでも!)
明らかに誘われた形だが、血影探糸の維持に使う余力に余裕があるわけでもない二人に逃げるという選択肢はなかった。今まで見てきたライトの戦法を全て思い返し、意識をライトの最速に合わせていた。しかし、
(え?)
まるで走馬灯のようにスローモーションになったリンの視界に映ったのは、ライトが横にいたリュナの首に魂喰らいを当てている姿。
縮地ですらあり得ない速度、それだけでも思考が一瞬止まりそうになるがリンの第六感はライトの一撃がそれだけに留まらないということを伝えてくる。
「殺人……鬼夜行」
視界に映る光景はゆっくりなのに、妙にハッキリと聞こえたその言葉と共にリュナの首はあっさりと飛ばされてしまった。
次は自分、それは分かっているのに体が動かない。思考は巡っているのにそれに体がついていかない。ほんの数瞬が気の遠くなる程長く感じる一方で、目の前のライトはこちらに向かって来ている。
(あ、)
駄目だ。リュナが居なくなったことで、血影探糸の維持も不可能となりボロボロと崩れていくというのに、ライトはまたリュナを倒した謎の技がある。勝てない、そう諦めの言葉が脳裏に浮かんだその時、ライトとリンの間に轟雷が落ちた。
(かなり大規模の魔法、それもまだ来る!)
危機感知でまだまだ飛来してくることを感じ取ったリン、その瞳にに映っていたのはこちらに迫っていた筈のライトが回避行動に移ろうとしてた姿。それも当然、轟雷の威力はまともに受ければ即死は避けられないほどの威力であり、ライトからすれば逃げるのは当然。
リンからしても、すぐさま迎撃ないし何らかの対処をとらなければやられるのは免れない、ただ、それでも、
「……!?」
回避行動は取らなかった。リンが行ったのは威力をそぎ落とし、ただ速さを追求した飛刃・閃空を放っただけ。それでも、その一瞬でライトの顔は驚愕に歪み、
「これで私だけ逃げるなんてできるわけないでしょ……私もすぐそっちに行くわ」
そんなリンの呟きはライトと彼女を丸ごと巻き込んだ魔法爆撃に飲まれて消えてしまうのであった。