第百六十話 最後の策
「……ということよ」
「無茶だよトイニちゃん! それに、もし失敗したら……」
トイニの口から出た策を聞いて、フェディアは思わず叫んでいた。明らかに成功率が低く、仮に成功したとしてもライトが元に戻るという保証はない。ただ、最高の結果をつかみ取ることができたのならば、間違いなく誰の犠牲もなく終わる。
「“もし?”そんな事を考える暇があったら、私はサイコーの結果になるようにするだけよ」
そして、トイニという少女はその最高をつかみ取るのに一直線な存在である。彼女の自信に満ちた横顔を見ていると、しだいに今の絶望的な状況ですら希望が湧いてくる。
「うん、やってみよう!」
「それじゃ、行くわよ!」
前衛を務めるミユもトイニの作戦を理解したようで、こちらを見て小さく頷いたのを合図に二人は飛び出した。
(三人に分かれて的を散らす作戦か?)
ライトからすれば、相手の残存戦力で警戒すべきは魔力切れ寸前のミユよりも、一撃で自分を倒す魔法を放ちかねない妖精二人の方が警戒すべき対象なのは間違いない。高精度の魔力視を扱えるライトにとって、その判断は容易であり、一番魔力が残っているフェディアへの警戒を最大限に強め、何をされても対処できるように構える。
まず動いたのは、左後方に飛んだフェディアが綺星・三矢を放つも、その程度は読んでいたとばかりに、魂喰らいで弾き、さらに、魂喰らいを投げた。
まさか投擲用でもない武器を投げるわけないと、高を括っていたフェディアの肩に、魂喰らいが突き刺さり、残り少ないMPを奪い流れを乱す。これだけでMPが尽きるわけではないが、痛みと魔力の乱れも相まって、十数秒はまともに魔法を放つことができなくなるはず。
(さて、となれば次はあっちの妖精が怪しい……なっ!?)
そうなれば、最後に残ったトイニはフェディアのヘルプに行くだろうと予想していたのが、現実にはガス欠寸前の筈であったミユが急加速して、ライトの方に突っ込んできた。久崎流の動きでブレードを構えるミユを受け流すも、これではフェディアが立ち直るだけの時間は十分に与えてしまったことだろう。
(上手い手だな。だが、甘い)
トイニがただフェディアの方に向かったところで、ライト相手にフェディアをかばいながら闘うことは不可能、それを瞬時に判断した彼女は、残っていた魔力をミユに受け渡すことでライトの虚をついたのである。多彩な属性を使い、土属性の適性もあるトイニだからこその一手。しかし、
「か……はっ」
「トイニちゃん!!!!」
「仮主人!!」
それは自分を守る術を自ら手放す行動でもあった。確かにミユの突撃は予想外の行動であったが、過剰集中を発動しているライトにとっては、数瞬あれば立てなすことはそう難しいことでもない。
ミユの突撃を受ける直前に、瞬身を使ってトイニの前に転移したライトは魔力を込めた貫手を深々と突き刺した。明らかに致命傷、ここから何らかの攻撃魔法を使われたところで回避できる速度もある上に、そもそもトイニにそんな魔力が残っていないのは確認済みである。
(これで残りは二人、もう消化試合ってころか)
三対一でなんとか競り合っていた今、頭数が減れば均衡が一気に崩れるのは明白。右手でトイニを貫いたまま、残った二人の方に目線を向けたその時、胸を貫かれていたトイニが弱弱しくライトの右手を掴んだ。
(何をっ!?)
「やっと……捕まえた」
魔力も気力も限界の筈のトイニから感じる絶大な圧力。何かを狙っているのは明白で、ライトは腕を振り払って全力でその場から離れようとする。が、離れられない。いくらライトのSTRが貧弱だろうと、同じく後衛職であるトイニがなんの強化も行わず、さらにはこんな瀕死の状態で振りほどけないということはありえない。
「なに、驚いているの……よ。人妖合身の詠唱中は離れられない、ライトが教えてくれたじゃない」
ニヤリと貫かれたままのトイニが笑う。次の瞬間、ライトの意識は、かつてように強大な潜在魔力を持つトイニの精神世界に吹き飛ばされた。現実世界ではほんの数秒の出来事だとしても、ライトを相手取る上ではこれ以上ないほどの隙。
「白き暴風!!!」
魔力の乱れと痛みを気力でねじ伏せたフェディアが、動けなくなっている二人に向けて白き暴風を放った。これこそが、トイニが決死の覚悟で編み出した秘策。人妖合身の詠唱中には、お互いに詠唱をしてその間離れることができないという制約を、自分だけ詠唱して行うことでライトを釘付けにするという荒業。
そして、魔法に対する防御力がほとんどないライトと、魔法に対する防御力は全種族の中でもトップクラスであるトイニとではたとえ相打ちになってもお釣りがくる。
「やった!!」
「直撃です、フェディア様」
土煙の先に見えるシルエットは一人分。作戦が成功したのだ、そうフェディアとミユは確信していた。だが、それは違う。
「え……そんな、嘘」
「まさか、こんなことが……」
確かに、土煙が晴れた先に居たのはたった一人。まるでそこらにでも居そうな平凡な顔に、不釣り合いな魔力を携えた男。ライトがそこにいた。
あのタイミングでフェディアの魔法を避けることは不可能。魔法の扱いに長けるフェディアとミユだからこそ残された可能性に一瞬で気づいてしまう。そう、人妖合身でトイニを取り込んだのだ。
トイニの魔力がほとんど残されていなかったとはいえ、それでもあと数分は人妖合身は持つ。今の作戦で力を使い果たした二人など、始末するのに一分と持つまい。
(トイニちゃん、ごめんね……私がもっと強い魔法を使えたら一気に倒せたかもしれないのに)
どうすることもできないのを分かった上で、最後まで諦めることはせず残り少ない魔力を練るフェディアとミユ。どんな攻撃が来ても最後の一撃ぐらいは放ってやろうと構えていたが、
「え?」
ライトの行動を見てそんな声が漏れた。
一瞬の内に五つの魔法を練り上げたライトは、その魔法をこちらに向けるのではなくセイクとリンが闘っている方に放ったのだ。それが残リの分身を後押しするのならまだ分かる。だが、その魔法は特に狙いが付けられたわけでもなく、その地点を雑に薙ぎ払うような魔法であった。
それはライトの戦闘スタイルを考えれば、最も有効な手段とも言える一撃。
「ご主人様!!」
当然、そんな大規模魔法を使えば、人妖合身を維持する魔力も無くなり強制解除させられてしまう。力を使い果たし、倒れる二人をフェディアとミユが受け止める。トイニの方は魔力切れで酷く衰弱しているが、しばらく休ませれば回復するだろう。
一方、
「ご主人様! 大丈夫ですか」
「……大丈夫とは言えないな」
ミユの腕の中でライトは小さく呟いた。その瞳は暴走していたものから、いつものものに戻っていたが、また眼球のふちからゆっくりとみ出るように紅黒く染まりだしている。
「トイニに助けられたよ。ったく無茶するなぁ、あんなに強引に俺の意識を引っ張り上げやがった」
ロズウェルに植え付けられた世界設定は、一度根付いた相手の魔力を利用して作動し続ける。つまり、一時的にでも魔力を全て使い果たせばその支配は緩まるのだ。
人妖合身でライトの精神に入った、トイニの必死の呼びかけにより僅かに正気を取り戻したライトは残りの魔力を全て使って魔法を放つことで支配から逃れたのだ。
「分かってるだろ、ミユ。あと少しもしたら俺はまた動きだしちまう」
その言葉を聞いて、ミユは静かに右腕に魔力を集める。
普段、感情豊かなトイニとは正反対で、大きく感情が動いたところなどライトですら見たことがなかったが、彼女が右手をライトに突き刺す直前に見せた酷く悲しそうな表情を忘れることはないだろう。