第百五十八話 無力化
「致命判定って知ってるか? ま、知ってるとは思うけど」
したり顔のライトが口にした致命判定とは、端的に言うと一撃で倒せる判定である。主に人型の存在が持つもので、急所判定よりシビアであることからそうそう出ることはない。首に斬撃、頭部に貫通する攻撃などの特定の行動をすることで、相手を一撃で倒せるかもしれないというものである。
「俺の調べだと、相手の防御力やHPが高いほど出づらいと踏んでいるんだが合ってるかね?」
片手で印を組み、軽く地面を隆起させて座るライト。
「三百分の一ぐらいで出ると思ってるんだが、今まで当てたのは五百回。運良いな、お前」
足を組んだ姿勢で見下ろす目線の先には、炎を纏う手甲を付けた少女。ロロナが膝を付いた姿勢でライトを睨み返していた。
(ここマデ差があるなんて……)
「錬功吸法」という固有の呼吸をすることで常に微量のHPが回復するスキルのおかげで、HPこそ殆ど減っていないがこちらの攻撃を当てることが出来ずにいた。このままでは、回復に使うSPが尽きるか、致命判定で倒されるのが目に見えている。
(一撃でも当たれバッ!)
瞬爆手甲から炎が噴き出し、膝を付い状態から弾丸のようにライトが座っていた場所に突撃する。しかし、
「その動きは予想の一つだぜ」
突き出した拳は空を切り、蚊に刺されでもしたような感触が首元に走ると同時に声が背後から聞こえてきた。肘打ちをしながら振り向くも、バックステップ一つで既に攻撃範囲外。活歩で離されないように動き、連撃を入れるが全て紙一重でいなされている。
「ほれ、大振りになってるぞ」
「うわッ!?」
当たらない展開に苛立ちが募り、僅かに大振りになった瞬間を狙われて投げられてしまう。一応受け身をとって素早く立ち上がると、目の前にいた筈のライトの姿はなく、気配察知に意識を巡らそうとした時には地面に横たわっていたライトにカニばさみの姿勢で再度倒された。
相手の視界に映らないように動き、やりたい動きをさせない。基本の動きであるが、ロロナ相手にそれを実効し続けるのは並大抵のことではなく、過剰集中あっての動きなのだが。
覆いかぶさるように追撃してきたライトを、払うように突き出した左腕を掴まれた。“しまった”と思った時にはもう遅く、ライトは掴んだ腕をロロナが立ち上がるより速く捻り上げながら後ろに無理矢理傾けた。
「ぐウッ!!」
「まず一本」
体の中から不快な低音が響き、左肩から腕がだらんと垂れ下がる。関節を外された。この状態では、腕を固定する瞬爆手甲での高速移動は難しい。
そこでロロナは活歩を選択。無事な右手に力を集中させ、ひときわ大きな爆炎を纏った拳を放つ。威力を高める技ではなく、とにかく眼前全てを覆い当たる可能性を上げた一撃は、最善手に近いものであったが、
「惜しいな、後ろが空いてるぜ」
「ッ!?」
最善手だからこそ、予測も容易い。瞬身で後ろに回られたロロナが振り向くより速く、ライトは彼女の右腕を掴み、左肩に手を添えると、その二つをズラすように動かした。
両肩を外されて、その痛みに体が硬直したのを見破られて地面にうつ伏せで倒されたロロナ。HP的にはともかく、肩はどうにかしなければ回復もせずやられてしまう。
とにかく立ち上がらねば、と両足に力を込めようとしたロロナだったが、顔を前に向けるとライトが右目を覆うように手で押さえていた。それだけではない、
(雰囲気が変っタ?)
「あんまり動くなよ、やっと話せるようになったんだ」
この感覚を上手く言葉で表現することはできないが、ライトの纏う雰囲気が変わっていた。今思えば、分身前の本体からは刺すような殺気がしていたが、この分身からはそれが少し薄れていた。
最初は気のせいだとしていたが、再度気配が変わった今ならはっきりと分かる。このライトから感じる殺気が薄れていると。
「トイニに言っといたのによく来たな。別に来なくても良かったんだぞ?」
「それよりも、コレはどういうことカナ」
「話してるのはこっちなんだが……まあいい、話してやるよ。そんなに持たないだろうしな」
土遁で隆起させた地面に座ったライトは、うつ伏せでこちらを見上げるロロナに語り掛ける。先ほどの状況と似ているようで、ライトの口調は挑発めいたものから諭すようなものに代わっていた。
「簡単に言うと、今の俺は“目の前の敵を倒さなくてはならない”なんて使命感に囚われている状況だ。そして、そいつはそんなに長くは持たない」
「でも、今のライトはフツウじゃないの?」
ロロナの主張はもっともである。ロロナの目の前で話すライトの口調や雰囲気は、いつもの彼と遜色ない。だが、それは“目の前の敵を倒して”という呪いにも似た言葉を受けた本体から、遠い思考を持たせた分身である自分が、相手の戦力を削ぐことで、既に倒されたと曲解することで頭の中を塗りつぶすような殺意から僅かに解放されたにすぎない。
「この状態も長くは持たんぞ、あくまで無力化したから一時的に戻ってるだけだ。言っとくがお前は随分とヌルめのとこに当たったんだからな、多分あっちの方は結構キツそうだ」
親指でライトが指さすのは、かなり遠くの方に分かれたセイクやリンなどが向かった方向である。
「全滅したところで、まだ近くのポータルに復活できるだろうから伝えとく、今度こそ助けに来るな」
「そんナ!」
「心配するな、あと一日、二日もすれば俺は全ての力を使い果たして消滅する。そうすれば他のプレイヤーも先に進めるようになるさ」
冗談めかして笑うライトを見て、それは違うと叫びたくなるロロナだがそれよりも一つ気がかりな事があった。消滅する、その言葉は決戦前の会議でも聞いた言葉だ。
(今、ココで助けなきゃ間に合わない!)
再度タイムリミットを口に出されると、より現実味が湧いてくる、それが本人の口からならなおさらだ。
目の前のライトは、目を凝らして遠くの方の闘いを眺めている。隙だらけのようだが、瞬爆手甲で一か八か飛び出したところで、ギリギリ対抗されるとロロナは直感的に悟っていた。
(それでも、やるしかナイ!)
チャンスは一度きり、それも成功確率はかなり低いだろう。それでも、ロロナは覚悟を決め二、三度深呼吸をして息を止めて気合を入れると、両手に雷と炎の魔石をアイテムボックスから出現させる。
「! させるか!!」
「遅い!」
ライトは投げナイフでロロナの手から魔石を落とそうとするが、それよりも彼女が魔石を握り潰すのが早かった。
「モード 雷炎装苑!」
かつて、ザールとの闘いで身に着けた雷炎を纏い、その爆発的な出力で激痛と共に強引に肩をはめ直しながら、ロロナはライトに突撃していく。だが、彼女は見てしまった。ライトが瞬身の動作を取っていることを、
(アレ、周りがゆっくりになってる……?)
普段なら感じることもできない瞬身の予備動作、それを感じ取る爆発的な集中力。今のロロナは過集中によって走馬灯のように周りのものがはっきりゆっくりと見えている一方、だからこそこのままではこの決死の一撃も寸前で躱されてしまうことが分かってしまう。
両腕は突進に使って使用不可、蹴りや頭突きはスキルを持っていないので駄目。高速化された思考の中で、ほぼ無意識にアイテムボックスから炎の魔石を取り出したロロナは、
「じゃあネ」
「本体に伝えといてやるよ、強かったって」
その魔石を嚙み潰した。