第百五十七話 作戦
ボス部屋に入り、白く深い霧の中を歩くと赤い欄干を持つ橋が現れ足が動かなくなる。ここまではよくあるボス部屋での使用なのだが、橋の上に居たのは見上げる程の大男ではなく、欄干にもたれかかって空を呆然と眺める男であった。
「……」
その男はこちらに気づくと、体を起こして短刀を片手に橋の中心に立ってこちらを見下ろしていた。その顔は、セイクたちの見知ったものから、右目を中心に塗りつぶされているかのように黒く、逆に真紅に染まった瞳が不気味に光っていた。
「ライト、今助けてやるからな!」
その言葉と共に、闘いの幕は切って落とされた。
「分身」
「妖精召喚!」
「瞬爆手甲!」
「風鎧!」
「鋼鉄の信念」
「瞑舜!」
行動可能になると同時にライトは最大数の分身を、セイク達は自己バフ等のアーツを使い自身の戦闘力を引き上げる行動を取る。
「作戦通りに行くぞ!」
ヴィールが叫び、セイク達はバラバラになって距離をとる。セイク、リン、ケン、ロロナ、ヴィール、トイニとフェデアという六つのグループに分かれると、それぞれにつくようにライトも分身たちを彼らにつける。
ここまでは、事前にヴィールが建てた作戦通り。
「ライトと闘うのはいいけどよ、コンビネーションとかはどうするんだ」
「そうね。即席パーティーとはいえ、作戦ぐらい建てとかないといけないと思うけど」
「俺からの指示は簡単だ、開始直後に全員散開しろだ。コンビネーションとかはあまり考えるな」
「なんだそれ。パーティーの意味ないんじゃないか」
ボス部屋に向かう途中、ヴィールの言葉にセイクは眉をひそめた。パーティーで闘うということは、互いの力を合わせて力の総数を何倍にも引き上げること。
それを信じて闘っていたセイクにとって、ヴィールの指示はすぐには意図をつかめないものであった。周りを見ると、ケンとリンの二人も同じ感情のようである。
「考えても見ろ、ライトの野郎を倒すのにあたって一番厄介なのはなんだと思う」
「うーむ、いきなり言われると即答はできんな」
「やっぱりスピードかナ? 私の最高速と同じかそれ以上だしネ」
「私は近接戦闘ね。正気を失ってたとはいえ、私の切り札についてきたのよ」
ヴィールの問に、ケン、ロロナ、リンの三人がそれぞれの見解を述べる一方、一拍置いてセイクが呟いた。
「……分身」
「そう、それだ。連携といっても、こちらはあくまで別の人間が六人と相手は同じ思考回路の人間が六人いるようなものだ。たとえ俺たち幹部や、お前らのパーティーで挑んでも連携で勝てるとは思えん」
その言葉でセイク達はハッとなった。ずっと相手は一人であるという先入観にとらわれていたが、視点を変えるとば指示伝達によるラグがゼロであるパーティーを相手取るとも考えることができる。
「ただでさえ少ない隙をコンビネーションで消されたら、こっちの勝ち目は本当にゼロになる。だからこそ今集められる中でソロ適性の高い五人を俺の独断で選んだというわけだ」
いつもの大斧ではなく鉄の拳を振いながら、ケンはちらりと遠くのパーティーメンバーの方を見る。既にヴィールから支持されただけの距離は稼げた。この距離なら、いくらライトといえど一息で動くのは不可能であり、変わり身等の効果範囲も過ぎている。
だが、それは他のパーティーメンバーからのサポートが期待できないということでもある。一度は敗れた相手がさらに強化されている現状、まともに考えれば勝てる訳のない勝負。
「逃げ回るのは終わりか? 他の奴らも闘う気が薄くて期待ハズレだぞ」
「ああ、退屈させて悪かったな。こっからは一対一だぜ!」
ヴィールは刀から風と雷の波動を飛ばしながらライトを牽制するが、その全てが紙一重で避けられてしまう。
(想定より速いな。映像と現実じゃここまで違うか)
このパーティーでただ一人、ライトと直接対決の経験が無いヴィールは、その分decided strongestの映像や攻略組に居る数少ない忍者のプレイヤーから戦法を聞きだすなどの工夫をこなしてきた。ある程度の対策はできるが、ソロでの戦闘経験の差か、僅かながら押されているのを感じる。
「雷風鎧!」
「羽々斬り」
足払いを受けてほんの少し体が浮いた一瞬に、ライトの腕が分身したかと思うほどの連撃が叩き込まれた。だが、
「!」
「低ダメキャンセル、知らないだろ?」
ヴィールのHPは微動だにしていなかった。
一口に防御アーツやスキルと言っても、その種類は単純に防御力を上げるものや、物理や魔法に限ったもの、またはダメージ量を一定値カットするものもある。それらの防御スキルのなかでも、刺さる場面こそ少ないが有用度では最上位のものが「ダメージキャンセル」である。
ヴィールが発動した雷風鎧は、低ダメージキャンセルの性能を持っており、その効果は一定値以下のダメージを無効化するというもの。効果自体は非常にライトに刺さるが、それを見つけるのは非常に困難である。
というのも、このゲームでは説明文を読んだ程度で全ての効果を把握することは出来ない。ライトの分身一つとっても、五感全てが増えるなど微塵も書いていないのだ。巨大組織の幹部であるからこその、莫大な情報量こそがヴィールがライトに勝つために活かす強みなのである。