第百五十六話 臨時パーティー
ライトの奪還までに残された時間が僅かであるということが判明し、ヴィールの指示でいったん解散した後にロロナは攻略組の幹部室に呼び出された。
名目上はロロナ含む攻略組を設立した際からいる五人の幹部が使う部屋となっているが、すっかり指揮になれたヴィールがメインで使い、他には経理として残りの幹部が使う程度でロロナはあまり足を踏み入れていない部屋である。
「準備はできたか」
「とりあえずはネ、魔石もできるだけ持って来たヨ」
「ならいい。そろそろあいつらも来る頃だろう」
ヴィールがそう言ったとほぼ同時に幹部室の戸を叩く音が響き、三人のプレイヤーが入ってきた。
「来ましたよ、ヴィールさん」
「危険な任務だ。そもそも攻略組でもないお前らに頼むのは不本意なんだがな」
「友達助けるんだ、危険だなんだって言ってられるかよ!」
「そうよ。それに、勝ち逃げなんて許さんないんだから」
セイク、リン、ケンの三人がロロナの横に並び、ヴィールが招集したプレイヤーはこれで出そろった。
「ヴィール、それにしても最後の一人はだれナノ?」
「俺だ」
「マジすか!?」
ケンがややオーバーリアクションをとるのも無視して、ヴィールはつい先ほどまで作業していた書類を仕舞い立ち上がった。
セイク、リン、ケン、ロロナ、ヴィール、この五人がライト奪還においてベストメンバーであると判断しての決断である。
「魔導士はいなくていいのかよ」
「そういえばヴィールにしては珍しいネ。いつもなら“万全を期すんだ”トカ言って攻撃役だけのパーティーは嫌がるのにネ」
第六のボス部屋前までの道すがら、戦闘後の回復をしているとケンの呟きに被せるようにロロナがヴィールに問いかける。
このゲームでは攻撃役や盾役が四人に回復役が一人のパーティーが定石とされ、特に戦闘中に全体回復が使える回復役はほぼ必須とされている。しかし、このパーティーの回復役はフェディアが多少使える程度で、盾役すら一人。
「よくよく考えても見ろ、ライト相手に魔導士なんて連れていったら詠唱する暇なんてあるねぇだろうか」
「それもそうね。あいつの敏捷性だと足を止めるのは自殺行為ね」
「着いたぞ」
ポーションを飲みながら先頭を歩いていたセイクが立ち止まる。今までの暗い森から一転、妙に開けた空間と石でできた鳥居のようなものがポツンと佇んでいた。
(ここに、ライトがいるんだよな)
鳥居に入る直前、最後に見た自分を頼るようなライトの顔を思い出しながらセイクは先の見えない空間にへと足を踏み入れるのであった。
「さて、と僕もそろそろ帰るとしようかな」
時は少し戻り、ロズウェルがヴィールたちに状況を解説させられた後。一人取り残された彼は見張りに連れられて収容所に戻される手筈であった。ロズウェルのしてる手錠は一切のスキル、アーツ等の使用を禁じるものであり、だからこそヴィールは見張りを一人置いただけで良しとしていたのだが、
「そろそろいいよ。キミも疲れただろうからどこかで休んできな」
「……はい」
ロズウェルはNPCしかいないような寂れた喫茶店でゆっくりと昼食を楽しみ、収容所があるはずの道を外れているというのに、見張りの人間はそれを咎めようとする気もなく、人気のない裏道に入るとうつろな目をしてどこかに行ってしまう。
確かに収容所の手錠はこの世界での力を全て封じるシステム的なものであるが、世界の例外である世界設定はその縛りを受けない。
「遅かったじゃないかリーダー」
「もー、待ってたんだよ」
「ごめんごめん、思ったより強くてね。でも、期待より面白いことになりそうだよ」
屋根からレヴィンとリリーの二人が飛び降り、ロズウェルの前に立つ。この二人は世界設定による強化こそしたが、その精神性までは干渉していない。つまり、心の底からロズウェルに心酔している者たちなのだ。
「リーダーがそう言うなら、きっと面白いことなのね!」
「それなら止めはしないけどよ。その手錠はどうすんだよ、イカれたファッションにしても無理あるぜ」
「ま、それはそのうちに何とかするさ。それより、お客さんだよ」
ロズウェルの声に反応して武器を構えるリリーとレヴィンの二人であったが、お客と称された人影はその二人がリーダーを守ろうとするよりも速く首筋に刃を当てていた。そんなことをできるプレイヤーはこの世界でもごく一握り。
「久しぶりだね、リュナ」
「……挨拶をしに来たわけじゃない。ライトのこと、元に戻す方法を教えてもらう」
影をも踏ませぬ隠密と速さ、その二つを併せ持つリュナでもないと不可能だろう。彼女は逆手に持った短刀をロズウェルの首にかけて脅すが、彼は特に動揺した様子も見せず、
「そんなとこだろうと思ってたよ。教えてあげるからさ、そこらでゆっくり話しながらでもどうだい」
「ふざけないで」
ナンパにでも誘うように近くの店を指さすロズウェルであったが、芝居臭く肩を落とすと、不意にバックステップをはさんでリュナから逃れようとする。当然、彼女がそれを見逃すわけもなくロズウェルを追って短刀を振るう。
武器もアーツも使えないロズウェルは、その短刀を防ぐ手段はなく、脅しの意味も兼ねて少し攻撃を当ててやろうと考えての行動であったが、
「え?」
「じゃ、仕方ないね。教えてあげるからさ、歩きながら話そうか」
その斬撃を手錠の鎖で受けると、ロズウェルを縛る枷は拍子抜けするほど簡単に砕けてしまった。神から直接の強化は貰えなくなった今でも、自身の両腕の範囲ぐらいであれば世界を少しばかりいじることはできる。
ゲーム世界ということもあり、現実からすれば凄まじい威力の斬撃は、現実世界と同等の耐久力しかない手錠を用意に切り裂いたのである。
「おい、いいのかよリーダー。あいつは裏切りモンだぞ」
「そーよそーよ、置いていけばいいじゃないの」
「仲間外れはダメだよ。それに、ボクは管理教団から彼女を除名した気もないんだから。同じ釜の飯を食べた仲間さ、仲良くしようよ」
スタスタと歩き出すロズウェルに、左右からついていくリリーとレヴィン。その後ろ姿を見て、再度刃を突き立てる気も起きず。
(倒せるビジョンが湧かない……)
肩越しにこちらを見たロズウェルと目が合った瞬間、先ほどのように組み伏せるビジョンが全く湧かず、武器を納めてその背中を追うことしかできないのであった。