第百五十四話 オオベンケイ
ライトは視界がホワイトアウトした後、一瞬の浮遊感を伴ってどこかに転移した。また転移弾でも受けたのかと思ったが、周りにザールの気配はない。
(ここはどこだ……始めてくる場所だな)
記憶復元を使用して、過去の記憶と照らし合わせても周りの景色と過去の記憶が一致しない。敵を倒せという命令を遂行するためにも、出来れば土地勘のある場所に出てからの方が効率が良い。
辺りを見渡そうにも、深い霧が邪魔でよく見えない。荒れ地のような地面を進んでいくと、真紅の欄干の橋が現れた。
(気配がする)
白い霧の先、山なりの構造の橋の頂点に気配を感じてライトは短刀を後ろ手に構えて歩を進めると、急に足が動かなくなった。一瞬驚いたが、この現象は見覚えがある。
(なるほどな。あいつ、考えるじゃねぇか)
「貴様、良い刀を持っておるな。その獲物、ワシのコレクションに加えてやろう」
まるで熊のような大男が、その身の丈程の薙刀を構える。ただ、この大男から感じる気配はプレイヤーのものではない。そこそこの広さのフィールドと強制戦闘、これはボス戦であるとライトが確信するのに時間はかからなかった。
しかも、このボスの情報はライトも知らない。となれば、このボスは未だ討伐記録のない第六の街のボスであるということだ。
かつて最速討伐をした時は攻撃もゆるやかな第二の街であり、それからもソロで活動はしていたが、最近はリースやトイニと一緒に闘うことが殆どであった。
(確かパーティー討伐の適性が七十五レベで、ソロだとプラス十レベぐらいだったか)
空いた左手の指をポキポキと鳴らしながら、掲示板で見た情報を思い出していく。まともに闘っては、まず勝ち目のない勝負。
「自身操作、世界変異」
「さあ、死合おうぞ!」
自身操作で取り込んだ世界改変の力は、ロズウェルのように自由の利くものではないが、自分というある種の世界をほんの少し変える程度なら問題ない。ボスのセリフと同時に体の自由が戻り、MPポーションを使って魔力を回復させる。
まともの当たれば、半身を引きちぎられ姿がありありと想像される一太刀を避けながらライトの意識はより深く殺意の海に落ちていくのであった。
突発的に起こったポータル防衛イベント。結論としてこれはプレイヤー側の勝利となった。一階層から順に攻略していき、手の空いたプレイヤーが他階層に行くことで人海戦術で攻略することができた。
ポータル防衛を終えた次の日、大多数のプレイヤーは祝勝会とばかりにそこらの酒場で騒いでいた。普段は細々とした暮らしをしているプレイヤーも、強制的に戦闘させられたおかげで資金的な余裕ができたのだ。
ただし、その代償は軽いものではなかった。
「さて、集まったな」
十人ほどのプレイヤーがテーブルを囲むと、それまで無言であったヴィールが口を開いた。
ここは攻略組の第六支部の会議室であり、幹部クラスでなければ使用を許されていない部屋である。しかし、ここにいるのはヴィールとロロナを除いて攻略組ではない者達ばかり。
「ポータル防衛ご苦労様と言いたいところだが、まだ問題が残っている。今回はそのことについてお前らを集めさせてもらった」
「ウン、ライトのことだね」
ロロナが言った通り、ここに集められたプレイヤーはライトの事でという名目で集められたのだ。ポータル防衛という総力戦でありながら、この事態を引き起こしたロズウェルの後を追ったのち行方知れずとなった間違いなくこの世界でのトップクラスの実力を持った男。
「これを見てくれ。うちの斥候が撮ってきた映像だ」
ヴィールが正八面体型のクリスタルを取り出す。これは映像を記録できるカメラのような働きをするアイテムであり、ヴィールが指を鳴らすと薄暗くなった部屋に記録された映像が浮かび上がる。映像はルーリックのボス前の部屋から始まり、鳥居をくぐるとボス面にへと転移する。
攻略組の上位しか知らない情報では、ルーリックのボスはオオベンケイという人型で薙刀を持ったボスであることが分かっている。だが、
「! これって」
「最後に確認を取っておきたいこいつは本当にライトか」
ヴィールが告げる言葉も、セイクはその言葉がまともに耳に入ってこない。それもそのはず、攻略組の斥候がボスの出現する橋まで到達した時、そこに現れたのは黒いオーラを身に纏った男。間違っても熊のような大男と称されるボスではなく、小学生以来の友人であるライトであったからだ。
『貴様がライトだな、何故ここにいる』
『……』
斥候の一人が話しかけるが、ライトらしき人物が答えることはない。それどころか、
『!?』
『ショート! ちっ、話は通じないか』
次の瞬間には斥候の一人に深々と短刀を突き刺していた。かなわないと見るにもう一人が帰還石を取り出すも、それを見越したように地面が隆起して右手に突き刺さり帰還石を落としてしまう。そして、
『ま、まて、俺たちはアンタのフレンドに頼まれ……』
『絶技』
最後のあがきとばかりに斥候の二人が武器を構えようとした時には、
『殺人鬼夜行』
彼らの視界は八つに分断されたのであった。