第百五十ニ話 ホワイトアウト
「テメェが誰だかは知らねぇが、依頼なんでな。横取りさせてもらうぜ」
「お、おい! 横!」
ザールがジェインに話しかけている間もライトは止まらない。唐突に表れたザールも敵と認識し、打たれた肩に黒いオーラを揺らめかせながら襲い掛かる。
「うるせぇな。これからたっぷり遊んでやるから焦るなよ」
「ちょっ!?」
ライトの刃がザールの首を両断する直前にジェインが見た光景は、自身のこめかみに銃口を向けて引き金を引くザールの姿。その光景に驚く暇もなく、ザールが引き金を引くと同時に彼を中心に白い光が迸ったと思えば、
「助かった、のか?」
二人の姿はその場から跡形もなく消えていた。
「……」
光に飲まれたライトが辺りを見渡すと森の中であった。一瞬、何も変わっていないとも思ったが、後ろには石で組まれた門があり、暗い森の中でもその辺りだけ開けた場所に立っていた。
先ほどまでいた森の中から、移動させられたのだと理解するのに時間はかからなかった。
「転移弾、一発五十万ゴールドの高級品だぜ。ま、テメェを相手にするなら惜しくはねぇな」
声と同時に飛来した銃弾を両断しながら振り向くと、そこには自分をここに転移させたであろう男の姿があった。もう一人の男の姿はなく、ここら一帯には自分らの気配しかない。
まずは目の前の敵を倒してから、もう一人を追うとしよう。自分の足なら全速で走ればフィールドを全て捜索するなど容易である。そう結論づけて短刀を握る力を強め、ザールに殺意を向けるライト。
「ヘッ、殺意が漏れてるぜ。らしくないねぇな、大会の最中はもう少しクールなやつだと思ってたが見当違いだったかな」
加減をしているつもりはない。それでも、ザールは上手く二丁の拳銃を操ることでライトを寄せ付けない立ち回りを徹底していた。
「チッ」
「無駄だぜ、今の俺には材料がたっぷりある。一つ二つ落とされたところで問題はねぇ」
ライトを追尾する銃弾を切り落としたところで、ザールはまた次の追尾弾を弾丸錬金で生成する。
アイテムの持ち込み制限があった大会中であれば、弾切れを待つのも手なのだろうがザール曰く材料はたっぷりあるとのこと。
(別に粘ってもいいが、それだとあの敵を倒すのが遅れてしまうな)
今のライトであれば、材料がふんだんにあるザール相手でも弾切れを起こすまで耐えることはできる。それがもっとも確実な手段なのだろうが、それでは先ほどいた敵の処理が遅れてしまう。
「六分身」
「こいつが噂の分身、か。間近で見ても分んねぇもんだな」
ザールを処理するためにライトは分身を発動。六体のライトが一気に散開すると同時に、それまでライトの周りを追っていた追尾弾はそのうちの一体に引っ張られた。
ライト相手に追尾するようなアーツや魔法は有効のように感じるが、そもそも追尾弾がライトより遅いことが殆どな上に分身で追尾弾のターゲットをなすりつけることもできる(そもそもこちらが本来の使い方でもある)。
「ただ、分身使いとやり合うのは二回目でね。こっちもちょっとは対策してんだぜ」
「! クソッ」
追尾弾を振り切って無防備なザールの眼前に迫るライトだったが、首を刈る寸前に銃弾が短刀を弾いた。空中に弾かれた短刀を掴みなおしながら距離をとるライト、
「追尾変更、想像通り使えるみてぇだな」
一度発射した追尾弾は、その途中で追尾対象を変えることはない。発射の際に銃弾が向いていた敵を追尾するという使用であったのだが、ザールが偶然にも発見したバグ技スレスレのテクニックが一度発射された追尾弾に、再度別の追尾弾を当てると最初の弾丸のターゲットが後に発射された弾丸と同じものになるという使用。
弾丸の横から弾丸を当てて軌道を変える弾弾きの使い手であるザールだからこそできる神業。
ここまで、戦況は自分の方に傾いているとザールは感じていた。不可視の弾丸や三点バースト、追尾変更の物量であればそのうち致命的な一撃がライト相手に入ると思っていた。しかし、
(なん、だ。今、何かが変わった!?)
ほんの一瞬、ライトが立ち止まったと同時にザールは相手の発するプレッシャーが増大したのを否応なしに知覚させられる。ザールが無意識的にも魔力を感じることのできる人物でなければ、次の一手で終わっていただろう。
「ウッソだろ……」
自分にダメージが入るのも構わず、マガジンを切り離しグレネードとして使う。辺りを巻き込んだ爆炎盾にしていなかったら、ザールの首は胴体とサヨナラしていただろう。
過剰集中を使用し、移動スキルも全力で使いだしたライト。さらに深く世界設定が根付き、ザールを排除しよう体を動かす。
(やるしか、ねぇか)
四回目の自爆グレネードで刹那の時間を作ったザールが、苦虫を嚙み潰したような、それでいて覚悟を決めた表情とともに自分のこめかみを自らの弾丸で打ち抜いた。
(……気配はまだある。油断をするな、俺目の前の敵を排除しなければならないのだ)
黒く染まったライトの脳内でリースが残した言葉が延々と繰り返される。一分の油断もなく、グレネードの攻撃判定が収まるのを待って、六方向からザールに迫る。
相手のHP残量では、もう自爆グレネードは使えない。これでゲームセットだと言わんばかりに刃を振るったのだが、
「雷弾」
「!?」
二体の分身が一瞬で搔き消えた。ザールの反応速度は今までのデータから分かっていたはずだが、今の一撃はそれを超えている。
(自己強化か、それにしてもこの強化率は妙だな)
トッププレイヤーに匹敵する強化率。だが、それならそれを計算に入れ上で動くまで。少々驚きはしたが、それはリースが与えてくれたこの力を揺るがすほどのものではない。
三点バーストで追尾弾を打ち、先ほどまでの三倍の量の弾丸に追われながらもライトは冷静である。瞬時に弾幕が薄い、自身の攻撃でも切り開ける弾幕を切り裂きながら弾丸の雨を突きすむ。
「さあ、終幕だぜ!!!」
(やけくそか、後ろの弾幕が薄いぞ)
ザールの持つ銃に大会中をも超える力が集まり、最後の手段ともいえる一撃を放とうとしているのが分かる。それを三点バーストで放ち、ライトの正面、左右を埋め尽くす光は素直に素晴らしい一撃であった。
しかし、威力を上げた代償か、その速度はライトの足よりも僅かに遅い。一度後ろに下がってから大きく回るようにすれば、ザール最大の一撃は難なく躱せる。後方が壁というありがちなミスもなく、後ろはただの石鳥居であり、それをくぐるようにバックステップした瞬間。
「ひっ・か・かっ・た」
ザールの口がそう動いたのを認識すると同時にライトの視界はホワイトアウトした。