第百五十一話 援軍
「……止まれ、それとできるだけ小さく喋れ」
森に入ってから二十分ほど走っていると、先導していたジェインが静止を促す。パーティーの気配を隠すアーツを使っているというのに、キアンは冷や汗をかいていた。
音を立てないようにゆっくりとジェインの横にかがんで、茂みの向こうを除くと、
「……いた」
ライトの姿があった。だが、飛び込んできた光景は、ライトの目は赤黒く染まり、姿を直視するだけで足がすくんでしまうような冷たい殺意を孕んだ顔でロズウェルの首を切り飛ばす光景であった。
管理教団の長を相手を倒したのであれば、過程はどうあれ喜ぶべきだというのに微塵もそのような感情が湧いてこない。
「ライ……トさん」
自然と声が出ていた。キアンにとってライトといえば、不安で溢れていたこの世界で一人、正面切って闘いを続けている戦士であった。攻略組や一部のトッププレイヤーのように多くの人に頼られて、皆を救う英雄じゃないとしても、尊敬できる人であった。
だからこそ、こんな状況でも大丈夫だと思っていた。不安からライトを追ってきたものの、ロズウェル相手でもライトならどうにかなると考えていたのだが、
「敵……」
「えっ?」
判断する余地もなかった。次の瞬間には首筋に冷たい感触が走り、“死”という概念が頭によぎりながらも体は動かない。いや、判断してから体を動かすのが間に合わない。
「何してる! 早く逃げろ!」
「ジェインさん!?」
「大将はもう正気を失っている。とっとと逃げて援軍を呼ぶぞ!」
ライトの魂喰らいが首を跳ねる寸前で、ジェインはキアンを蹴り飛ばすと同時に煙玉を地面に叩きつけていた。
ライトの索敵はほぼ全て視覚に頼っている。これでバラバラに逃げれば、僅かながら生き残る可能性がある。
(ライトさんの状態は大会でも見たあの症状に違いない)
大会中、控室でキアンはライトから聞いていた話を反芻しながら走る。ロズウェルの洗脳を受けたプレイヤーがいること、それは正面から強いダメージを与えるなどのショック受ければ解除される可能性があるということ。
キアンは悔しさで下唇を嚙んでいた。もし、自分にもっと力があれば闘って洗脳を解除すると道もあったのだろうが、現実はこうして逃げるしかない。もし、ライトが本気で潜伏を選ぼうものなら追うことのできるプレイヤーはまず居ない。
(早く正確な位置を伝えないとっ!?)
イベント最中の影響か、掲示板は使えない。ライトがあの場所に居たという情報をいち早く連絡しなければということで頭がいっぱいになっていたのもあって、キアンは木々を貫通してやってきた弾丸をまともに食らってしまう。
モンスターは全てポータルの方に回っているものだと考えて、警戒の意識が甘くなっていたのだろう。だが、それにしてもダメージが大きい。この辺りのモンスターとは思えない一撃に肩を抑えてうずくまったキアン。
「あ、あなたは……」
「あーあ。やっぱこんなモンか、精霊の為とは言えちょいと頑張りすぎたかな」
キアンが逃げていた一方で、ジェインは全身を赤いダメージエフェクトで染めて木にもたれかかるように倒れていた。
ライトはただ目の前に現れたプレイヤーを相手に暴れているということを見抜いたジェインが、次に考えた最悪のイメージはライトがポータル付近にまで移動するという展開。
数多くライトの戦闘を見てきたジェインだからこそ分かる。ライトと多対一の展開になることがもっとも不味い。パーティー単位ならともかく、これだけの大人数では必ずどこかに綻びが生じ一気に壊滅しかねない。
だからこそ、最善手は少数精鋭でライトを叩くこと。本選出場者であるキアンなら、アマネラセ含む上位勢との繋がりがあると踏んで、なんとか時間を稼ごうとしたのだ。
「なあ、大将。まだ少しは意識残ってんだろ、だったら一思いにやってくれよ。痛いのはゴメンだ」
ジェインは感じていた。ライトは幾度となく止めを刺すことのできる機会はあったのに、その寸前で無理やり刃を止めていた。洗脳といえど完全に意識を支配するのには時間がかかるのだろう。そのお蔭もあって、しばらくは時間を稼げたがそれも限界。
(あのガキは逃げられたかね)
迫る刃を受け入れるように目を閉じたジェイン。だが、予想していた衝撃はなく、代わりに一発の銃声が鼓膜を揺らす。
「一仕事終わって休暇とろうと思ったのによ…………休日料金はたっぷりと請求してやるぜ」
次にジェインが目を開けると、派手なコートと硝煙の香りを燻らせた二丁拳銃を携えた男がそこにいた。