第百四十七話 道化師
ロズウェルと光一の戦いは、コロッセオ内での一方的なものではなくまさに互角に近いものであった。辺りを飛び回りながらも、光一は距離を離されまいとロズウェルの持つトランプを弾き、空かし、致命傷にならない程度に受けていた。
「クソッ!! なんなんだキミは、何故そこまでして戦える! ボクはとは違ってキミは本当に死んでもおかしくないんだぞ!!」
ロズウェルの叫びを聞いて、光一の動きがほんの一瞬止まったように見えたが、
「それで?」
「!?」
それがどうしたと言わんばかりに拳を振りぬいた。
ロズウェルの言葉は真実である。光一の体をよく見れば、その体には無数の赤が刻まれていた。このゲームでは、ダメージが刻まれた箇所は赤く光る傷ができる程度の描写がされる。しかし、
(このぐらいなら十分止血できるが……あと二本か)
ポタリ、と光一の脇腹から赤い雫が垂れた。現実と化したこの空間ではダメージも現実の傷となっている。ロズウェルの言葉の通り、ロズウェルは例えHPがゼロになっても記憶をある程度失い戻るが、光一はHPがゼロになれば文字通り死だ。
それでもライトは止まらない。一度はこの世界で死の恐怖に飲まれていた光一だが、既にその恐怖はリースへの狂信で塗りつぶされている。たかだか自分の死程度で、リースを助けられるのならば躊躇なく身を捧げることができる男、それが谷中光一という存在なのだ。
光一が世界設定の秘密に気づいた時、ある可能性を思いついていた。コロッセオ内でロズウェルに掴まれた拳はしばらく痛んでいたのだが、あんなに力強く握られたら数ドットしかない光一のHPは吹き飛んでいるはずだが、そうはならなかった。
つまり、世界設定内ではプレイヤーから他に干渉しようとすると、プレイヤーの現状のスペックで闘う必要があり、逆にAWOの中にあった存在がプレイヤーに干渉すると、それは現実の方に反映されるということだ。
「爆散符組!」
「過剰集中・ 六重思考路!」
ロズウェルが懐から五枚のカードを投げる。先程までの光一を狙っただけの投擲ではなく、空間を埋めるような投げ方。光一が人外スレスレの集中力でトランプから魔力を感知したと同時に、トランプを中心に紫の爆発が起きた。
ゲーム時のステータスなら耐えられない一撃だが、全身に魔力を巡らして耐える。爆炎に体が焼かれ、呼吸すら困難な禍々しい魔力の海を突っ切り渾身の拳がロズウェルの胸に直撃した。
(残り一本か、無理してでももう少し持ってくるべきだったかな)
ロズウェルが吹き飛んだのを見て、光一は追加のMPポーションを飲み干す。アイテムボックスを開くことはできなくなっているが、MPポーションの効果は現実の魔力回復にすり替わっている。本当なら色々アイテムの効果も試したいところだが、そんな悠長なことも言っていられない。
魔力を回復できるかどうかすら、実際にやってみるまで確証がなかったのだ。全貌を把握しきれていない以上、ロズウェルのフィールドにあまり長い間いることは避けたい。
「リース!」
リースが囚われている檻に駆け寄ろうとする光一。しかし、檻に手をかける瞬間に後方から五本の紫色に怪しく光る光線がライトの肩を貫く。
「五連五光 全く、油断も隙も無いなキミは」
「いい加減寝てたらどうだ。世界設定とやらも俺には通用しないみたいだぞ」
右腕の筋肉を収縮させて止血と同時に、痛覚を一時的に麻痺させることでとりあえずの処置をしながら光一は茂みから出てきたロズウェルを睨む。
「確かにキミの自身操作は素晴らしい、それは認めよう。だけど、ボクの世界設定もまだまだ捨てたものじゃないんだぜ」
そう言ってロズウェルは一枚トランプを取り出した。
(この距離じゃ先手は打てんな)
光一とロズウェルの距離は全力で駆けて四歩といったところか、ライトの頃であれば用意に先手を取れたのだが、現状では光一はロズウェルに大きく勝っているステータスはないのだ。過剰集中と記憶復元による戦闘技術で補っているに過ぎない。
「ボクの能力はトランプを媒介にすることで制限を加えている。たった五十数枚の札、その数字が大きいほど世界を改竄する力は強くなる」
「なにが言いたい」
腰を落として、六重の思考でロズウェルの動きを注視しながら光一が問いかけると、ロズウェルは取り出したトランプの絵札をこちら側に向けた。
「その例外がこいつさ、ボクの持つ札の中で一番強い力を持っている」
「!? まさか」
ロズウェルが手に持っていたのは、怪しく笑う道化師の絵が印刷されたジョーカー。ロズウェルがその札を出すのを見たことはない。普段のライトであれば気づきすら出来なかっただろうが、六重の思考がとある気づきを与える。
「予測通りだよ、ボクの切り札をあんな雑魚に渡しただけあったね」
decided strongest予選で色違いであったが、光一はその道化師の絵を見たことがある。ロズウェル長を務める管理教団の幹部の一人が持ち、それを撃破した光一は、アイテムボックスにそれを入れていた。
「知ってるかい? トランプの中で道化師は二つで一つ、他のカードとは比べ物にならないぐらいの引力があるのさ」
「ぐ……がっあ!!」
光一がアイテムボックスからジョーカーを取り出そうとしても無駄であった。アイテムボックスを開閉するゲーム的な能力を持つのはあくまでライトの方、光一にそのような力はない。しかし、データとしては残っているのだろう、光一の内側から紫色の魔力が噴出した。
胸を抑えて膝をつく光一、痛みととはまた違う不快感と圧迫感が体の奥から溢れてくる。自身操作で抑えようとしたその時、ロズウェルの手から放たれたもう一枚のジョーカーが胸の中心に刺さった。
「言ったじゃないか、引力が強いって」
「ぐ、ああああああ!!!!!!!!」
意識が灼け、心が、魂が根底からかき乱される。
「世界設定 さあ、キミの世界を再設定しようか」
ロズウェルの言葉をすらおぼろげになりながら、光一は前のめり倒れて意識を手放すのであった。