百四十五話 信頼
会場は混乱の渦に巻き込まれていた。決勝戦が台無しになったどころか、今まで侵略されることのない安全圏であったはずの街に出現するモンスターとレイド用に強化されたボス。
「セイク! 早いとこ街で助太刀に行かないとヤバそうだぜ」
「攻略組の方々からも要請がきてますわ!」
セイクに回復用のポーションを投げ渡しながら夜明けのメンバーが状況を説明し、自分もメッセージ欄を開いてみると救援要請の文字列が大量に並んでいた。
ふと、横にいるはずのライトの方に目をやる。彼はリンから貰ったポーションを飲み終え、その空き瓶を踏み潰すとどこかに行こうとこちらに背を向けていた。
「お、おい! どこ行くんだよ」
「……決まってるだろ、ロズウェルの所さ」
ライトは振り返りもせずに答えた。その語気には静かな怒りが込められており、何か少しでも刺激を与えてしまえば爆発しそうなほどで、止めようと手を伸ばしたリンが怯んだほどである。彼女の記憶では、ライトという男はここまで感情を荒げることができる人間だっただろうか。
「そうは言ってもそのロズウェルとかいうヤツの場所は分かるの?」
「そうだぜ。それに、もし追いついたとしても一人じゃまた返り討ちにあっちまうぞ」
シェミルとケンの言い分はもっともである。AWO内でも屈指の実力を持つ二人がまるで子供扱いのごとくいなされたのだ、それに一人で立ち向かうなど正気ではない。それよりも各街で暴れているモンスター討伐に向かってくれた方が有益ではないかと思っての言葉だったが、
「俺が街の方に行ったところで、大した力にはならんさ。俺の戦闘スタイルじゃ多人数と戦うのは向いてない。それよりもお前らが行った方がよっぽどいい」
ライトはあっさりとその申し出を断った。確かにライトの戦闘スタイルでは、大人数の味方のサポートは厳しく、そのスピードからコンビネーションを活かすのも難しい。
「それなら……!」
「今必要なのは、お前ら夜明けや攻略組みたいな象徴さ。人の前に立って爽快にモンスターをなぎ倒せるような、彼らがいれば安心だと思えるような象徴がな」
その言葉を聞いて、セイクは“俺も行く”の言葉を飲み込んだ。リースが攫われてからずっと張りつめた顔をしていたライトがほんの一瞬だけ笑い、
「だから、任せたぜ」
そう短く言い残してその場から消えたのであった。
「行くぞ」
「ライトのことはいいのかよ」
「任せるって信じてくれたんだ。俺たちは俺たちにできることをしようぜ。それに……光一は勝算のない勝負はしない男だろ」
「ふ……そうね。こっちはこっちでできることしましょ」
セイクの言葉を受けて、ライトへの不安は吹き飛んだ。例えしばらく行動を共にすることはなくとも、一度衝突したとしても彼は大切な仲間なのだ。仲間を信じなくてどうすると言わんばかりに夜明けは起動する。真夜中のように黒く、絶望が蔓延するこの世界に夜明けをもたらすために。
(もうすぐだな……)
高速で動きながらライトはリースの気配を魔力で追っていた。神様召喚でリースを助け出そうにも、それよりも強い力で弾かれ、力づくで召喚しようにも魔力が足りない。
それでも、神様召喚をしようとするだけでリース側に合図は送れている。後はその合図に気づいた彼女が放出する微量の魔力と、大会中何度も感じたロズウェルの魔力が残る道を辿るだけである。
「来たか……もう少し早かったら危なかったかもしれないね」
「リースを返せ、この誘拐犯が」
ロズウェルにようやく追いついたのは第六の街の最奥、街の方へモンスターのポップが集中しているせいか、現状の最新フィールドとは思えないほど静かであった。
深く、暗い森のようなフィールドに四方にトランプが刺さった青白く光るキューブのようなものが浮かんでおり、その中にリースが閉じ込められていた。
「誘拐犯か、仮にも管理教団のリーダーを誘拐犯呼ばわりするのはキミくらいならものだろうね。それに、誘拐犯なら身代金の要求をしないといけないかな?」
「とはいえ金目的でもないんだろ。何が目的なんだ」
「簡単さ、キミに僕らの仲間になって貰いたい。もちろん命は保証するし、この子だって返そう。それに普通じゃなかなか手に入らない量の神の力だって支給するよ」
「断る」
即答であった。ロズウェルの提案は魅力的なものであったが、光一は一部たりとも迷わず断言した。短刀を構え、今にも襲い掛からんとするほどにグツグツと胸の内に燻る感情を抑えて、まずはリースの無事と引き出せる情報を引き出したところで後はロズウェルを倒すのみである。
「ま、そう言うと思ったよ。神の従者は特別な力を持っている。交渉決裂とくれば……力づくで言う事を聞かせるまでだね」
「むしろ交渉してくる方が意外だったがな。とっとと実力行使に来ると思ったぜ、他人を信じられず強制的に言う事を聞かせてるような狭しいやつならなおさらな」
「人を怒らすのが上手いようだね。キミなら僕の気持ちを理解できると思ったけれど、どうやら違うみたいだ」
ライトの言葉が気に障ったのか、いつもの胡散臭い笑みが崩れそうになったロズウェルだったが、また直ぐに表情を取り繕うと両手にトランプを構えた。
「心配しなくてもいいよ、傀儡とはいえ幹部にくらいにならしてあげるから」
「捕らぬ狸の皮算用って言葉知ってるか? 現実に戻ったら勉強するんだな」
その言葉を最後に、漆黒の忍とタキシードの男は暗く、静寂の森の端で激突するのであった。