第百四十四話 消失
蹴り飛ばされたロズウェルは、黒いズボンについた汚れをはたき落としながら立ち上がり、両の白手袋を強めにはめ直して構える。
「先に動け、後から合わせる」
「了解！」
その一言でセイクは一気にロズウェルに迫る。このままセイクを囮にして、ライトが逃げてしまうなど微塵も考えていない顔であった。
ロズウェルがトランプを構えてカウンターを狙う。SP、MPが付きかけているセイクは軽いアーツを使用されるだけで撃ち負けかねない。
「チッ」
それを補うのがライトの役目である。セイクを一瞬で追い越し、ロズウェルの足を払ってカウンターの体制を崩す。
セイクの斬撃をもろに受けたロズウェルだが、その程度で倒れてくれる相手ではない。ライトの方にトランプを数枚投げての牽制。それをセイクが剣を横にしてライトの前に差し出すことで受け止めた。
セイクがトランプを受けてくれたのを見て、次はライトがロズウェルへ接近。ナイフすらも満足に取り回せないような超近接状態で打撃を繰り返す。
顔面への左正拳を受けようと、両手をクロスさせるロズウェル。しかし、それはわざと予備動作を大きめにとったフェイント。予測していた衝撃が来なかったことに力を緩めた一瞬の隙に、ライトの前蹴りがロズウェルの鳩尾に刺さる。
「がっ！？」
腹筋の力が緩んだ時に内蔵への一撃。呼吸が中断されて、否が応でも意識が薄れて反応が遅れる。さらに追撃とばかりに突き上げるような連撃を受けてロズウェルの体が浮いた。
「フォトンスラッシュ！」
「剛拳！」
二人が残り少ないSPを振り絞って放ったアーツが直撃し、ロズウェルの体は会場端まで吹き飛ばされて土煙を上げる。
「やったか……！？」
（いやにあっけなく入ったな）
明らかに優勢でありながら、ライトは違和感を覚えていた。あまりにも出来過ぎている。ロズウェルのパワー、スピードといったカタログスペックは非常に高いと感じた。が、その動きは洗練されているとはいお世辞にも言えない。
過剰集中が切れているライトのフェイントにすら簡単に引っかかっているのだ、ステータスにかまけた素人という判断もできそうだが、
「いやーやっぱりそこそこは強いね。ボクの世界でここまで生き残ってるだけあるよ」
土煙を切り裂いて出てきたロズウェルの笑みから感じられる余裕が、彼のプレッシャーを加速させていた。
「来るぞ」
ライトがロズウェルから魔力が漏れ出しているのを察知してセイクに注意を促すと同時に、トランプが複数枚飛んでくる。当たりこそしなかったが、急速に接近するロズウェルを相手に挟み撃ちの耐性になるように分かれる。
アイコンタクトをとって攻めるタイミングを合わせる二人。フェイントを織り交ぜた一撃は、ロズウェルの周りに一分の隙もなく対処できるはずであった。が、
「なんだ……これ！？」
セイクが感じたのは強烈な水中にも似た感覚。手足は重くなり、鈍った剣はロズウェルにあっさりと掴まれる。視線を移せば、ライトの拳も同じくロズウェルに掴まれていた。お互いに力づくでも振りほどこうとするが、びくともしない。
「まずはキミから始末しようかな」
「！ ぐあっ！」
そう言って、ロズウェルが少し剣を掴んだ手を引っぱりセイクは地面に倒された。軽く引いたようにしか見えなかったが、セイクは抵抗できなかった。引き倒されたセイクの頭を踏みつぶそうと、足を上げるロズウェルを見て、咄嗟に剣を離して転がることで難を逃れたセイク。
「あちゃー、逃げられちゃった。仕方ない、ライト君の方から消すしかないか」
わざとらしく残念そうな呟きと同時に、ロズウェルはライトの方に向き直った。セイクがあがいている間、ライトも片腕を掴まれたまま色々と試していたのだが、全て不発。
今のライトの力ではロズウェルを振りほどくことなどもちろんできず、頼みの綱の高速移動も使用不可。
（あ、これは不味いな……。ま、その内アイツなら何とかしてくれそうなものだけど）
半ば諦めのような思考が脳裏をよぎり、最後っ屁のように蹴りでも喰らわせてやろうかと考えたその時、
「これは！」
（召喚陣！？）
ロズウェルとライトの間に魔法陣が出現した、ライトの完全翻訳が陣に書かれた意味を理解した時には、
「豪爆炎」
既に詠唱を終えていたリースが、ロズウェルの顔面に杖を突き付けていた。
（どうかな？）
豪爆炎を発動したリースは、魔力の気配からライトが脱出したのを感じていると同時に完全に不意をついた一撃であったのにも関わらず、ロズウェルの魔力反応が消えていないことを知っていた。
（本当はもう少し詠唱に時間を掛けたかったんだけど。しょうがない、後は光一に任せて……）
撤退しよう。そう考えて、リースは最速で帰還の魔法を発動した。そのはずであった。
「！？ しまった！」
「クク……ははは！！ まさかあの結界を解除してくるなんて！ 危うく死にかけたよ、けど、その分の代償は支払ってもらおうかな」
帰還の魔法が完成する刹那、未だ収まらない爆炎の中からロズウェルの手が伸び、掴まれてしまう。
魔法職のリースにそれを振りほどく力があるわけもなく、彼女はロズウェルに囚われる形になってしまった。
「一体、何が起こってるの……！？」
呆然と、漏れるように呟いたのはシェミルであった。すこし前まで、楽しく観戦していたはずなのに、安全圏であったはずの街にモンスターがあふれ出したとのニュースに、管理教団のリーダーがライトとセイクの二人を圧倒していた。
ロズウェルが現れ、ボス襲来イベントが発令されてから、このコロッセオ内のプレイヤー達はライトとセイクに加勢しようと、またあるプレイヤーは街に繰り出してモンスターの襲来を抑えようとしたが、まるで見えない壁があるかのように観客席から出ることが叶わず、セイクとライトの闘いを見守ることしかできなかったのである。
「！ 壁が無くなってますわ」
「ホントか！ 早くアイツらに加勢しよう」
隣に座っていたフェニックスとケンの言葉を聞いて、ようやく呆然としていたプレイヤー達も行動を開始するのであった。
「おや、結界が外れて観客も動き出したみたいだね」
「離せ……！」
人質とばかりにリースを後ろ手で拘束しながら、観客を眺めてロズウェルが問いかけるも、彼女はじたばたともがいて抵抗する。
「……おい、その手離せ」
普段よりも、もう一段と低い声であった。ライトが狙ったのは目、二本指で躊躇なくロズウェルの眼球を抉りにいったがロズウェルの近くではまた全身の動きが鈍る。
あっさりとロズウェルはライトの目潰しを避けると、空いている手で五枚のトランプを取り出し、そこから目を開けてられない程の光が発せられる。
「他の観客も来ると面倒だからね、ここは勝ち逃げさせてもらうよ。お姫様はその対価として貰っておこうかな…………アディオス！」
「リース！！！！」
光で視界が白に塗りつぶされようとも、構わずライトは手を伸ばす。しかし、その手は何も掴むことはなく空を切り、光が収まった時にはロズウェルも、そしてリースすらも消えていたのであった。
