第百四十二話 成長と主人公
思考が加速していく。セイクの目線、手、足、それらの動きから次の行動を予測し、予測されていることでセイクが行動を変更するところまで予測していく。
縮地で移動した隙をさらに縮地で塗りつぶす。怒涛の攻めを展開する一方で、ライトの脳内にとある考えが浮かんだ。
(あと二分ってところか……持ってくれよ)
現実世界、光一を含めAWOの犠牲者は病院で保護を受けている状態にある。半ば隔離病棟のような状況で、大部屋の片隅に寝かされている光一。彼が横たわる純白のシーツが、静かに真紅に染まりだしていた。
ただでさえ常人の限界を超えた秘技である過剰集中を六重に発動しているのだ、その付加に耐えきれななってきたのか眼球や鼻の毛細血管から血が滲みだしてきているのである。
三分、それが生命を脅かさないギリギリのライン。それを過ぎた時残り少ないタイムリミットを急速に消費してしまうということを光一は感じていた。そして、たとえ寿命を大きく削る事になろうとも天河との決着をつけるためなら使用を厭わないだろうということも。
「オラァ!!」
(! やっぱりまだ諦めてはくれないか)
着実に減るセイクのHP、縮地無境を発動してから一度たりとも攻撃が当たっていなくとも諦めの色は見えない。それどころか、この状況を楽しんでいるように笑っていた。
(こいつ……対応してきてやがる)
「クソ、惜しいな!」
セイクの繰り出した剣が紙一重でライトの眼前を抜ける。これは、セイクの成長が六重の思考の予測にすら対応しているということに他ならない。主人公、その言葉が脳裏に浮かぶ。
(関係ねぇ! このペースなら完全に対応しきられる前に削り切れる)
それでも、ライトの計算ではセイクが過剰集中・ 六重思考路に完全に対応される前に決着がつくはずだった。
「間に……あったぞ」
「!」
唐突にセイクが呟やいたと同時に剣を地面に突き刺した。セイクの残りMPではギリギリ発動できなかったはずの魔法。切り札を残していたライト相手に、諦めずに耐えたおかげで自然回復が追いつき発動するのは、
「聖櫃!!! これが、俺の最後の魔法だぜ、ライト」
聖櫃の魔法。だが、フェディアの協力もなく、残り少ない魔力で発動したせいもあって聖櫃のサイズは小さく、長方形のような形をしていた。
セイクが長方形の一方、ライトがもう一方の端に捕らえられた。それは、まるで一本の通路。今のライトに聖櫃を破壊する力は残されていない。
ライトの動きを完全に読めないのならば、その動きを制限してしまえばいい。お互いにできるのはただ前進するのみ、高さも十分でない聖櫃の中では相手の後ろに回る事すら満足にできない。
「受けてくれるよな、この挑戦」
「逃がす気なんてないくせによく言うぜ」
セイクが相手を見据え、ライトは腰を落として一気に決めに行く構え。あと数瞬もしない内に勝負は決まる。
ある観客はスナックを口に運ぶ途中でフリーズし、またある観客は既に空の飲み物のストローに口をつけたまま、その一瞬を見逃さぬように固唾を飲んで見守っていた。
((勝負!!!!))
ライトとセイクが飛び出したのは同時、セイクの上段からの切り降ろしをライトが右の短刀で流し左手で突き上げるような掌底を胸に、一瞬踏ん張りが効かなくなったセイクに張り付くように一歩踏み出し短刀をセイクの腰に突き刺す。
短刀が鎧の継ぎ目に刺さり、顔を歪めながらもセイクは騎士剣を切り上げる。だが、この超近接戦において巨大な騎士剣は取り回しで一歩遅れる。
「残念」
半歩、ライトが体を動かすだけでセイクの切り上げは空振り、もちろんその隙を逃すわけもなくセイクは追撃にはしる。今度の一撃はダメージを稼ぐ急所への一撃ではなく、
「そういうことかよ!」
「もうMPもねぇだろ、だったらこれでチェックメイトだ」
狙いはセイクの腕、より正確に言うならセイクの騎士剣である。腕への集中砲火でセイクが騎士剣を落とせば彼にダメージを与える手段はなくなる。一度落とした武器を拾うだけの猶予はこの一戦にはない、攻撃手段を無くしてしまえばいくらセイクといえど何もできないと見越しての一手、
「!?」
「攻撃だけが闘いじゃないぜ、宗一郎さんも言っていたろ」
蹴りをだしたはずのライトが、ガクンと後ろに引っ張られるようによろめく。セイクは基本的に両手で騎士剣を持っている。だが、今は左手一本で切り上げを行っていたのだ。
つまり、ライトの姿勢が崩されたのは、振り下ろしの時に片手で持ち換えて切り上げと同時に片方の手でライトを引っ張ったのである。
(こいつ! 俺の予想を超えて……)
現状、ライトは凄まじい速度で予測演算を行っている。だが、その予想が覆されたということは、セイクの成長がライトの予想を超えてきているということである。
(チッ、もう時間が!)
瞬身でセイクの後ろに回るように避けたが、その瞬間にライトの体に鉛のような感覚がまとわりつく。縮地無境、発動中は無制限に移動アーツを使える奥義だが、その効果が切れてしまったのだ。
だからこそ、セイクの武器を落としにいったのだが彼の成長速度を見誤った。
(まだだ! あと一度だけならアーツを使うSPはある!)
先ほどの魂喰らいの一撃で、ライトのSPは僅かに回復している。
今度こそ最後の一撃。瞬身で互いの距離は数メートル空いている。一歩踏み出せば射程圏内。だが、ライトはセイクの剣を掻い潜らなければならない距離、
(やってやる! このぐらい抜けてやるぜ!)
(ここで決める!)
二人が武器を構え突進する。瞬きするほどの時間が過ぎれば、この試合の決着がつく。
……そのはずであった。
「え?」
「なっ!?」
極限まで高まった集中のなか、二人の視界に飛び込んできたのは一枚のトランプ。聖櫃を切り裂き、ステンドグラスのシャワーのようにオレンジの光が乱反射する空間に現れたのは、
「さて、そろそろ時間かな」
この世界を作り出した神の従者である男であった。
お知らせ
前作のリメイク版である、【普通だった少年の普通じゃない日常 ~あの、俺の能力『自身操作』ってなんですか~】の光一の絵を御影さん(@Mikage_1234)に書いていただきました。御影さんありがとうございます。こちらの話から見ることができます→https://ncode.syosetu.com/n9911fm/40/