第百四十一話 使えなかった奥義
剣を構えるセイク、既に切り札である人妖合身は切れているが、普通の移動であればライトの速度にもついていける程には慣れている。
対するライトは起死回生ともいえる人妖合身は解除されており、既に即死回避は発動済みな上に、最高速は先ほどより大きく減少し、このままではいつかセイクの剣に捕まるのは目に見えている。
「まだ、何かあるんだろ」
「それはどうかな」
「強がらなくていいって。その目をしてる時のお前は何か隠し玉を持っている時の目さ」
「そうだとしても、話さないでいた方が有利になるかもしれないのによく話すな」
セイクは知っている。今のライトの目は諦めていない、何かこの状況を打開するような方法を握っている時のものだ。ここ数年はある程度不利になると見せる、ほんの少しばかり気合いが薄れたような諦めの入った視線ではない。
まだお互いに中学生にもなっていなかったころ、久崎の道場でよく見せていた表情を久しぶりに見たセイクは、“フッ”と息を抜くように笑うと、
「久しぶりにそんな目を見たからな、ここで全力を隠されても勿体ないだろ」
「そういやお前はそんなやつだったな。」
その一言と共にライトはSPポーションを使用し腰を落とすと、お喋りはここまでだと言わんばかりに飛び出した。
(トイニ、ありがとな。これで最後にもう一回だけアイツに全力をぶつけられる)
ライトがトイニと共に人妖合身を使うとなった時、持てる魔力を全て使う気でいた。この試合で優勝する必要は必ずしもない、それに
(言い訳をするのは、もうやめた)
仮に敗北したとしても、トイニが全力を出して闘いたいという気持ちを優先した。と、これまで自分に都合のいい言葉を言い聞かせていたのだ。
だが、トイニは人妖合身を解く際に残せるだけの魔力をライトに残していったてくれた。これだけの魔力があれば、ほんの少しの時間、最初の切り札を切ることができる。
(来る! だけどただの縮地なら……)
高速で迫り、あまりの速さに姿がぶれるライトの縮地。だが、縮地の移動距離は決まっている上に、キャンセルランクの都合上、移動後の行動にさらに移動アーツを重ねることはできない。そして、生半可な攻撃ならセイクは正面から突破できる上に、オバンド戦のように助けてくれるミユもトイニもいない。
「強引に距離を詰めたところで!」
”読まれてしまえば意味がない”と続けようとしたセイクの腕から、斬撃によるダメージエフェクトが入る。ライトに当たるはずの刃は空を切り、ライト本人はセイクの後ろに立っていた。
(何を したんだ……!?)
最高速なら迅雷を使っていた先ほどの方が速いはずなのに、セイクの視界にすらライトの姿は映らない。縮地の移動先に攻撃を合わせても、既にライトはそこにいない。
「アイツはいったい何をしてるというのだ!」
控室のモニターで試合を見ていたティーダが興奮から手に持った紙コップを凹ませる。攻略組である彼女の知人には、もちろん縮地を使えるところまでレベルを上げた者もいる。だが、その誰一人として、今のライトのような挙動を再現することはできない。
「奥義……」
「何?」
同じ部屋で観戦していたロロナが、ティーダの隣で小さく呟いた。
「ライトのSP、さっきマデはあんなに減ってなかった」
「なるほど。それなら奥義というのも合点がいくが、あんな奥義は攻略組の情報でもなかったぞ」
「ウン、そういうことをやるのがライトだからネ」
ロロナの推測は当たっていた。
奥義、それは特定のスキルやアーツを使い、使用回数や職業、その他の条件を満たした時に挟まれるイベントをこなすことで解放されるものであり、錐通・螺極や幻影分身もこれに当たる。
(こいつが使えるようになったのは最近だ。ぶっつけ本番だが、全力を出すのに惜しくはない!)
錐通・螺極は自身と同じ性能を持ったカラクリ人形を倒すというイベントがあった。だが、ライトはそれより前に奥義イベントをこなしている。
だが、そのイベントは半ばバグのような方法で発生させたものであり、よいスコアでクリアした報酬である称号はもらえたのだが、肝心の奥義は派生させるべきアーツも、ステータスも足りずに発動させることができなかったのである。
縮地無境、それがこの一戦のために温存していた奥義の名である。
移動系アーツのキャンセルランクの撤廃と移動系アーツのSP消費ゼロ。
その代償は最大SPと同等の消費。つまり、この試合ライトは分身の使用も錐通・螺極のような大技は使えない。
(三分持たないくらいか……ギリギリだが、悪くない賭けだ!)
SPもMPも尽きたライト。だが、まだ僅かな魔力は残っている。元より、たかだか一つ程度の切り札で天河智也を相手取れるとは思っていない。
「おい! セイクのやつ全然攻撃当たってないじゃないか」
「本当ですわね……いつもの彼ならそろそろ慣れてもよさそうなのですが」
「確かにそうね、いくら連続で縮地を使えても最高速は変わってないんでしょ?」
関係者席で見守るアマネラセのメンバーがセイクの現状を不安視する。今までも、セイクはどんなボスの攻撃に慣れるのも早く、そこから打開策を練ることで様々な状況を突破してきた。
「予測してるみたいね」
「リン! やっと戻ってきたのか」
彼らの後からしばらく姿を見せていなかったリンが話しかける。シェミルがとケンの間に座った彼女が口を開く、
「ライトは特に不思議な事はしてないわよ。ただ、筋肉の起こりから次の動きを予測しているだけ、高低はあれど、私たちのだって無意識にやってるわよ」
「で、でもよ。それならセイクだって、ライトのことを予測すればいいんじゃないのか。アイツのそういったセンスは凄いって宗一郎の爺さんも言ってたんじゃないか」
「そうね……それなら、ライトのセンスがそれを超えてるってことじゃないかしら。忘れた? 準決勝で私はライトに最後の太刀筋を完全に見切られたのよ」
リンの予想は九割当たっている。ライトが行っているのは、微細な動きから相手の次の動きを予測して、それに対処するように動いているだけのこと。だが、そういったセンスはセイクの方が高い。まともに当たれば、過剰集中を使用して、自身の認識を限界まで高めてなお負ける。それほどの差が二人にはある。
(そんなことは分かってる)
縮地無境を使う直前、ライトはもう一つの技を使用していた。
(並列思考・最大チャンネル解放!)
ライトは分身を使う度に、脳内では分身一人毎に意識を区切っている。これはパソコンの中に複数の仮想デスクトップを作るようなものであり、その意識を一人しかいない今全て起動させたのである。
(過剰集中・ 六重思考路! 俺一人の予測演算能力じゃ足りないが、六人同時ならどうかな)