第百四十話 守る思い
雷と化したライトの動きはまさに迅雷が如くとしか言えない速度であった。ロロナが対ザール戦で見せた最高速も音より速い境地といってもいいが、それはザールの全力を吸収した上での一撃である。しかし、今のライトはごく普通にそれに並ぶ。
(どうするかな……)
(全然攻撃が当たらないですよ!)
魔力を纏い、雷の速さで殴られるとなればライトの拳といえど、セイクのHPゲージに目に見えるダメージが入っていく。フェディアが詠唱、セイクが肉弾戦を担当するといういつもの戦法も効かない。
ライトに殴られたと感じた次の瞬間には、すでにフィールドの端まで移動している。そこに魔法で追撃を仕掛けようにも、生半可な弾幕では僅かな間を通されて反撃をもらってしまう。
(……少しだけ時間を稼げませんか)
セイクがどうしようかと悩んでいると、フェディアが重々しく口を開いた。今のセイクは回復と補助をフェディアに任せている状況であり、フェディアの言う時間を稼ぐということはそれらをしばらく受けられないということである。
今のライトの猛攻を回復無しでどうにかするにはキツイものがある。少しでも隙を見せれば、一気に削り殺されても不思議ではない。しかし、
(ああ、任せとけ!)
セイクは不安な顔一つせず、力強くフェディアに言い切ると同時に剣の握りを強めた。
「雷遁 瞬雷四連」
「! やっぱり見逃してはくれないか!」
セイクの補助魔法が途切れたのを察知したライトの攻めは一層激しくなる。分身ではないが、雷で作った人形が本体と同時に四方から迫り、駆け抜けると同時に雷撃の跡を引く。一方を剣で防ぎ、もう一方を光の壁で防いでも残りは直撃し、彼の体を焼いていく。
それでもセイクは意識を飛ばさず雷撃の中心地から転がるように距離をとる。短く息を吐いて立ち上がり、剣を構えて隙などないように振る舞うも、雷撃で視界が白く染まった一瞬の内にライトの姿は見えなくなってしまった。
「こっちだ」
「!」
後から声をかけられて振り向くと同時にライトの腹部に拳がめり込み、セイクの体がくの字に折れ曲がった。大きくHPが減ったわけではないが、ライトの狙いは無防備な後頭部を露出させること。
「寝てろ!」
ライトは両手を組んで思い切り真下に振り下ろす。体重が乗った拳がセイクの後頭部に直撃し、彼の顔が地面に向けて急降下、さらにライトは振り下しとほぼ同時に右ひざを少しだけ突き出した。
「がっ!」
当然、地面に叩きつけられようとしていたセイクの顔面に膝がかち合い瞼の裏に火花が散った。
僅かな間に前後から頭を揺さぶられ、減ったHP以上の衝撃がセイクを襲う。HPが残っていながらも倒れてしまいそうになる。ぐらり、と一瞬意識が揺れ、視界に見える天地が逆転し、足元から崩れそうになりながら、セイクは気付けとばかりに剣を自分の足に突き刺した。
鋭い痛みで意識をハッキリさせて、魔力を強く込めた剣を振るう。魔力が込められた剣は普段の数倍の大きさとなり、今のライトでも無視できない一撃となる。が、そんな決死の反撃もライトは大きく後ろに雷迅を使って回避する。
(やっぱりな、あの雷迅は細かい調整が効かないみたいだな。これだけの距離があれば……)
ライトの迅雷は確かに速い。だが、速すぎるのだ。ただ一歩踏み出した気でいても、フィールドの端まで移動してしまうほどである。迅雷を発動してからヒットアンドウェイの戦法を好んでいたように見えるのは、その戦法をとらざるを得なかったということ。
つまり、回避の為の一歩を踏み出させることができれば、ライトはフィールドの端まで距離をとってくれる。それは、
(いけます!)
(行くぞ! フェディア!)
魔力を練って詠唱を終えた魔法を発動するには十分な時間であった。
(やばいっ!)
雷迅でセイクの魔法を止めにかかろうかとも思ったが、明らかに蓄えられている魔力量が今までの魔法とは比べものにならない。この大会を通しても最大と呼べる光がセイクの手に集まっていく。
生半可な魔法が雷迅で避けられてしまうのなら、フィールド全域を覆えばいいという馬鹿げた発想だが、それを現実のものにしようとする魔力量。
「妖精の輝き!!!」
輝きが会場を塗りつぶしていく。避けるのは不可能、地中に逃げるのも間に合わない。
「火遁 豪球炎波!」
「風遁 烈風怒涛!」
残る手段は迎撃のみ。異なる属性の忍術を使い、その二つを合成することで威力を飛躍的に高めていく。だが、それだけでは妖精の輝きに対抗はできない。
(嘘でしょ……! この人、本当に人族なんですか!?)
フェディアが驚くのも無理はない。ライトは炎と風では足りないと見るにさらに土、氷、雷と使える忍術を重ねたのだ。同時に五つの魔力を操るという神業、里の妖精でもこれほどの技量を持つのはいるのだろうかいうレベルである。
単純な魔力の量では勝っているはずなのに、それぞれの属性が高め合い、こちらを阻害することで拮抗するどころか押し返えそうとしている。
(! フェディア、何を!)
唐突に妖精の輝きを支えるセイクの腕から黒い光が漏れた。それは魔法の制御を任せているフェディアが、光の魔法であるはずの妖精の輝きに闇の魔法を混ぜにかかっているということである。さらに、
(ごめんなさいセイクさん。でも、私はあなたに負けて欲しくないんです)
フェディアの声が優しく頭の中に響くと同時に、セイクの人妖合身が解けた。合体を解いたフェディアはセイクを背に右手から妖精の輝きを、左手から闇の魔力を流しながら全身する。
光と闇、ただでさえ相性の悪い二つを無理やりに混ぜる行為。炎と風を混ぜるのとは訳が違う。正反対の魔力がぶつかり合い、制御不能の混沌としたエネルギーとなって渦巻いていく。
(おじいちゃんは使うなって言っていたけど……これが私の全身全霊です!!!)
「虚無!!!!」
目が潰れる程の輝きから一転、漆黒がフィールドを塗りつぶし、ライトの発動する術も一気に飲み込み地面をめくりあげていく。
(やばいやばいやばい! 回避は間に合わない、迎撃すら無理……これ詰んだ?)
過剰集中で引き伸ばされた思考でも、対処手段が思いつかない大規模魔法。これが広さ無制限のフィールドであれば虚無よりも速く遠ざかることは出来ただろうが、この規模のフィールドではそれも不可能。
詰み。そんな言葉が頭の中に浮かんだ。フェディアの虚無は大量の魔力で強引に防ぐか抑え込むぐらいしか対処方が思いつかない。が、そんな事をすれば過剰集中を維持するだけの魔力が切れてしまう。
その瞬間、頭をフル回転させて解決策を探るライトの魔力操作が一瞬緩んだ。人妖合身が解けるほどではなかったが、確かに自身操作を持つライトにしてはらしくない緩み。
(! 何を!?)
(ごめん、ライト。私のわがままに付き合って貰って。最後くらい私にライトを助けさせて)
ライトの魔力制御から抜け出したトイニが、人妖合身を自分の意志で解いたのだ。分離したトイニは人妖合身を解かれた驚きで硬直するライトを背に、自分の全魔力を一気に放出していく。それでも、虚無を打ち消すには到底足りないが、
「ありがと、ライト」
守りたい人を守るには十分すぎるほどであった。
『こ、これは……一体何が起こったのでしょうか。実況の私にも何が起こったのかすぐには理解ができません! セイク選手が何やら大規模魔法を放ったようですが……』
妖精の輝きに虚無という大規模魔法に連発で会場の土は捲りあがり、パッと見渡しても二人の姿は見当たらない。
すると、ほぼ同時に散乱していた岩が動き下からライトとセイクの二人がはい出てきた。
「あれで生き残ってるなんてな」
「お前こそ。それに、あんまり驚いてないみたいだな」
「そっちこそ」
「そうだな。だけど……もっと負けたく無くなったよ」
「俺も」
妖精の庇護により命を紡いだ二人の少年の闘いは、クライマックスへと激化していく。