第百三十九話 迅雷
輝星・千矢で巻き上がる土煙。視界が塞がれていても、今のセイクには魔力の気配を鋭敏に感じ取ることができる。
(まだ光一のやつは倒れていない。だったら攻め手は緩めない!)
握った剣に魔力を込めて、セイクはライトの魔力反応目掛けて急降下する。たとえ地中にいたとしても土ごと消し飛ばすだけの威力はある。
土中では人妖合身のためにライトがトイニの魔力を制御しようとしている最中である。今のライトは完全に無防備、回避に割くリソースもなければ他の分身などもない。
「させません!」
「自動人形かっ! そこを、どけぇ!!」
セイクが急降下を始める最中に、横から巨大な岩の砲弾が飛んできた。それだけなら無視して攻撃を続行するのだが、さらに砲弾の影に隠れてミユがセイクに斬りかかった。
ミユの岩でできた二刀ブレードがセイクの鎧に僅かにめり込んで止まる。完璧な不意打ちでこのありさま、いくら最高クラスの自動人形といえど人妖合身を相手取るのは厳しいものがある。
「く……まだ、で、す」
「止めておけ、今の一撃でコアにダメージが入っている。これ以上コアが傷つけば自動人形の体でも危ないぞ」
ほんの数撃打ち合っただけで、ミユの体にはところどころヒビが入りコアの光が漏れている。それでも彼女は体を軋ませながら立ち上がる。それが自動人形としての命令なのか、それともまた違った感情なのか、それは彼女自身にも判断できない。
(ご主人様のために使えるのなら、この体、惜しくはない)
ブレードを構えるミユを見て、対話は無駄だと悟ったセイクが再度剣を構えて降下を始める。今度込められた魔力は初回以上、ミユごと地中のライトを吹き飛ばす気である。
ミユは覚悟を決めた顔をして、ブレードを持つ手に力を込めると同時に彼女の周りの土が隆起し大砲を形作。緑色のコアをさらに強く光らせながらミユとセイクが激突した。
「ご主人様…私は、お役に立てたでしょう…か」
自分の視界が白の光に塗りつぶされていく最中、ミユは小さく呟いた。岩の大砲もブレードも全てが圧倒的な白の前に崩壊していく。あと数瞬もせずに自分の身体もこの光に飲まれてバラバラになるだろう、そんな事を思いながら最後にあの暗いゴーレムから救ってくれた存在の事を思いながら目を閉じた。
「ありがとう、ミユ。お陰で間に合ったよ」
「マ、ご主人様…?」
閉じた目が魔法の光の収まりを感じながらも、ミユの体はバラバラになっていなかった。ボロボロながら四肢はしっかりとあり、彼女は最後に思っていた相手に抱えられていたのだ。
「ゆっくり休んでいてくれ」
急激にMPを消耗した反動と、緊張が途切れたのもあってミユの意識は急激に遠くなっていく。意識を手放す直前に頭をゆっくりと撫でられ、いつもの無表情から少しだけ柔らかな笑みを浮かべて彼女は口寄せの巻物に帰っていった。
「良かったのか、追い打ちのチャンスだったろ」
「そんな野暮な事しないさ」
「だろうな」
巻物を懐に戻しながらライトは後に立っていたセイクの方に振り向く。互いの距離はほんの数メートル。片方は光と闇を操る騎士、もう片方は魔を操れるようになった神速の忍。
まず動いたのはセイクだった、無詠唱での輝星・七矢と同時に斬りかかる。同じ人妖合身の使い手だとしても、魔法の扱いに関してはセイクの方が経験が多い、ならばライトが魔法に慣れる前に攻めるのが勝機と判断しての行動だった。
「水遁、散乱水壁」
「!」
ライトが高速で印を結ぶと、彼の前に複数枚の水の壁が出現する。輝星・七矢はその壁に光を散乱させられて、効力を失いセイクも光が意図しない方向に曲げられライトの姿を一瞬見失う。
そんな状態で振るった剣があたるわけもなく、横に薙いだ剣が空振りしたと同時にライトの水面蹴りがヒット、体が前に倒れたところに膝が入り追撃の肘はなんとか剣の腹で受けた。
(こ、この人、ホントに魔法メインの人じゃないんですか!?)
(今の体術見たろ! ライトはソロでここまでのし上がった奴だからな。色々使えても不思議じゃないさ)
脳内に響くフェディアの驚き声をよそに、セイクは闘いを楽しむように笑っていた。こんなにもライト、谷中光一と全力で競い合うのはいつ以来だろうか。
素手の距離では分が悪すぎる。影転移という影を使った転移魔法で、セイクは一気にフィールドの端まで移動する。
「闇渦の弾丸」
さらに、セイクが足元の影に剣を突き刺すとその影から大量黒い弾丸が生成される。光では水に散乱させられるが、吸収の性質を持つ闇ならば生半可な壁など取り込んで突き進む。
(アースガード……効かない!? どうするのライト。あれ、防御魔法が効かないよ!)
(闇の吸収だな。他の魔法でいけそうか?)
(光なら対消滅させられるだろうけど、他の属性だとかなりの大出力じゃないと厳しいかも。私の知ってるフェディアよりずっと強くなってる)
(迎撃は悪手か……)
トイニが生成した土壁がまるでバターのように黒に削られていく。ライトのMP量は妖精合身した今でも、セイクの総量を下回る。これにマスクデータと化した本人の魔力量を換算すればその差は歴然。
この状況で牽制の迎撃にMPを大きく割くようであれば、ジリ貧になることは目に見えている。高速移動で近づこうにも、どうやら闇渦の弾丸の密度が高く縮地で距離を詰めようとしても、事後硬直の間に蜂の巣にされるのが目に見える。
とはいえ、それは縮地では百五十は超えるセイクとの距離を一息に縮めることができないということであり、それを分かっているからこそセイクはこの距離が取れる位置まで移動したのである。
つまり、
「が、っは」
(ライトの奴いったい何を……っ!)
縮地を超える速度と距離を叩き出せば問題はない。
「雷迅」
冗談抜きで音が遅れて聞こえた。ライト本人に雷が落ちたと思えば、次の瞬間には後から殴られていた。
「こんな牽制みたいなモンで封殺できるなんて思ってくれんなよ」
「やっぱ一筋縄じゃいかねーな」
いつもの黒みがかった風体から一転、雷を纏い黄色い光が尾を引くライトに殴り飛ばされながらも、セイクは笑って剣を握る。