第十四話 殴り使いの闘い
PVPのカウントがゼロになっても、ライトとロロナの両者は直ぐには動かなかった。
ライトは棒立ちのまま。ロロナは、摺り足で間合いを探りながら相手の出方をうかがっていた。
(うーん。ボクと同じ殴りを持ってるくらいだから、強いと思ったんだけどナー)
ライトの出方を見ながら、ロロナはそんな感想を抱いた。殴りのスキルを持つプレイヤーは少なく、その少ないプレイヤーの一人であり、この酒場に来れるほど金銭的な余裕があるライト。
それを見て、ロロナはライトが強者であると予想を立てた。だが、今目の前のライトはほぼ棒立ちで、構えもお粗末。
(結局この人もただの冷やかしカナ。まあ、それならそれで儲かるから良いんだけど)
そう割り切ると、ロロナは『殴り』のアーツ、硬を発動する。両手が淡く発光するエフェクトと共に、ロロナの拳の能力が一定時間強化される。
さらに、ロロナはステップを使いライトとの距離を素早く詰めると同時に、ステップに殴りのアーツ、『ストレート』をチェイン。
強化された右ストレートが、ライトの顔面を打ち抜こうと迫る。が、
「ッ!」
ライトはその拳の横を軽く左手で叩くことで、軌道を反らす。さらに、渾身の一撃を反らされたことで、体制の崩れたロロナの懐へ潜り込むと、彼女の胸の中心辺りへ拳を突き刺す。
ロロナはその拳を受けて、椅子やテーブルを巻き込みながら客席まで吹き飛ばされた。
「嬢ちゃん。いくら相手が酔っ払いだからって油断しすぎだぜ」
「勝ってくれよー、負けたら俺は明日の酒代が無くなっちまうぜ」
ロロナは、そんな野次をかけられたが殆ど耳に入らなかった。
なぜなら、ロロナの頭の中は、
(誘われてた……っ! ホントはライトは強いんだ。わざと隙を見せてたんだ)
目の前の強者の事で一杯であった。派手に吹きとばされて、HPゲージは、今ので一割弱減ったといったところか。
ロロナは、ゆっくりと立ち上がると、
「キミ、やっぱり強いね。ボク、反応できなかったよ」
「そりゃ、あれだけ堂々と挑戦しておいて、あっさりやられちゃカッコ悪いだろ」
そう、ライトに向けて言い放つ。
ライトは、『よく言った兄ちゃん!』などの応援と共に投げられた酒瓶をキャッチすると、栓を開けて一気に煽る。
ライトは、それを一気呑みし終えると、そこらの床に瓶を投げ捨て、ロロナへ挑発を込めた手招きをする。
「かかってこいよ、俺も割りと本気で闘ってやるからさ」
「うん、いくよ!」
効果時間の切れた硬をかけ直すと、ロロナは再度ライトへインファイトを挑みにかかる。
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二人のインファイトは一方的であった。一目見ただけでは、接戦のように思えるが、よく見ると、ロロナの攻撃は全て避けられ、弾かれ、捌かれていた。対するライトの攻撃は、的確にロロナのHPを削っていく。
しかし、そんな状況でありながら、
(楽しい! こんなに強い『殴り』使いがいるなんて)
ロロナは笑っていた。
ロロナは、攻略組の一員である。それも、自らが名乗ると言うよりも、実力の高さから自然に言われる程の。
しかし、今彼女の目の前に居る相手は、そんな自分ですら遊ばれるほどの実力を持つプレイヤー。
その、強いものへ挑むと言うワクワクが最大限高まった今、自然と笑みがこぼれていた。
そして、何度目かの打ち合いで、ライトはロロナの拳を弾くと、そのまま肘を見舞う。が、
「あ、やっべ」
「ッ! 今だ!」
ロロナには衝撃もダメージも無い。ライトの持つ『殴り』は、あくまで手首から先に攻撃判定を付けるだけの物。肘は対象外なのだ。
酒が入り、闘いに熱が入ったせいで、その事を失念したライト。その千載一遇の隙をロロナは見逃さない。硬を発動し、さらにストレートをチェイン、この一瞬で出せる最大の一撃をライトへ見舞った。
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ロロナの拳をモロに受けたライトは、吹き飛ばされHPゲージも一気に五割が吹き飛ぶ。
「ハァ、ハァ。どう? ボクも負けてないでしょ」
床に倒れるライトに向けて、肩で息をしながらロロナが問いかける。すると、
「そうだな。お前は強いよ」
ゆっくりと、ライトが立ち上がる。その顔は、先程までの酔って腑抜けた顔とは違う。そして、
「……だから、俺もちゃんと本気を出そう」
「ッ! はやっ」
その言葉と共に、ライトはステップを発動。高速でロロナに詰め寄る。
ロロナも牽制の拳を放ったが、ライトはそれを内側から外側へ払うように弾く。さらに、
「なっ!」
ライトは弾いた手で、ロロナの服の袖を掴むと思い切り引っ張る。それによりガクンと、ロロナの体が前へつんのめる。
そこでライトの攻めは終わらない。
「拳技、白衝」
開いている手で、ロロナの顔へ速さを重視した拳を叩き込む。
この拳自体では、あまりダメージは大きくない。しかし、ダメージ以上に、速く鞭のように振るわれた拳は、ほんの一瞬だけロロナに空白の時間を与える。
「掌技、分断掌」
さらに、今拳を放った手で、ほんの一瞬気を失っているロロナの襟を掴んで手前へ引き込むと同時に、もう片方の手でロロナの顎目掛けて掌打を叩き込む。
引っ張る力と掌打で、無理矢理にカウンターのような状況を作らされたロロナのHPゲージは、今の連撃でゼロとなった。
「あー、やっぱ慣れないもん呑むもんじゃないな」
喚声と熱気に包まれる酒場に、ライトのそんな声が消えていった。
夜はまだまだ更けていく。