第百三十八話 魔力量
人妖合身、妖精魔法の中でも最上位の魔法であり他のスキルでいうところの奥義ともいえる存在である。ただし、今のところ攻略組や有志による情報交換スレッドでは魔法言語の上位スキルである妖精言語にその妖精と対応する属性魔法のスキル、そして妖精との高い好感度も必要であるとされている。
されていると濁しているのは、単純にその難易度の高さから妖精合身の域に至っているプレイヤーが十人いるかどうかといった少なさから情報がほとんどないこと。そして、条件を満たしても妖精合身の域に至れないプレイヤーがいることが難解さに拍車をかけている。
「セイクさん、すみません助けてもらっちゃって」
「謝らなくていいさ。昨日言ったろ、一緒に戦おうって、これで本当に一緒に戦える!!」
「はい!」
そんな神業を専門の魔法職でもないプレイヤーが成功させたなど、もちろん前例がない。準決勝でも見せたが、それはほんの数分のことであり、他のプレイヤーはセイクの人妖合身は不完全で、そう長く持たないから終盤に使ったのだと思っていた。いや、そう思いたかったのだ。特に、ごくわずかな人妖合身の域に至ったプレイヤー達は。
((この感じ……いける(ます)!))
しかし、違う。確かにこの大会が始まる直前までは人妖合身の精度は良くなかったが、セイクの成長速度は常識に当てはまらない。一戦一戦強敵と闘うたびに、セイクとフェディアの絆は高まり今ではこの試合中フルに使っても十分に持つだろう。
「トイニ、下がれ!」
圧倒的な魔力の高まりに、ライトは限界数の分身を出して前に出る。一個体の戦力は跳ね上がったのは確かだが、頭数は減っている。トイニは魔法防御力が高いが、HPと物理防御力は低い。セイクにトイニを集中的に攻撃されると不味いと判断し、多少無理してでも前に出たのだ。
「土遁 土流包縛」
「「スラント」」
「弧脚」
「ツイスト」
分身で減ったspも気にせず、一気にアーツと忍術を使い全方位からの怒涛の攻め。ライト本来の速度と合わせれば基本的なアーツでも強力な攻撃手段となるのだが、
「フンッ!!」
「「「「「「ぬおっ!?」」」」」」
セイクが行ったのは、ただ気合を込めて魔力を放出しただけ。ただ、その量が異常だった。ライトの防御ステータスが著しく低いのもあるが、それでも分身もろとも気合だけで吹き飛ばせるのはセイクぐらいのものだろう。
「光風」
セイクが剣を振るうと同時に、光の魔力が風となり分身を傍から消していく。本体は変わり身のアーツで回避できたが、詠唱妨害の意味もあった攻撃が途切れてしまった。といっても、ライトの速度なら再度攻勢に出るのも容易である。それを熟知しているセイクは、詠唱呪文の中でも最も発生の早い魔法を選択。
「集い来りて光の魔力 連弾 輝星・千矢!!」
輝星・一矢、基本魔法のひとつであり精霊たちが一番最初に覚えるほど基本的な魔法だが、セイクのそれは規格外であった。無数の光が束となってライトに追尾しながら迫っていく、移動アーツを全力で使い、フィールドを大きく回りながらギリギリで回避していくライト。だが、
(不味い、俺はなんとか避けられてもトイニは……!)
高速で移動する視界の端で、今にも光の雨に飲まれそうになるトイニを捉えた。最初からセイクの狙いはトイニの排除であったのだ。このレベルの大規模魔法なら、ライトは回避にかかりきりとなり確実に捉えられると判断しての一撃。
集中で歪んだ体感時間で、それを察知したライトは瞬身で無理やり方向転換してトイニの方に向けて駆ける。最後の抵抗とばかりに、魔法を発動しようとしていた彼女が自分の方に向けて走ってくるライトを見て驚愕の表情を浮かべた次の瞬間には、二人のいた場所は光に飲まれた。
トイニが次に感じたのは、どこか懐かしく何かに包まれているような感触。目がくらむほど眩い光の魔力が自分のいた場所を焼き尽くしたはずなのだが、目を開けても瞳が光を捉えることはない。
「おい、起きてるか」
「え、ええっ!?」
真っ暗な視界のなかで、その声を聞いて土中で自分がライトに抱きかかえられているとようやく理解した。かつて魔族から逃げた時にも同じようなことがあったが、あの時よりも絶望的な戦力差がある。
「時間がない、手短に聞くぞ」
「ひゃ、ひゃいっ」
土の中という狭い空間にいるせいもあって、ライトが話すたびに息がトイニの耳を撫でる。変な声を出してしまった彼女は、この暗闇のおかげで顔が真っ赤になっていることが隠れていることに安堵しながら答えた。
「一緒に闘えるか。無理って言うならならかまわない」
その語気から、一緒に闘うという選択肢がただ一緒に闘うのではないとトイニは気づく。この場での一緒に闘うとは、人妖合身を使うということだ。二人は人妖合身の練習すらしたことがない。だが、それに挑戦しないのであれば、もうトイニをこの戦闘に出しておくメリットはない。そう判断したからこその問。
トイニは“使えない”そう言われるかと思っていた。ライバルであり目標であったフェディアに、一度大きな一撃を見舞っただけで舞い上がっていたが、人妖合身という神技を実現するまでにパートナーのセイクと絆を深めていた。
(でも、私は)
対するトイニは、元々ライトに無理やりついてきたようなもので実は怖かったのだ。ライトにとって自分はただの道具のような存在で、戦力にならなければ捨てられるのではないかと心の底でそんな事を考えてしまう自分がいた。
かつて、人族が妖精を道具のように扱ったように思っているのかとも考えたが、この問でそんな僅かな恐怖は完全に吹き飛んだ。ライトは危険を承知でトイニを助け、辛いなら逃げても良いとまで言ってくれた。それならば、
「ううん、闘うよ。私、もう逃げない」
その言葉を口にした時、トイニは見えない筈のライトが少しだけ笑ったような気がした。
「呪文、覚えてるの?」
「オンニさんの所に行った時に一度見た。こっちに合わせれば大丈夫だ」
地中の二人は、お互いの手を握り呪文を唱えていく。
「「原初より生まれし精霊よ」」
(ぬあっ!?)
最初の一音節を口にした瞬間、ライトの精神は膨大な魔力の流れにかき乱される。人妖合身で条件を満たしていても、発動しない。または条件を満たしていないと思われていても、発動に至る存在。その違いはプレイヤーの魔力が原因なのである。
そもそも、人妖合身は人と妖精が一つの存在になる技だが、その時の主人格となるのは人間側であり当然人間側が妖精との魔力の引っ張り合いで手綱を握らなければならない。デスゲームとなる前ならば、MPとINTのステータスが一定値を超えれば発動するのだが、この世界は現実と化してきているそのせいでMPだけなくプレイヤー本人の魔力量が人妖合身に影響を及ぼしているのだ。
それならばセイクがあのステータスで人妖合身に至るのは納得である。彼はその圧倒的な潜在魔力量でフェディアの魔力を完全に上回り、押さえつけたのだ。だからこそ、この馬鹿げた魔法もうなずける。普段は無意識に使っているに過ぎない潜在能力を、人妖合身状態の彼は存分に発揮できているのだから。
「「その力、知識を我と共に生かす為に力を貸したまえ」」
人妖合身の存在を知っていながら、いままでライトが使っていなかったのもそれが原因である。ライトこと谷中光一の潜在能力は一般人のそれであり、魔力量に関しても神の従者となってから鍛えてはいるがそれでもセイクこと天河智也の足元にも及ばない。
下手をすれば、人妖合身を行った時に逆にトイニの魔力に飲まれてしまうかもしれない。そうなってしまえば、ライトは魔力を全て吐き出し勝ち目はなくなる。だが、それでもライトは選択したのだ。一緒に闘うという選択肢を、
(大人しく……しやがれ!!!)
目の前に迫る魔力はまるで津波。対する自分は、小さな小舟のようなものだ。だが、彼には一つ力がある。自身操作、自分の魔力をトイニの大量の魔力に溶けこまし、一気に制御を奪っていく。巨大な鯨を細い縄で縛るような神技を、自身操作をもって成功させていく。
「「人妖合身!!!」」
そうして、地中から魔力の迸りとともに二人は一つとなった。