第百三十四話 決勝前夜
「あれ、ライトどうしたの?」
「マスターなら食事のあと、“回復にあてる”と言っていましたが、寝ているようですね」
準決勝を終え、宿屋に帰ってきたライトたち。トイニは食事の後、“次はデザート巡りだー!”と言ってライトから小遣いを貰い、ミユと一緒に決勝戦前でお祭り騒ぎとなっている街へ繰り出していた。
帰ってきたのは夜の八時頃、妖精の彼女にとって飛行が怪しくなり、そろそろ就寝が視野に入る時間帯。だが、それよりも早くライトは眠りについていた。
「それでは、私はそろそろ休眠モードに入りますので」
「あ、うん。おやすみ、ミユ」
ミユも壁の端に立つと、そのまま目を瞑り動かなくなった。巨大なコアを持つ彼女は、トイニと違いある程度深夜帯での活動ができるが、明日の事を考えて早々に力を溜めることを優先したのだろう。
辺りを見渡すと、リースの姿もない。いつも神出鬼没気味な彼女だが、魔力の気配もなく、今は召喚もされていないのだろう。
普段なら一番に寝るのもあって、こんなに静かな部屋に一人というのは珍しい。自分もそろそろ眠気が襲ってくる頃なのだが、再度周りを見て、誰も見ている者がいないのを確認すると、
「……」
ライトが眠るベッドに腰かけた。よほど深く眠っているのか、起きる気配はない。
「こうして見ると、普通の人みたいなのにね。あーあ、人間なんて皆キライだと思ってたのに」
ツン、とトイニはライトの頬をつく。少し前までは人間というだけで不信感を持っていたし、誰かと契約を結ぶなんて想像もできなかった。
それだけではない。かつて一緒に夢を語って、自分が妖精になるまでの手助けもしてくれたフェディアとこんな大きな舞台で闘えるかもしれないのだ。もはや、かつて嫌っていた人間に、嫌悪感は感じない。
(これって……二人きりってやつ……)
トイニが今までの旅路を思い返していると、いつのまにかさっきより深くベッドに腰かけていた。いつもならすぐにでも寝たいくらいの眠気が来ている時間なのだが、今は顔が熱くて寝られそうにない。
(なんか、ドキドキする……。なに、これ)
その感情を言語化できるほど、トイニに語彙力はなかったが、行動力はあった。さらに深くベッドに入り、いつのまにか添い寝状態にまで密着していた。
(そういえば、あの夜もこんな風に抱えてくれたのよね……)
魔族に襲われ、捉えられる寸前だったあの日の夜。到底敵わない実力差があったのにもかかわらず、ライトはトイニを助けに来てくれた。彼がいなければ、魔族に襲われることもなかっただろうが、里の外に冒険することもなかっただろう。
顔を赤くしながら、また少しと近づくトイニ。ライトの腕に抱きかかえられる格好になると、緩やかに眠気が襲ってきた。
「ねえ……ライト。明日は…………私を出してね……」
意識を手放す直前、何か声に出した気がしたと同時に、軽く頭に重量感がきた。数年前に居なくなってしまった両親が、かつて頭を撫でてくれ時のような安心感に包まれて、トイニは静かに寝息を立て始めた。
「寝たか」
トイニが眠りについてすぐ、ライトはゆっくりと体を起こした。起きたのは彼女がベッドに潜りこんできあたりから目を覚ましたものの、何故潜りこんできたのか分からず固まっていたのだ。
「起きたかい、光一。いやー、さっきの顔は面白かったよ」
「見てたのなら出てきてくれよ……」
目覚ましにティーセットでお茶を沸かしていると、近くのソファーに膝を抱えたリースが居た。彼女もまた、トイニが就寝してから自分の魔力で出現したのだ。
「それで、魔力の回復具合はどうだい? 間に合いそうかな」
「ま、この調子なら試合までに九割がたは回復するだろうな。全快とはいかんが、最低限闘いにはなるだろうよ」
神の力は人間界では制限される。このルールによって、リースが自身の魔力を使って降臨できるのは数時間が限度な上に、回復には人より時間がかかる。なので、いつもはライトが自身の魔力とMPを使って召喚しているのだが、それをしていない。
その理由こそが、光一の魔力量問題である。光一の生命線とも言える自身操作、この力を使って記憶復元や集中などの技を発動しており、人間としての能力を引き出すこれらの発動は問題なく行うことができる。
だが、過剰集中は別である。これは、谷中光一という普通の少年では到達しえない領域の技であり、自身操作に魔力というブースターをつけてようやく発動できるのだ。
光一の魔力量は決して多くない。日々の修行で着々と許容量は増えているものの、それでも五時間も寝ればゼロから完全に戻る程度にすぎない。しかし、それは現実世界の話。今のAWO内の一晩など、現実世界で魔力が全快になるのには程遠い。
だから光一はここ数日の間、魔力を使う過剰集中の使用を控えていたのだ。リンとの一戦は予想外であったが、それでもほぼ満タンに近い魔力を残すことができた。
「これなら、明日は十分全力であいつとやれそうだよ」
「楽しみにしてるよ、今のキミが主人公相手にどこまでやれるかを、ね」