第百三十一話 奥義と凡人
リンがこれから放とうとしている連撃は、その一太刀がそれぞれ必殺。ライトの耐久では掠るだけでも即死は免れない。この状況を覆す久崎流の技があるとするならば、それは奥義と呼んで間違いないだろう。
「十重断空・血晶斬!!!」
技の軌道は、リュナ戦で見せたものと似ている。が、その圧力、速度、威力は大幅に強化されている。いつものライトなら、縮地などを使って回避に専念しなければならない技。
「無茶だ! はやく逃げろ、光一!」
控室でケンが叫ぶ。ライトは逃げるそぶりを見せず、刀を握りリンと対峙したまま動かない。同じ久崎流に多少は触れていた斉藤だからこそ分かる。このタイミングでリンの技をどうにかできる技を、自分らは教えられていない。
今までのライトのように、組手形式で教わった技の練度を高める方法では、このリンの技は防げない。
奥義、それに値する技は様々な武術でも、後継者やよほどの人物でなければ教えることもなく、披露することもない。
(確かに、宗一郎さんからも奥義なんて教えてもらったことはない……だが、)
何事にも例外はあるもので、久崎流の中には一つだけ存在するのだ。見せる事を目的とした奥義が
「なあ、じいさん。なんかこう、奥義みたいなのってないのかよ」
数年前、まだ光一らが小学生だった頃、道場に来ていた斉藤がそんな事を尋ねた。
「何言ってんだか、そんなもんあったところで、簡単に見せてくれるわけないだろ」
「そりゃ奥義って言うくらいだからなぁ」
「そうよ、まだ私だってほとんど見たことないのに」
天河や久崎、光一が口々に話していると、宗一郎はそれを見て壁に掛けてある木刀を手に取った。
「そうじゃのう。どれ、一つだけ見せてやろうかの。他の物には秘密じゃよ」
「おじいちゃん!?」
宗一郎はもう一本の木刀を久崎に投げ渡すと、道場の中央に立つ。特に決まった構えを取っているわけでもなく、光一からは無防備に立っているようにしか見えない。
「凛、好きに打ち込んでみなさい」
「……分かりました」
久崎も同じ考えのようで、無防備に立つ宗一郎に打ち込むのに躊躇したが。奥義を見せるという言葉につられて、木刀を握り構える。
宗一郎の言葉通りに、好きに打ち込む久崎。だが、
「え?」
「ほれほれ、まだまだ打ってきてよいぞ」
いくら打っても久崎の手に帰ってきたのは、予想とは大きく違った感触だった。普通に防御されたのならば、手には固いものを思い切り叩いた時特有の感触が残るはずなのだが、今の手には構えた木刀をただ押されたかのような衝撃が返ってきたのだ。
「お、おい。これって」
最初の数撃では、宗一郎がただ防御しているようにしか見えなかった斉藤や天河、光一もこの技の真価が分かってきた。
通常、刀を振るうのには加速が必要である。しっかりと足腰の回転を剣先に伝え、最高速のタイミングで相手に当てなければ、威力を伝えることができない。逆に言えば、加速しきる前にこちらの刀を当ててしまえば、力をほとんど使わずに相手の攻撃を無力化できるというわけだ。
「相手の心身を見通し、鏡のように相手の動きを移しながらも、その動きは相手よりも一瞬速い。その美しさからこの奥義の名は、鏡爛透過」
その神業は久崎が疲労で木刀を置くまで続き、宗一郎はこの技の成り立ちを話し始める。
「光一が言うように、奥義というものはむやみに見せるものではない。じゃが、かつて名のある大名の元で働くときや、道場破りを追い返すとき。そんな武を振るわねばならないが、無駄な血を流さぬ為にこの奥義が生まれたのじゃ」
確かに、この奥義は門外不出のカラクリがあるわけでもなく、ただ先読みという武術の基本を極めた奥義であり、出来れば間違いなく奥義と呼べる難易度であるが実戦では使えるような代物ではない。宗一郎の言う通り、見せるための奥義なのだろう。
そして、これが久崎流の奥義を谷中光一が見た最初で最後の光景であった。
眼前に迫るのは、納刀状態から、まるで同時に繰り出されたのかと錯覚するほどの抜刀術。洗脳と理性の間に苦しみ、狂気に陥りながらも一縷の望みをかけて繰り出された神速の剣技。
久崎流の奥義を使おうにも、凡人の谷中光一がこの場ですぐにコピーできるほど久崎流は甘くない。だから、
(過剰集中!!)
普通でしかない彼をこの舞台に立たせている切り札の一つを切った。発動は一瞬、人間の限界すら超え、この世界でのタイムリミットを削りながら高速化いた思考速度で、宗一郎の動きをリフレイン。さらに、剣技の軌道をリンの構えと前の試合での一撃、そして今までの攻防からその速度を予想。
リンの抜刀術を読み切り、その刀が必殺の威力を持つ速度を載せられる前。ただ手に握られているような状態、その瞬間までならばライトのSTRでも押し返すことができるはずだ。
相手の技を、心を読み切り、ほんの一瞬だけ己の速度に任せて強引に合わせにいく。
「鏡爛透過!!!!」
神の力を借りて、普通だった少年が達人の奥義を模倣するに至った瞬間であった。
順当にいけば、明日、明後日あたりに更新します。