第百二十七話 天才
『これ…………は!? 両選手凄まじい圧です!!!』
解説も絶句しそうになるほどの魔力と気の高まり。セイクは黄金の鎧を身に纏い、ロロナは雷が混ざった白い炎を噴出する。
「ハァ!!」
先に動いたのはロロナ。雷のように瞬くと同時に、セイクの目の前まで移動。噴出する炎で加速された拳を放つ。それを読んでいたと言わんばかりに、セイクは切っ先を下にした剣を斜めに構えて受け流すと、打ち終わりを狙い切り上げ。
(! 瞬爆手甲)
ロロナは空いている手から炎を噴出することで、無理矢理体を動かして回避する。だが、それもつかの間。五十はゆうにあるだろう、光と闇でできた魔力の矢が彼女を囲むように放たれていた。ここから加速したとしても、被弾は避けられない軌道。
人妖合身で魔法の扱いが強制的に伸ばされたセイクだからこそ、無詠唱ながらこの規模での魔法の行使が可能なのだ。
「螺旋雷炎!!!」
「!」
だが、それを易々と食らうロロナではない。彼女は回避が不可能だと瞬時に判断すると、両手を伸ばし、炎を一気に噴出するさせると同時に大回転。結果、彼女の周りに半円状の雷炎の壁が出現し、セイクの矢を全て防ぎきったのだ。
いくら無詠唱といえども、精神を集中させる都合上、一瞬の隙はある。今のロロナの速度ならそれを突くことが可能だ。
「!? ナ!」
(セイクさん、今です!)
「ナイス、フェディア!!」
だが、そうは行かなかった。地面を踏みしめる足に力を込めた瞬間、ロロナが感じたのは大地からの反作用ではなく、まるで沼に沈んだような柔らかい感触。見ると、足元が黒い水溜まりのようなものに変質し、足が囚われていた。
ロロナの回転はあくまでも半円状の盾、地面より下からの攻撃は防げない。それをいち早く看破したフェディアが影沼を使ってサポートに回ったのだ。
瞬爆手甲から白き炎を噴出し、影沼を焼き尽くして脱出しようとするが、魔法職の魔法と戦士職のロロナでは少し脱出に時間がかかる。
「レイスラント!!」
「光崩拳!」
それが勝機とばかりに、セイクは光のように速い突きを、ロロナは輝きを増したオレンジの炎拳をカウンターで合わせる。眩い光が辺りを包み、観客の視界が白く塗りつぶされ、次に視界がはっきりした時には、
「やるな」
「ソッチこそ」
左肩に大きく削がれた傷を付けたロロナと、鎧の左胸付近にヒビが入ったセイクが互いを認めるように小さく笑って対峙していた。
(あの姿は…………っ!)
控室でモニター越しに試合を見守るライトは、黄金の鎧に身を包むセイクの姿を見て、とある光景を思い出していた。
それは、神の従者としての初めて正面から勝ちきれなかった相手の記憶。間違いなくそのときの全力を出したのだが、それでも勝利したとは言えなかった苦い記憶。その相手に、今のセイクの姿はあまりにも似通っていた。
「ライト? どうしたの、お茶、零れてるけど」
「あ、ああ。悪い、ちょっと武者ぶるいがな……」
無意識に力が籠っていたのか、ライトの手にしたカップは小刻みに震え中身が床を濡らしていく。隣で心配そうにのぞき込むトイニの言葉で、ようやくそのことに気づいた。
神の従者として力を得てから、あまり過去に囚われないよう生きていたつもりであったが、谷中光一にとって、天河智也の存在はそう簡単にぬぐい切れるものではない。
「ふーん、珍しいわね。でも、私もフェディアの事見てると闘って見たくてウズウズするからお互いさまかも」
トイニが純粋に友人の活躍を称える横で、自分がどんな顔をしていたのか、ライトは想像も出来なかった。
既にゾーンには入っている。地面が揺れる程の歓声なのに、思考を割いているのは自分の動きと相手の動きだけ。まるで世界に二人だけしかいないと錯覚する程の集中力を持って、ロロナは瞬爆手甲を振るう。
莫大な光の魔力を吸収したお蔭で、魔力切れの心配はまずない。火力は十分、速度はあのライトの縮地にも並びうる速度。一対一のスペック勝負なら、彼女に並ぶ存在はこのAWO上にいるかすら怪しい。
だが、
「影人形」
「輝かしき倍加」
目の前の二人はそれでも打倒できる存在ではない。ロロナは試合のたびに自分を超え、強くなってきた。それは、まさしく主人公とも呼ばれる存在を想像させる。だが、セイクはそんな彼女を超える勢いで成長しているのだ。
セイクが影人形を出し、それをフェディアが強化する。光が強くなるほど影は濃くなっていくように、強化された影人形が襲い掛かりロロナを追い詰めていく。
このままでは、いつか競り負ける。長く闘いを続けていた彼女だからこそ、その直感には高い信頼を置いていた。
「瞬爆手甲・サンライズオーバー!!!」
「なんだっ!?」
ロロナの噴出する炎が、今日一番の唸りを上げて勢いを増す。低空飛行飛行する彼女の姿は、引きで見ている観客すらオレンジ色の閃光と見紛うほど速く、影人形たちはどう攻めていいのか判断に迷い中心に集まってしまう。
AIで動く影人形だからこその隙、
「雷光龍拳!!!」
一瞬、影人形の動きが止まったのを見て、ロロナは会場の中心、影人形が集まる場所へ急接近すると同時に拳を突きあげ空中に飛び上がる。
それは、まるで地から天に昇る雷の龍。八体の影人形を全て焼き尽くし、空中に浮かび上がるロロナに、観客は神々しさすら感じていた。
「コレで、最後ダヨ!!!」
それで終わりではない。影人形の邪魔もなくなり、セイクから距離をとった今なら最大の威力を叩き込める。
相手の居場所は視認できる。この位置からなら、多少移動されたところで、修正は効く。相手もそれを分かっているようで、腰を落とし剣を構えていた。
「瞬爆…………手甲!!」
炎の噴出を利用し、高速で落下しながら頭に浮かぶのは、この世界に来てからの記憶。辛いこともあったが、それ以上に得たものも大きかった。
(この大会に参加して、ホントに良かった……)
一回戦でのティーダは強かった、あの時彼女が槍を止めてくれなかったら負けていただろう。
二回戦のザールも強かった。恐らく、あの時点での実力はロロナ以上だったかもしれない。だが、自爆のリスクを恐れずに全力を出すことで辛くも勝利を手にした。
そして、今目の前にいるセイクは、そんな彼らよりも強い。今自分がここにいられるのは、昨夜無理を言って稽古をつけて貰ったからだろう。
彼女に武術を教えてくれた師でもある父は言っていた、武は感謝であると。その意味が今なら少しだけ分かる気がした。今まで闘い、自分に力を授けてくれた人々への最大の感謝は、最高の一撃でセイクに勝つこと。
「豪雷・炎光拳!!!!!」
ロロナは拳を突き出す。隕石が如き勢いを持ったそれは、たとえ避けようとも余波だけで敵を焼き尽くす。防御は不可能、少なくともいまのAWOプレイヤーでこれを食らって無事でいれる者はいない。
「やれるか、フェディア」
「勿論です!」
「よし、いくぞ!!」
「はい!!」
セイクが剣を掲げると、その刃に光が集まっていく。一回戦のような淀みはない。眩い光ばかりの光が、剣に集まり、溢れ、さらに巨大な剣の形を取っていく。
「巨躯なる聖剣!!!!」
隕石と聖剣、二つのぶつかり合いは、観客が目を開けていられないほど強力な光を生み出し、辺りの地面を余波だけで捲り上げていく。だが、それでもなお、
「クぅ!!!」
「お、ぉぉぉ!!!!」
二人は互角に競り合っていた。赤熱した拳と聖剣がぶつかるも、そこで止まり二人は動かない。あとほんの少し押し込めれば必殺の剣(拳)が届くというのに、動かない。
「…………フ」
その時、ロロナが薄く笑った。その次の瞬間、
「!? こいつは!」
「かかったネ!」
セイクの足元。いや、会場全体を覆うほどの巨大な魔法陣が姿を現す。そう、これは気功抱擁の術式、影人形を牽制したあの時に書いていたのだ。
その時から、ロロナはセイクの実力が自分と同等以上なのを察していた、だからこそ大技の打ち合いに持ち込み、自身の力と相手の力を足して打倒する計画を立てていたのだ。
術式が起動し、セイクの力を吸い上げて、ロロナに還元する、少しでもロロナの力が強まり、セイクの力が弱まればこのまま押し切れる。
その筈だった。
「! ナン……で、術式が発動しない!? イヤ、それどころかワタシの力を吸収して…………!?」
「そう何度も同じ手を食うわけにはいかないんでな!!」
ロロナの術式は確かに起動した、だが、その動作は彼女が意図していたのとは真逆の動作をしだしてしまう。ふと、術式の一部を見ると、相手の魔力を吸い取りこちらの力に変える部分の術式が、真逆の意味に書き換わっていた。
ロロナの術式は、妖精であるトイニ仕込みのもので、そう簡単に看破されるようなつくりにはなっていない。
「私、こう見えても里では天才だったんですよ」
フェディアの得意げな声と共に、競り合いの均衡が崩れ、ロロナは光の奔流に吞まれそのHPを完全にゼロにした。
テストで2週間ほど空いてしまいすみませんでした。次回以降は更新頻度を上げますので、どうかよろしくお願いします。