第百二十五話 聖櫃(コミュニオン)
互いの距離は十メートルほど、セイクの剣は届かないが、
「錬気功!」
「くっ!」
ロロナにとっては一足で移動できる距離。拳と剣、明らかに剣の方が長く見えるリーチも、この場では拳の方が長いともいえる。
「闇穴・一矢 拡散・十一矢!!」
「ッ! 加速」
フェディアのサポートも瞬爆手甲の出力を上げれば、逃げ切ることはできる。高速で低空飛行しながら矢を避けていくロロナ、しかし両者の距離は大きく開く。
「助かった! ありがとう、フェディア」
「はい、それよりも来ますよ! セイクさん」
「分かってる。アレをやるぞ、いけるか!」
「もちろんです!」
セイクの剣にフェディアが手を合わせて魔力を高めていく。ロロナがその魔力の高まりを感じて、突撃する途中で瞬爆手甲を逆噴射して急ブレーキをかけようとしたのだが、
「「もう遅い(です) 聖櫃!!!」」
セイクの方が一歩早かった。光の魔力が込められた剣先を地面に突き刺すと、そこから注がれた魔力はあっという間に四方に広がり、すっぽりと三人を囲む立方体を形どった。
(閉じ込められた……)
「素早いやつの対抗策ぐらい、考えてるぜ」
ロロナが拳を壁に打って見るが、アーツも使わない拳ではびくともしない。一対一では広すぎるくらいであった闘技場が、今はたかだか九メートル四方程度にまで狭められてしまう。
ある程度の火力を出せれば、壁を壊せるかもしれないがそれにはそれにはある程度のタメが必要だ。そして、
「せいやっ!」
「そこです!」
この狭い空間でそれを許してくれる二人ではない。いくらロロナが速くとも、ここまで狭いところなら逃げる道は自ずと限られる。セイクのセンスにフェディアの魔法による範囲攻撃、その二つは確実にロロナを追い詰めていく。
(だんだん相手のスピードにも慣れてきた、これなら…………)
セイクがフェディアと目線を合わせると、彼女も何かを察したように頷く。もう少しで完全にロロナを捉えられる。
「白き暴風!」
フェディアの手から光の竜巻が、狭い聖櫃の中で荒れ狂う。ロロナも必死に逃げ、比較的安全な場所を見つけて聖櫃の端に逃げ込んだ。
「!?」
(貰った!)
「巨躯なる聖剣・未完成!!!」
それこそが二人の最大の狙い。この狭い空間だからこそ、高速戦闘を得意とするロロナに最大火力を当てることができる。
セイクの剣先から迸る魔力が、太い光の線となってロロナの視界を埋め尽くしていく。そして……
(構えを解いた……?)
セイクの目に映ったのは、拳を降ろしてただ右手をこちらに向けるロロナの姿。今彼女が取れる最良の手段は、全力攻撃での相殺狙い。それでも致命的なダメージを負わせられるはず。その考えで、巨躯なる聖剣・未完成を放ったのだ。
(まさか、二回戦でみせたアレか? でも、アレ単体なら吸収できるはずがない!)
セイクの脳裏によぎったのは、ロロナのが二回戦のVSザール戦で見せた簓木と気功の合わせ技。だが、あれは電撃と炎の相性の良さや神がかり的な集中力によってなされたこと。
フェディアと録画を見ながら話しあったが、素の状態で吸収されるほど巨躯なる聖剣・未完成のエネルギー量は小さくない。せめて術式による補助がなければ、たとえ簓木を使われても押し切れる。そう結論付けた。
(確かニ。この威力じゃ、ただ簓木を使っても無駄かもネ。でも…………)
「まさか! セイクさん!」
フェディアが警告するように叫ぶが、もう出してしまったものは引っ込められない。
「簓木 術式補助・気功抱擁!!!」
「なっ!?」
ロロナが伸ばした手に光が着弾する直前、彼女が背にした壁に気によって掘られた魔法陣のようなもうのが浮かび上がる。その魔法陣は、一度受け止めた魔力を留め、安定化させてから再度彼女の力になるよう魔力を逆流させていく。
(あんな複雑な魔法陣、一体いつ書いたんだ……あの時か!)
魔法陣の直径は八メートルはありそうなほど巨大であったが、それだけのサイズのものを一瞬で書くことは不可能。ならば解決策は一つ、事前に書いておくことだ。
聖櫃に閉じ込められてから、ロロナはこの狭い空間を何度も飛び回っていた。それは籠に囚われた鳥がもがくようであったが、その実、逆転の為の布石を打っていたのだ。
「う、おぉぉぉぉ!!!!」
巨躯なる聖剣・未完成の光が収まった時には、
「さあ、第二ラウンドといこうカナ」
この大会、最大規模の炎を宿すロロナの姿があった。