第百二十一話
時系列はライトとロロナが練習試合をしているあたりです。
「…………うん、大丈夫」
リュナは控室で最後の確認をする。ライトVSケンが長引いてくれたお蔭で、頭の整理はついた。記憶を戻すことでの鈍痛はもう収まっている。
これが、レヴィンから貰ったもう一つの記憶ならば、もう少し時間がかかっただろう。だが、ライトが渡した記憶は一月ないし二月程度のものだ。それならば、意識を取り戻すのも早い。そして、その記憶は彼女の心の重しを軽くするには十分な代物だった。
「……行こう」
この戦いが終わって、落ち着いたら最後の記憶を見よう。もう、かつての仲間や家族が知る自分ではないかもしれないが、それでも見ないわけにはいかない。もし、管理教団になってからの自分が、彼らに何かをしているのであれば、何度でも頭を下げ、彼らの為に動こう。そんな事を考えながら、彼女は試合会場へ通じる光の柱に入っていった。
「…………うん、いい調子」
リンは、控室で瞑想状態から目を覚ます。その顔はワクワクと興奮を抑えられない子供のようで、真紅と化した目のハイライトは消えていた。少し前までは、何故かこの力を使うことに抵抗感があったのだが、今思えばなんで使わなかったのか分からない。
「あれ……? どうやって身に着けたんだっけ?」
ふと、そんな疑問が浮かんだ。この力は確か修行中に身に着けたはずなのだが、その他に誰か金髪の男と出会い、それが関係している気がする。しかし、それ以上の記憶が抜け落ちたように思い出せない。
「ま、いっか。そろそろ試合始まるし」
そんなことは大した問題ではない。この重要なのは、勝ち続ける事。この力が、かつて自分が敗北した男を追い詰めたケンをも妥当できる力であることは分かっている。この力を完全に使えれば……
一瞬、彼女の瞳に光が戻った気がしたが、それもつかの間。また真紅に染まり、彼女は光の柱に入るのであった。
『みなさん、お待たせしました!! これより、本日のラスト試合でありながら、本日最高ベット額! リュナ選手VSリン選手の試合を始めまーーーす!!!』
リュナとリンが会場に現れたのは、試合開始ギリギリの時間。実況が大声でカウントダウンをし、観客たちもそれに乗る。
『3……2……1 試合、開始ーー!!!!!』
「縮地」
「……ッ!?」
一瞬、リンの目を見たリュナの反応が遅れた。忘れるわけもない。あの真紅の瞳にこの気配、目の前にいるリンは管理教団いや、ロズウェルの加護を受けている。
取り戻した記憶にリンが居なかったことを考えるに、彼女がロズウェルと関わったのは最近のことなのだろう。一体、どんな事をすればここまで人を狂わせることができるのだろうか、今の自分には想像もつかないが、体験はしている。
「へぇ、避けるんだ」
「その力…………一体どうしたの」
リュナは、リンの抜刀を辛うじて瞬身で避けると、幻影分身を起動。約十六体の彼女がリンを取り囲む。見た目では全く区別のつかない幻影分身たち、それを前にしたリンは、
「……」
目をつぶり、刀を納刀した。一体、何がしたいのか観客の大半は理解できなかったが、次の瞬間、
「抜刀連・十重」
大半の幻影が掻き消えた。VSサイア選でも見せた高速の抜刀術、それが重ねて十連続。斬撃の軌跡を受けて、大半の分身は消え、リュナは短刀でそれを受け止めさせられていた。威力をそぎ落として速度を上げた抜刀であったためにリュナのSTRでも受けることはできたが、競り合いとなればリンに競り負ける。
「この力のこと、知りたいの?」
刃を押し込みながらリンが問いかける。リュナは両手で短刀を抑えて耐えるが、上体が沿っていく。
「でも教えない。というより、分からないんだよね。だけど、アンタに教える必要もないし、いいかな!」
リンの持つ刀がアーツの光を強める。このままでは、短刀を支える手が持たない。
「! まだ居たの」
リンが横からの衝撃を受けて体制を崩す。衝撃の正体は、リュナの分身が放った幻影斬のアーツだ。直撃する寸前にガードされたが、それでも本体が逃げるだけの時間は稼げた。
全ての五感が増えるアーツ。今現在、このAWOの世界で二人しか使い手のいない手動での分身の使い手。そんな彼女が本気になれば、
「……もう、容赦はしない」
「やっと本気?」
分身と合わせて、四十もの幻影分身がリンを取り囲む。
かつてロズウェルの下に居た天才と、彼の下に堕ちた天才。この二人の本当の対決が今、始まる。
【お知らせ】
気付いている人もいるかもしれませんが、『普通だった少年シリーズ』の第一作である、~あの、俺の能力『自身操作』ってなんですか~についてですが、只今リメイク版を連載中です。
光一とリースの出会いや、彼の心情描写に能力についても前よりパワーアップしてますので、こちらの方もどうかよろしくお願いします。
こちらの方もどんな評価、ブクマ、感想も受け付けますのでよろしくお願いします。それらが作者の原動力となります。