第百二十話 豹変
大通りにある、高級な雰囲気のあるバー『無名』。雰囲気に漏れず値段も味も良く、辺りを見渡せば、攻略組やその他の大きなギルドのトップ連中に、本日の賭けで大儲けしたプレイヤーが静かに料理やドリンクを楽しんでいた。
「よ、早かったな」
カウンターの端で、ポテトをほおばりながらケンはライトに手を振る。今日、あれだけの闘いをしておきながら、ケンの顔には疲れは全く見えない。その底抜けの気力は、既に早く帰って寝たいと考えているライトからすれば羨ましい限りである。
「一体なんだ、こんなところに呼び出して」
ケンの隣に座り、適当な茶を頼み本題に入る。
「単刀直入に言おう、リンを…………助けてやってくれ」
「なんだと?」
ケンの言葉に嘘や茶化すような気は感じられない。それどころか、普段からは考えにくいくらいには真面目な顔つきであった。
「なあライト、リンの奴に最近会ったり話たりしたか」
そう言われると、ライトの記憶ではリンと会話をしたのはこの世界がデスゲームになった直後、セイクにライトの加入を諦めさせるためにPVPをした以来だ。それからもケンあたりからは偶にメッセージが届いていたが、リンについてはこの大会で見るのが随分と久しぶりだ。
「いや……それがどうしたんだ」
「俺たちはこの大会に出る前、一旦パーティーを解散して修行に出たんだ」
ケンはポテトを取る手を止めて、話し始める。
『それじゃ、ここで一旦解散だな』
『私はちょっと第四の街で自分を鍛えなおして来るわ』
『俺はルーリックの方で筋肉を鍛えてくるかな』
『私は最初のカンフでMPを鍛えてきますわ』
「その時点では、特に何も違和感なかったんだ。だけど……」
その修行から帰ってきた時、他のパーティーメンバーは順当に成長していたのだが、リンだけは再開の挨拶も殆どすることなく、予選参加の手続きをすると、早々と夜明けのホームにある自室にこもってしまう。
そこまでならまだ良かった、問題は予選終了後。セイク、ケン、リンのお祝い兼シェミルとフェニックスの残念回をしていたのだが、本選の組み合わせが発表されたその時、
『!?』
『ど、どうした!? リン』
『い、いや。ちょっと、お腹いっぱいになったから先に寝させてもらうわ』
『お、おう……』
そう言って、顔色を変えて急に立ち上がると部屋に戻り、今に至るまでパーティーメンバーとすら殆ど会話もなく時が経っているのだ。“戦法がバレたくない”の一点張りで、夜明けのホームではなく、他の宿屋をとって寝泊まりしている始末だ。
妙に険悪な雰囲気を見かねて、先日ケンがリンの控室を尋ねると、以外にも彼女はすんなりとケンを中に入れてくれた。
『おーい、リン。最近どうしたんだ……よ』
『ん? いや、ちょっとリベンジが果たせそうで嬉しくてね』
その顔はいつものリンと違う、というよりケンが知る彼女とは纏う雰囲気そのものが変わっていた。その違和感は一回戦で闘ったミストと酷似していた。ここまで来れば、あの気配の変調がただのスキルではなく、もっと得体のしれない何かであるというのは想像がつく。
『そうだ、今暇でしょ。模擬戦につきあってよ、』
ケンが、珍しく頭を回して現状を考察していると、リンは“いいことを思いついた”とばかりに彼に背を向けてトレーニングにと入っていく。
『一体……どうしちまったんだ?』
ケンは未だ現状を理解できていなかったが、とりあえずリンについていくと、彼女は既に設定を終えているようで、腰に構えた刀に手を添えている。その気配、いや、殺気は本選以上ともとれるものだったが、それにしては可笑しい。
リンが別行動をとっているのは、“パーティーメンバーにすら戦法がバレる要素を無くしたいから”である。それなのに、模擬戦、しかも本選さながらの気合いなんて戦法が全てバレる可能性すらあるのに、それを提案してくるのは不自然極まりない。
『いくよ!』
『うおっ! 金剛石の肉体』
始まりの合図と同時に、リンがハイステップで近づくと腰の刀を居合の要領で抜く。ケンの首を跳ねる軌道。金剛石の肉体で固めた腕でそれを逸らすことで、辛うじて即死は避けたがあれだけの防御力を誇った金剛石の肉体が削れていた。
『おいおい、嘘だろ…………』
『流石ね、一刀目で終わらなかったのは久しぶりよ』
最初から全開でなければ、やられる。理屈抜きに本能が告げる。
『鋼鉄の呼び声・全開&金剛石の肉体・全開!!!』
ライトすら一時は追い詰めたコンボを、出し惜しむことなく使っていく。リンの刀が磁力で引き付けられ彼女の体が前方にとつんのめる。
『へぇ、面白い技ね。あんまり時間かけると不味そうだし……本気だそうか』
前に転びそうになるのをこらえながら刀を再度鞘に納める。深く腰を落とし伏せた顔、独特な居合の構えだと思ったのもつかの間、
『縮地』
『!?』
磁力と縮地の力で加速したリンが高速の抜刀を繰り出す。挙げられたその顔、その瞳は…………真紅に染まっていた。
『ありがとね、ケン。お蔭でいい練習になったよ』
『…………』
結果として、模擬戦は惨敗。戦闘スタイルも、雰囲気も、この数ヶ月とは違っていた。ここまで頻繁に同じ気配に触れれば、嫌でも思いつく。この妙な、この世界とは違う雰囲気は、管理教団の団員が放っていたものだ。実際に闘ったことはあまりないが、その時に感じたものと同じ気配が今のリンからはしている。
そして、思い出した。管理教団に攻略組が手を焼く理由。それは、一部の団員が爆発的な強化を受ける謎のスキルを所持しているという報告があったのだ。今まで、そういったことは噂でしか聞いたことがなかった、もしくは対峙しても気がつかなかったが、リンはそのスキルに手を出したのかもしれない。
「…………と、言うわけさ」
「なるほどね。だが、それで俺に何ができるってんだよ。今からリンを説得しろっていうのか? それならセイクにでも頼んだ方がいいと思うが」
ライトの言うことは正論だ。
「それは駄目だ」
「どうして」
「リンは悪い奴じゃあない。俺たちがよく知ってるだろ。今は、ただ強くなりたいって思いが先走って、不幸な事が重なった結果、あんな力に触れることになっちまったんだろ。でも、それをセイクに知られたら、リンはもう戻れなくなる気がするんだ」
ケンの言葉を、ライトは黙って聞いていることしか出来なかった。彼もリン、いや凜との付き合いは長い。だからこそケンの言う事も真実だと、何となく察していた。
「今のリンを止めるには、アイツを倒してあんな力で強くはなりきれねぇって教えてやらないと…………俺には出来なかった。こんな事頼めるのは、もうお前しかいないんだよ」
その言葉を最後に、少しばかり沈黙が続いた。
(アイツ、リンまで手駒にする気か……)
もし、リンが反対のブロック、セイクと闘う位置に居れば、彼がこの問題を解決してしまう物語が容易に想像できた。事実、このままいけばそうなるのだろう。だが、
「…………言われなくても、俺はリンに負ける気なんて一切ないぞ」
「受けてくれるのか!」
「勘違いするな、ただ俺は俺の闘いをする。それだけだ」
それだけ言い残し、ライトは店を出る。ケンが追いかけるように店を出た時には、既にライトは夜の喧騒に紛れて見えなくなってしまっていた。