第百十七話 完全翻訳
「これで素手だぜ。久しぶりタイマン張ろう、ライト」
ライトが魂喰らいを戻したことを確認すると、ケンは足元に大斧を突きさし、両の拳を打ち鳴らす。鋼鉄の拳がぶつかり合い、散る火花に負けないくらいワクワクとした闘士を燃やしライトを見つめる。
「いいのか? 武器を手放して、攻撃が通るとは思えんが」
「なーに、心配するな。今はこの筋肉全部が武器だ」
「そうかよ」
三人のライトの蹴りがケンの腹部と背中に当たるが、固い腹筋に阻まれてまともなダメージはでない。が、それでもライトにとって闘いやすくなった要素もある。それは攻撃のリーチ差だ。
先ほどまでケンは大斧を構え、その攻撃範囲はアーツなどを使わなくともライトの倍以上はあった。が、それを捨てて速度の速い拳に切り替えたのは良い判断のようで、リーチという優位を捨てた行為でもあったのだ。
「ちょこまかと、そんな攻撃じゃ俺は倒せないぜ?」
「…………」
ケンは迫る攻撃を無視してただ当てようと拳を振るう。当てるだけの拳だとしても、彼のSTRならばライトに致命傷を与えるには十分。さらに金剛石の肉体のお蔭で、ライトの方が喰らうダメージは多い。遠からずライトは攻撃、移動アーツを使う以外の行動をするしかなくなるはずだ。
ライトの行動は何となく分かる。アイテムを使う時、何かアーツで状況の打破を試みようとするタイミングは、今までの付き合いとこのゲームをやってきた経験から推測できる。ライトは何やらぶつぶつと呟いている、声に出して考えを纏めようとしているのかもしれないが、こちらは耐えつつ召喚を許さなければいつかは打破できるはずだ。
(こっちのSPは持ちそうだな、あとはアイツの足が止まった隙にぶん殴るだけだ!)
「オラァ!!!」
何度目かの拳が空を切った。今までの攻防で会場の地面割れ、そこら中に瓦礫が散乱し二人の足取りを邪魔するかのように見えたが、ライトはそれを蹴り飛ばすことで攻撃に、ケンはそんなものお構いなしに走る。ライトが足止めに土遁を発動して壁を作ったこともあるが、ケンは肩を突き出して突進して突き破る。
「ここの会場の土、色々と入ってるみたいだな」
「?」
激しい殴り合いのなか、ケンがそんな事を呟いた。確かに彼の言った通り、ここの会場の土は砂以外にも様々なものが入っている。と言っても、それは単一の砂で構成されていないというだけで、特段おかしな物が混入している訳ではない。
ライトが、攻防のどさくさで手の甲に付着した土を見てみても、妙な魔力を感じるなどはない。一回戦での土と変わっているような点はない。
(色々? 土の主な構成物質……炭酸塩に粘土、二酸化ケイ素に……まさか!)
「もう遅い! 鋼鉄の呼び声!! 全開!!」
かつて見た地学や化学、地理といったの教科書から知識を思い出していく最中、ライトはケンの狙いに気づいた。無駄だと感じつつも、両手で体に付着した土を払ったが、遅かった。
土を構成する物質で、ありふれたものとして酸化鉄というものがある。誰でも幼いころに砂場などで磁石を使い砂鉄を集めた経験はあるだろう。勿論、ここの会場の土にもそれは含まれている。
「ようやく、手が届くぜ!!!」
「グッ……!?」
何か言いかけていたようだが、それを言い終わるとと同時にケンの拳がライトの顔面を捉えた。ガラスの割れるような即死回避のエフェクトが散る。
ケンの拳を受けたライトは、分身を維持することができず残り二人の分身も煙となって消え、本体は会場の端まで吹き飛ばされた。
『おおっと、この大会始まって、初めてライト選手がクリーンヒットを貰いました!! これは先が分からなくなってきました!!』
実況が煽ると同時に、観客も湧き、手にした賭け券を握りしめ声を張り上げる。ある程度攻略に精を出していれば、ライトが今即死回避を発動したことは容易に分かる。後一発、かすり傷でも喰らえばライトは今度こそ倒れる。
「立てよ、まだ倒れちゃいねぇだろ。後一発、崖っぷちだな」
殴った衝撃で、土煙が舞う辺りに向かってケンは拳を突き出しそう宣言する。会場の地面については幸運だった、流れはこちらにある。あとはこのまま押し切るだけだ。
「どう? アンタはどっちが勝つと思ってる?」
試合開始前、隣に座るシェミルがそんな事を聞いてくる。セイクは返答に困った、パーティーメンバーのケンを応援したいのはやまやまだが、ライトの方も大切な友人だ。どちらかを贔屓するというのはためらってしまう。
「俺は……」
「別に遠慮なんてしなくていいんじゃないの? もしかしたら決勝で戦うのかもしれないし、アンタが戦うのが楽そうな方応援しちゃえば」
隣でからかうように笑うシェミル。その顔を見て、少しだけ気が楽になった。
「そうだな、それじゃあ俺は試合を見ながらする方を決めようかな」
「そうね、アンタはそれがいいかもね」
そう言って、二人は試合の方へと目を移した。試合はライトの有利なようで、ケンのスキルで互角以上に戦況は揺れる。ダイナミックに拳を振るうケンと、その周りを高速で動くライト。見ている側も興奮させる試合だったが、セイクには一つ引っかかる点があった。
「あれは……」
「いっけー! ケン、そこだ!」
「後ろですわ! 頑張ってくださいまし!」
横で応援するシェミルとフェニックスとは正反対に、セイクは冷静に考えを巡らしていく。ライトが口にしている何か、何を言っているかは聞こえないが、形、そして今この状況を打破できそうなもの、その二つを満たすような何かを自分は知っているような気がしたのだ。
「当たりましたわ!!」
「今だ、ケン。いっけー!!」
ライトがケンの拳を顔面に喰らう直前に、ようやくその何かにセイクは気づいた。
「ケン! 早く決めるんだ!」
「どうしたのよ。そんなに急かさなくても……」
「何か気になる事でもありまして?」
観客席か届かないとは思いつつも、思わずセイクは声を張り上げていた。隣に座る二人が、不思議な顔をしながらこちらを見る。
「ライトが、さっきからの何か口にしていたのは分かるか」
「そう言われたら、なんか口元動いていた気がするけど、それがなにか?」
「召喚系のスキルは一回戦で見てますし、ケンも発動させないように立ち待っているのではないですの?」
フェニックスの言う通り、ケンは一回戦で見た通りの召喚スキル(口寄せ)を発動されないように立ち回っている。忍術の威力の低さを見るに、ライトのINTは低く、攻撃魔法はケンにとって致命傷にもならないだろう。そもそも、忍者は召喚士のように、召喚に比重を置いているわけではない。出てこられたとしてもあのミユ相手なら戦況が互角になる程度だろう。
確かに、自動人形であの出力は脅威だが、ケンの防御を貫く程の魔法を放てるかと言われれば答えはノーだ。ミユは多少土魔法を使えるが、それでも本職の魔法使いには及ばない上に、そもそも彼女の仕事は遊撃よりの前衛だ。
「さーて決めるぜ、鋼鉄の呼び声 全開!!!」
土煙に覆われるライトに向けて、ケンは追撃のアーツを発動する。辺りから砂鉄が引き寄せられ、それと共にライトも引き寄せられる。……筈であった。
「んお? おかしいな」
「土を洗い流すなら、水だよな」
この大会、いや全プレイヤーでも屈指の物理防御力を持つケンの金剛石の肉体を打ち破るには、それこそ攻略組の魔法職や、妖精といった特化した種族でもないと無理だろう。
そして、この男、ライトには前衛職の忍者ではそういった存在を召喚することはできない。
「随分呼び出すのにてこずったのね」
「ああ、ちょっとばかり遅くなったが、ここから頼んだぜ」
「りょーかい、あとで何かデザート買ってね」
そんな普通はとうの昔に通用しない。