第百十三話
ライトは、一人会場の外に来ていた。分身を一人置いてきているので、次の試合の観戦も問題ない。トイニにはポップコーンとジュースを渡したので、しばらくは大人しくしているだろう。それにミユも置いてきているので特に心配はしていない。そこまでして、彼が会場を抜け出したのには理由がある。
(あいつ……どこに行くんだ)
「…………」
ライトの視線の先には、リュナがふらふらとした足取りで会場の外に出ていくのが見えた。彼が最後に彼女と出会ったのは、忍者の里でロズウェルと出会って以来である。彼の視点からすれば、彼女は管理教団の一員であり、ロズウェルと関わりの深い人物という印象しかない。
そんな彼女についていけば、ロズウェルへの手がかりが掴めるかもしれないと考えての行動だったのだが、
(こんなところまで来て、目的はなんだ? あたりにロズウェルの気配はないし、この辺りには何も無いぞ?)
着いたのは会場近くの森の入り口あたり。予選を行った場所でもあり、今はイベント中扱いでモンスターが出ないようになっているらしいが、モンスターの気配どころかロズウェルの気配すら感じられない。
「……誰?」
(やっべ……、隠密スキルの差が出ちまったか)
気配は消していたつもりだったのだが、いつの間にか気配が漏れていたようでリュナに感知されてしまった。このまま立ち去ってしまおうかとも思ったが、ロズウェルの事を聞けるいい機会かもしれないと考え、隠れていた木の裏から歩み出る。
「俺だ俺、久しぶりだな」
「ライ…………ト?」
ライトの顔を見た瞬間、リュナは驚きの表情を浮かべる。そこでライトは思い出した。今、彼女はライトに関する記憶を失っているはずだ。ライトの印象は試合でのこと程度しかなく、久しぶりだなと言っても、彼女からはほぼ初対面の男が話しかけてきたに過ぎない。
「何をしにきたの?」
言葉に詰まる。これで馬鹿正直に尾行してました。なんて言えるわけがない、そこでライトは、
「約束を……返しそびれたものを返しにきた」
それらしい事をいって乗り切ることにした。ライトの見立てでは、リュナは記憶の大半を失っているはずだ。それならなんとか乗り切れるかもしれない。
「約……束? 貴方、私の事を知っているの?」
「まあ、一応」
「ホント!?」
ライトがリュナの事を話した瞬間、彼女が急に距離を詰めてきた。武器も構えず、殺意もなかったのであっさりと接近を許してしまう。見た目人気だけで賭けるプレイヤーすらいる彼女に接近され、女性経験の乏しいライトは思わず、驚愕の声を上げて後ずさる。
少し時は遡る。ライトがリュナの尾行を始める寸前、彼女は半ば無意識に辺りを歩いていた。自身が管理教団の幹部であったこと、そしてロズウェルの命令で様々なことをやってきた事を、一日かけて朧気ながら思い出してきた。
試合後、どうしようもない感情で胸が張り裂けそうだったリュナは宿屋に帰る途中、一人の男に呼び止められた。
「よう」
「…………何」
男、レヴィンの顔を見て、リュナは腰の短刀に手をかけて警戒を顕わにする。が、レヴィンに抗戦する気はないようだ。
「俺としてはもうアンタに会いたくは無かったんだがな、団長の命令だから仕方ねえ。こいつを渡せって言われてな」
「!?」
そう言って、レヴィンは二つのアイテムを投げ渡すと、闇の中に消えていった。
レヴィンが消えた後、彼女は一人宿屋でアイテムを開封してみた。すると、
「これ……は」
そのアイテム名は“リュナの記憶”それも二つ。それぞれにメッセージがついており、その内容は『こっちを先に見ることをオススメするよ、リュナちゃんが僕たちの一員になってからの記憶さ』『逆に、こっちはもう一つの方を見てからの方がいいかもね。キミがボク達の一員になる前の記憶さ』最後に書かれた、『これをどう使うかは、キミ次第さ byロズウェル』と妙にキザったらしい文体で書かれたサインも目に入らない程、彼女は手の中で怪しく光る記憶に息を吞む。
ずっと探していた記憶、それが今目の前にあるのだ。彼女は、生唾を飲み覚悟を決めると“先に見ろ”と言われた記憶にへと手を伸ばす。
「-----ッ!?」
およそ数時間後、ようやく全ての記憶を見終えた。というより、強制的に記憶を脳に叩き込まれたというべきか。数ヶ月の記憶を無理やり数時間で叩き込まれたのだ。ズキズキと脳の奥から鈍痛が響き、嫌な汗が噴き出る。しかし、それ以上に衝撃であったのは、
(私は…………こんな事をしていたの……)
今まで自分がやってきた事を認識したことだ。多少は覚悟してきたつもりなのだが、それでも自分の体で、自身の手で他人をキルしていく風景を魅せられれば気分の悪くなる。
「…………」
リュナはちらりともう一つの記憶の方も見たが、今の精神状態で再度あの苦痛を味わうのは避けたい。今までの疲れも溜まっていたのだろう、彼女はベットにうつ伏せで倒れこむと、そのまま寝息を立て始めた。
次の日、頭痛が収まり、ある程度過去の自分の行動を飲み込むと、途端に気分が重くなった。自分が信じられなくなっていく。あんな組織に入り、幹部とまでなった自分。過去の自分、いや、本当の自分はどんなに恐ろしい存在だったのだろう。
それを考え出すと、何もやる気が起きずとりあえず会場には行ったものの、試合の内容が入ってこない。会場を埋め尽くす人、人、人。その内、何人を彼女がキルしてきたのだろうか。直接キルしていなくとも、被害者の友人や恋人などを手にかけている可能性だってある。
(昔の私は、一体どんな人だったんだろう)
そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか近くの森の入り口近くまで来ていた。そこでようやく気付いた。“尾行されている”と。もしかしたら管理教団の誰かかもしれない。警戒と警告の意味をかねて、
「……誰?」
そう言ってみると、一人の男が木陰から出てきた。
「俺だ俺、久しぶりだな」
「ライ…………ト?」
そこにいたのは、会うためだけにこの大会への出場を決めた相手であった。