第百十二話 気功
ザールの体が右へ左へと弾かれる。ロロナの動きを予測して発砲しようとも、ロロナの機動力は見てからの回避を可能とする。
「瞬爆 輝炎」
急加速をしたと思えば、ザールに纏わりつくような軌道での武術的な足さばきで彼の死角に回り込んでいく。さらに、瞬爆手甲から放出される紅炎が彼の視界を覆い、肌を焦がす。視界がオレンジに染まり、HPがガリガリと減っていきながらも、彼は一つスキルを発動させた。
「弾丸錬金…………魔石edition」
ザールが左の銃から弾丸を発砲する。既に瞬爆手甲の加速に対応してきているのは脅威だが、単発の弾丸程度であるならロロナは融解させて突っ切ることができる。意図は分からないが、今のザールは単発の弾丸を放つのみで、わずかながら隙と呼べるものを晒しているように見えた。
ロロナもゾーンに入り、急速に瞬爆手甲の速度に慣れてきている。今まではアーツなしでの攻撃しか行えなかったが、今ならアーツも交えた攻防が可能になるかもしれない。それを試すには、このザールの見せた隙はあまりにもピッタリであった。
「錬功活癒!」
丹田に気を集め、全身に巡らすことで傷を癒しながらSTRを高めていく。瞬爆手甲から噴き出る炎が気の高まりを表すかのように、より勢いを増していく。
「炎消すには水だよなぁ!」
「ナっ!?」
弾丸を融解させようと炎を向けたその瞬間、その弾丸は水をまき散らしロロナの炎を突き抜ける。辛うじて直撃は避けたが、無理に体を捻ったせいでゴロゴロと地面を転がった。
「寝てる暇は無えぞ」
「……!」
立ち上がるより早く、ザールの右の銃口からパチリと電気が走った。観客からすれば、閃光が走ったとしか分からない者が多数な程の弾速。
未だ地面に膝を付いている状態のロロナは、立ち上がり避けるのは間に合わない。そう半ば反射的に判断すると簓木を発動。ゾーンに入った彼女の脳は、銃口から弾丸の軌道を経験と感覚から予測し雷の弾丸を逸らす事に成功した。
(? イマのは…………)
「チッ、今で直撃しねェのか」
ザールの左の銃からひとりでにマガジンが落ちる。舌打ちと共に込められたのは、炎の魔石と風の魔石から作られた弾丸。ただの魔石ですら、一個人が手に入れるのはかなり高価なものなはずなのだが、彼はさらに貴重な属性付きの魔石を使い捨ての弾丸に変えてしまう。
彼は、その二つの弾丸を不可視の弾丸の要領でほぼ同時に発射、風に煽られた炎は急速に範囲を広げ、ロロナの居た辺り一帯を炎で染め上げる。速い相手には、広範囲の攻撃をすればよいという至極古典的な戦法だが、それだけに効果は絶大だ。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
瞬爆手甲の急加速で直撃は避けたが、炎の熱に煽られ体の至る所が焦げ、火傷の後が見られる。だが、一呼吸。それだけあれば、彼女は呼吸を整え縮地クラスの加速をもって、低い姿勢でザールの懐に潜り込む。
右の拳が入り、ザールは顔をしかめながらも彼女に向かって左の銃を発砲。背中に回り込むことで回避したロロナであったが、突如地面が鳴動する。地震というより、地面が局所的にうねり彼女のバランスを崩させようとしているかのようである。
ザールが先ほど打ったのは、土の魔石から作り出した弾丸。避けられるのを分かった上で、その力で大地を揺らしたのだ。
ロロナは堪らず、地面からジャンプのアーツで飛び上がる。どれだけ地面が揺れていようと、地面から離れてしまえば関係ない。その考え事態は当たっていたのだが、
「予想通りだぜ。人は跳ぶだけ、空を飛べやしねぇ」
そこまでザールは読んでいた。右の銃口は空中のロロナにびったりと合わさり、銃身を覆う紫電が先ほどの雷の銃弾とは違うぞと宣言しているようであった。
雷の魔石から作られた銃弾の長所は、その圧倒的な速度。さらに、雷の弾丸にはもう一つ特徴がある。それは、マガジンに弾を込めてから魔力を充電することで速度、威力を上昇させられるというもの。右の銃は一度発砲してから、今まで充電を続けてきた。
ロロナは、瞬爆手甲の噴射で無理やり逃げようかとも思ったが、それを許すザールでもない筈だ。恐らく、あの雷の弾丸に相当な自信があるのだ。瞬爆手甲で急加速するよりも早く、彼女を打ち抜くという自信が。
「雷光弾丸 最大充電!!!」
その弾丸は、まさに地上から空中のロロナに向かう閃光。直撃すれば間違いなく即死。いや、掠っただけでも今のHPなら死ぬだろう。瞬爆手甲での回避すら間に合わない。そんな状況で彼女がとった行動は、
「! そんなモンで、俺の雷光弾丸が逸らせるかよ!!」
右手を前に出し、簓木のような構え。だが、この威力、速度では逸らしきる前にロロナに直撃してしまう。だが、
「何を……する気だ!?」
(さっき感じたあの感じ、アレができれバ!)
簓木にしては可笑しい。弾丸を逸らすのではなく、ロロナは右手で掴むようにそれを握りこんだ。無論、次の瞬間には彼女の右手を貫通してしまうような状態。
その状態で、彼女はさらに気功のスキルを発動していく。丹田から流れ出る気が、右手の弾丸を包み荒れ狂う電流を抑え込むように流れ込み、瞬爆手甲がその気に反応するように炎を噴き出す。
雷光弾丸の持つエネルギーは莫大で、いくら抑え込もうとしても抑えきれない。そんな力を、無理やり抑え込むのではなく、右手を中心に流れ込む気が少しずつ爆発しないよう体の隅々にまで分散させていく。ゾーンに入った今だからこそ可能な、神業といも言える気功操作。
(簓木のは相手の攻撃を受け流すコトだけじゃない。武道は相手の力を、気を自分の力として利用することナンダ!)
一際大きく瞬爆手甲から炎が噴き出し、次の瞬間には、
「な……んだ? それは」
「瞬爆手甲 雷炎装炎!!!」
瞬爆手甲からは常に炎が噴き出し、それに絡むように雷が彼女の周りでバチバチと音を立てていた。
(何かされる前に決める…………!)
瞬爆手甲の噴出でホバリングするロロナに向けて、水と雷の弾丸を放つザール。広範囲に広がる水に流れた電流が、四方から彼女に迫るも、
「……加速」
雷光一閃、まるで落雷が如くロロナがザールに向かって落ちた。電撃が彼の体を焦がし、痺れと火傷を同時に与えていく。この二重苦で、彼がこの大会で始めて意識が…………薄くなっていく。
「雷炎塵雷 崩山炎極砲!!!」
その僅かな、そして致命的な隙。そこに、山を砕き、炎雷で相手を塵と変えていく程の熱量と閃光を纏った破壊がザール炸裂した。
『やはりこの試合は、我々の予測を超えた好カードでした!!!! 第二回戦、熱線を制したのは、ロロナ選手でした!!!』
実況が声を張り上げ、観客が立ち上がって歓声とともにロロナを称える。その声を聴いて、
「勝った…………ノ?」
簓木から半ば無意識になっていたロロナは、ようやく勝ちという事実を飲み込むのであった。