第百十一話 瞬爆(デトネーション)
(多少火力は上がったようだが……問題はねぇ、ここは俺の距離だ)
確かに、ロロナの炎の火力は多少上がったようだが、ザールに動揺はない。彼の持つスキル、弾丸錬金の効果は、“価値のあるものから弾丸を作り出す”というもの。その威力は素材としたものの価値によって増減する。
普通なら、プレイヤーメイドの弾丸が一番威力が高くなるはずであり、このようなスキルから生まれる弾丸など、店売りの物よりも質が低くなければおかしい。だが、ザールのバックについているのはあの管理教団だ。その圧倒的な資金力をそのまま弾丸に変えることがことができるのならば、あの威力もうなずける。
「バレットレイン!!」
ザールは、更に弾丸の生成コストを引き上る。弾丸一つに、そこそこ贅沢な宿に止めれるような金額を惜しげもなく注ぎ込んでいく。他のプレイヤーが使ったならば、威力を大きく抑えた弾丸をバラ撒くアーツだったのだが、彼の使うそれは魔法による爆撃と遜色はない。
彼のマネー残高が目まぐるしく減っていくと同時に、ロロナのいた辺り一帯が丸ごと爆発に飲み込まれた。これなら、多少の体捌きも弾丸掴みの意味をなさない。あれだけの範囲なら、もう彼女に避ける術はない。
その筈だった。
「こっちだヨ」
「な……にっ?」
声が聞こえてきたのは、ザールの右後ろから。崩拳をモロに喰らい、強制的に呼吸を中断させられながらも彼は相手からの距離を取りながら、再度弾幕を貼り直す。今度は追尾弾も混ぜ、視線をロロナに集中させる。何かあれば、即座に弾弾きで対処できるようにしていた。そのお蔭で、ようやく彼は気づいた。
「その手甲、そういうことか…………」
「瞬爆手甲、見せたのはキミが初めてカナ」
ロロナに追尾弾が狙いを定めたその時、彼女の手甲から凄まじい勢いで炎が噴き出したのだ。結果、彼女はそれを推進力として、追尾弾を振り切り、弾弾きも間に合わない程の速度での移動を可能にしたのだ。
初見ではまるで反応出来ず、二度目でようやくその姿を視認した。間違いなく瞬爆手甲での移動は、活歩よりも数段速い。恐らく、加速具合ならあの縮地ど同等レベルでも可笑しくはない。
これで、戦況は大きく動いた。今までは届かなかった距離から一瞬で間合いを詰め、また離れることも弾丸を避けることも可能になった。だが、それでもなおザールは倒れていなかった。全体的に押しているようで、今だ彼女は致命となる技を繰り出してすらいない。
それどころか、一部の目の肥えた観客や実力者はこうも思っただろう“何か繊細さに欠けるな”と。事実、今まであっさりと掴んでいた不可視の弾丸を急加速で避けることが何度も見られたのだ。
「その技、未完成だろ」
「……気づいた?」
ザールの言葉に、ロロナはあどけなく笑って返した。そもそも、彼女は最初から本気であり、目の前の男が全力を出さずに勝てるような相手だとは考えていない。それでも瞬爆手甲の使用を躊躇っていた理由は単純、まだ使いこなせていないのだ。
瞬爆手甲による加速具合は縮地にも劣らない。つまり、使いこなすにのに要求される技量も、それ相応に高くなる。縮地ですら、使用するトッププレイヤーでも直線的に動き、追加の攻撃アーツを入れるのが精一杯。一瞬でも攻撃のタイミングがズレれば、自身の攻撃は的外れなところで暴発する。
ロロナの炎の強みは、その瞬発力にある。一瞬で最高火力に達し、その勢いでの高速移動をも可能にしたのだが、本選までにそれを使いこなすのは間に合わなかった。格近接格闘では、距離感が命。それを掴む暇もない急加速の連続では、流石のロロナも動きに繊細さを欠いてしまうのも無理はない。
確かに、ザールは初見、その急加速に驚いたものの、動きが直線的、しかも停止時に若干のバタつきありとなれば徐々に慣れてきた。
「ビンゴ!」
不可視の弾丸を囮にロロナの急加速を使わせ、速度が落ちる地点を予測することで、ついに瞬爆手甲を付けた彼女にまともな弾丸がヒットした。決まった。と思われたが、彼女は直撃の瞬間に手甲で受けることで弾丸が融解、それでも完全に威力を殺し切ることはできなかったが、ギリギリのところで彼女のHPは残った。あと一撃、それこそただの弾丸でも倒れてしまうほどに追い詰められた彼女は、
「…………ニッ」
笑っていた。ここまでギリギリの闘いは久しぶりだ。攻略組のトップの一員と言われるようになってから、自分に挑んでくれるプレイヤーも減り、そもそもデスゲームとなってから対人戦にかまけるより、攻略組としてボス攻略に明け暮れる方が多かった。
それも楽しい生活ではあったが、やはり人と人、思考を尖らし、、相手の動きを予測し、次の一手を考えるこの感覚、これこそ自分が最初にこのゲームを買った動機なのだ。
「なにやら満足したみたいだが、そろそろ赤字になりそうなんでな。決めさせてもらうぞ」
右の銃からバレットレインが飛び出し、ロロナの居た辺りを赤く染め上げる。だが、彼は知っている。こんなもので彼女は被弾しない、そしてあれを避ける術は、
(これで、チェックメイトだな)
瞬爆手甲による急加速しかない。ロロナが居たのは、先ほどと同じザールの右後ろ、不慣れな急加速なら先ほど成功したルートを辿ると考えたのが見事的中、左の銃の引き金を引いたその次の瞬間、
「が、ハッ!?」
背中から打撃を受け、驚きと同時に体が折れ曲がる。見ると、後ろにまたロロナが回り込んでいた。
(急加速……二段構えだと!?)
再度ザールは、ロロナに照準を合わせ発砲するが、もうすでに彼女はいない。急加速後のバタつきすらも無くなり、加速後に、また急加速を繰り返していることしか、今の彼には分からなかった。右を向いたと思ったら、左から打撃を喰らい、今度は上からと最高速度は変わっていない筈なのに、彼女の動きは既に瞬爆手甲の速度を使いこなしている。
ゾーンと呼ばれる状態がある。これは一流のスポーツ選手のような天才が、相手の動きが鮮明に見えるようになったり、自身の動きが手に取るように客観視して見えたりと、極度の集中状態にさらされることで起こる現象である。とある少年は、それを意図的に能力で引き起こせるが、それは例外中の例外だ。あくまで、ゾーンは一部の天才が、ごくまれに条件が揃った時にのみ入れるものだ。
つまり、
「なんかだか、コツ。掴めて来たカモ」
ロロナは間違いなく、その一部の天才であるということだ。
長くなってしまったので、一旦ここで切ります。