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第百三話 圧倒

 会場が歓声で揺れる。右ブロックの第一試合ということもあり、会場の盛り上がりも高い。辺りを見渡せば、生産組の売り子が辺りを駆け回り、観客の中にはホットドッグと飲み物片手に試合を眺める者や、近くの友人と試合の行く末について談笑する者など多種多様のプレイヤーの姿が見える。


『さー、皆さんお待ちかね。お昼を超えて、右ブロックの第一試合! 正体不明のソロプレイヤーVS物理火力が欲しいなら、俺に声をかけろ! 怪力団の団長、オバンド選手です!』


 実況と観客の声に答えるように、オバンドは軽々と手にしたハンマーを上げてアピールする。彼は他の傭兵たちとは違い、ギルド単位での傭兵という表現が最も相応しいだろう。攻略組でも似たような仕組みはあるが、あちらは基本最前線の町での活動が最も活発であり、他の町での活動はあまり盛んではない。そもそも攻略組のメインは、あくまでいち早くこのゲームを攻略することであって、他のプレイヤーを底上げすることではない。


 オバンドはそれに疑問を抱き、あまり攻略に精を出すものでなくとも、闘いの基本を指導し、この世界を生き抜けるようにするべきだという信念の下に、攻略組から独立して傭兵ギルドを立ち上げた男である。そのため一般プレイヤーからの信頼も厚く、魔法職のソロプレイヤーや、前衛不足のパーティーなどは彼らにお世話になった経験がある者も多い。

 対するライトは、静かにうつむいていた。ポケットに手を入れ、とても今から闘いをするようには見えない。かつては、ボスの最速討伐に一度だけ乗ったことがあるものの、それ以降話題に上がるようなことをしてこなかったので、観客もライトの実力を疑い、オバンドの方が賭けの人気は高い。


『両者位置につきました! それでは、第五試合、開始!!!』


 開始の合図と同時に、オバンドは自己強化のアーツを使いながら、一気にライトとの距離を詰める。ハンマーの重量を感じさせない動きと、迷いのないアーツ使用の判断。大味な武器を使ってはいるものの、装備は色々なツテでそろえた最高クラスの物を用意し、長い間組織を引っ張り闘ってきた経験からライトの戦闘スタイルを予測して、戦略を立てていく。


(相手は軽装、恐らくAGEが高い盗賊や狩人系統かね、それにポケットに手を入れていることから武器はナイフか暗器か? それならあまり火力はない筈、多少被弾覚悟で攻めるのが正解だな)


 オバンドは、ステップから威力よりも発動の早いアーツをチェインして、様子見の一発を放つ。運よく直撃するようなら、一気にこの試合の主導権を握れる可能性もある。そうでなくとも、自身の予測から大きく外れる戦法を取るようであったら、早くその戦法を解き明かし対応を練ることができる。初見の相手ならば、最善とも呼べる手。


「むっ……」


 結果としては、オバンドの予想は大きく間違ってはいなかった。自身の一撃は、横をすり抜けられるように避けられてしまったものの、何か驚くような事はなかった。すれ違いざまに攻撃を貰ったようだが、ダメージは殆どない。数値を確認して、やっと確認できるほどの値だった。


(武器は見えなかった、それなら暗器か? ならこのダメージの低さにも納得がいく)


 ライトから離れないよう距離を保ちながら、オバンドは相手の戦法を解き明かし、その都度(つど)最良の手を打とうと頭を回す。恐らく、数撃当てればほふるだけの威力がこちらにはある。それを相手も理解しているのか、最初の一撃以降攻撃はなく、回避に専念しているようだ。ならば、今オバンドが取るべき戦法は、


「…………持久戦か」


 こちらはアーツにさえ気をつけていればいよいに対し、相手はただの攻撃ですら回避を求められる。今は避けられているものの、通常、集中力はあまり長く続くものではない。いつか必ず決壊する。そして、それはそう遠い先の話ではないと、オバンドは結論づけた。






「ちっ……」


 それから三分以上が経過した。未だに、オバンドの攻撃はライトに掠りすらしていない。それにライトは無言のまま避けるだけ、そんなのが三分も続けば舌打ちの一つくらい出る。


(だが、そろそろ相手もSPが切れる頃だ。あれだけのスピードを維持しているんだ、使っているアーツはステップやハイステップ。それとAGEを上げるスキルも使ってそうだな……)


 ライトのステータスと戦法をあらかた予想し終わり、後は少しで流れはこちらに傾く。そう自身を鼓舞して、ハンマーを振るった。

 その攻撃は、回避された。それはまだいい、これまでも回避され続けてきたことだ。それよりも、距離を空けられないように、すぐさま相手の位置を確かめる事に意識を向けなければならない。今までの攻防から推測すると、ライトは右側に避けている事が多く、オバンドは視線を右に移すが、相手の姿はない。瞬時に左にも視線を移すが、そちらにも敵の姿はなかった。


(どこだ……?)


 頭の中に疑問符が浮かぶ。だが、その疑問はすぐに解決した。




「ああ、すまん。ちょっと考え事してた」

「!?」


 その声は後から聞こえた。振り返ると、ライトがオバンドの後方数メートル離れた位置で、背を向けていた。開始からこれまで、必死になって空かないようにしてきた相手との距離を、まるでただ移動したかのように空けられたのだ。

 脳内が驚愕に染まりそうになる。だが、オバンドはそれでも冷静を保ち足を踏み出す。すると、チクリとした痛みを感じHPを確認すると、ほんの少し減っていた。それは、数値で確認してようやく認識できるほどでしかなかったが、確かに減っていた。


 このゲームのHPは、表示上整数でしか表されていないものの、実際は小数点以下まで表示されていることが、検証の結果知られている。最も、殆ど意味のない検証とされ、この事実を知っているプレイヤーは多いものの、それを普段から意識するプレイヤーは殆どいない。

 しかし、オバンドは一つの可能性を思いつく。いままでHPがロクに減らなかったのは、ライトが攻撃をしてこなかったのではない、“あまりにダメージが低すぎて、表示されていなかった”のではないかと。これが、普通の攻撃なら痛みHPゲージの減りようで気づけただろう。だが、それを許さないほどライトの一撃は弱すぎた。規格外なまでに。


「さて、そろそろエンジンかけてくか」


 その一言を切っ掛けに、ライトの動きは段階を飛ばして加速する。今までの攻防において、ライトは並列思考を使い、殆どのキャパシティを思考に割いていた。オバンドと闘っていたのは、そのほんの一部を使って最低限の回避と攻撃を行っていたにすぎない。

 アーツも使わず、集中コンストレイションすらもロクに使っていない。ただ、AGEに任せて避けていただけ。それですら、オバンドはまともに攻撃を当てることができなかったのだ。


(い、一体なんなんだ、こいつ! 今、俺は何発もらった? その判断すら追い付かない……)


 このゲームでは、ステータスの上り幅とその恩恵は等倍ではない。STR:百とSTR:二百が同じ耐久力の相手に与えるダメージは単純に二倍とはならない。ステータスの値は、その値が上がれば上がるほど、上がりづらくなっていく。攻略組の上位でも、その値は百八十あたりが基本であり、ある程度強みとする値でも二百程度。魔法職であればINTを特化したステータスとなり、三百に届くかといったほどだ。そんななかで、ライトのAGEステータスの値は、驚異の四百オーバー。


 これが、今でも第一線で闘い続け感覚を研ぎ澄ませている者たちならば、予測、直観、その他様々な方法を持ってライトと渡り合えただろう。だが、オバンドは一線から退き、また別の闘いを始めた男だ。アイテムを揃え、スキルを揃え、人材を揃え、確実な勝利を手に入れる闘いを続けてきた。

 それに対して、ライトの全力の闘い方は、見るものによっては自傷ともとれる闘い方だ。即死回避込みでも、二撃喰らえばほぼ死、命を削り、集中力を尖らせ、張り詰め、無数の小さな一撃を束ね、敵を打破する。その二つの闘い方の違いからくる、経験の差がモロに出ていた。


「「「「ステップ、ハイステップ、スラント、ジャンプ、錐通し」」」

「が、はぁぁぁ!!!」


 四人のライトに四方から切り刻まれていくオバンド、一撃が低い代わりに即死することもできずにサンドバックになっていた。この本選に出るというだけで、AWO全体でもトップクラスにいることは間違ない。だが……


「いまなら、戦闘脱落リタイヤも認めるが。ずっと削られ続けるのも辛いだろ」

「…………」


 オバンドは膝を付く。ライトは一度攻撃の手を止めて、そう伝える。このまま続けてもオバンドの苦痛が長引くだけだ。そうなる前に、戦闘脱落リタイヤを宣言したほうがいい。観客はおろか、実況さえ凄惨さに息をのみ、無言で会場を見つめていた。

 それは、武士がせめてもの情けとばかりに、苦しむ相手に自害の選択を進めるようなもの。事実、今のオバンドが受ける苦痛は、並の戦闘では味わうことのない程だろう。誰が見ても、オバンドに勝ち目はない。このまま苦痛を長引かせ、観衆の前に恥を晒すくらいなら、潔く負けを認めた方が良いだろう。


(おそらく、奴はまだいくつもの奥の手を隠してる……)


 戦士として長く闘ってきたオバンドには分かる。目の前の男は、今だ全力を出していない。対する自分はどうだ、耐えて一撃を当てるというコンセプトは破綻し、自力では及ばない。


(ああ、久しぶりだな。こんな感覚、ずっと忘れていたよ)


 目の前には、全力を尽くしても遠く及ばないほどの強敵。それをどうしたら打破できるか、それは、久しく忘れていた思考。こんなデスゲームになる前、幼少期は一度詰んだボス相手に、何度もトライし、考え、攻略時の達成感を求めていた。

 いつからだろうか、闘いは確実を求め、リスクをおかさず、自分よりも弱いものとしか戦わなくなったのは。


「……気遣いはいらない。その代わり……」


 彼はハンマーを支えに、ゆっくりと立ち上がる。既に体はボロボロ、だが、


「俺の全力をもって挑ませてもらおう!」


 間違いなく、彼のベストコンディションは今であった。



ついに百話までこれました。これも、応援してくださった皆さんのお蔭です。これからもこの作品と、光一の物語をよろしくお願いいたします。


追記

明日も更新します

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