第十話 失われる物と主人公になりきれない男
その場で交戦状態となっていたモンスター達を、倒したライトは、投げたナイフを回収してから助けたパーティーに向き直る。
「おい、無事かお前ら」
「は、はい。お陰さまで……」
ポーションを渡した少年は、そう感謝を伝えたが、その顔は何処か悔しさが溢れた顔をしていた。他のメンバーも見てみると、やるせない感情が渦巻いた顔を浮かべ、下を向いていた。
「……着いてこい、どうせ道にでも迷ったんだろ。乗り掛かった船だ、案内くらいはしてやる」
ライトは、そう言って森の出口を目指して歩を進める。少年らのパーティーは、その後ろをぞろぞろと着いていく形で歩きだす。
「……」
「……」
会話こそ無かったものの、ライト達は幸運にもモンスターに襲われる事なく森を抜け出す事に成功する。
平原に着き、後は町へ戻るだけという道すがら、ライトは一つの疑問を口にした。
「なあ、¨お前らのパーティーは何人だ?¨」
「!」
少年は、その問いに唇を噛み締めたあと、
「五人……です」
そう短く、後に連れて声を小さくしながら答えた。
ライトは、¨そうか¨とだけ言うと、また会話は途絶えた。そして、ようやく町へと着くとパーティーは全力で、町の噴水へと走り出す。
ライトが最初にログインした、噴水のあった広場。そこは死んだプレイヤーが、そこで死に戻りをするポイントであり、死んでしまったメンバーを向かえに行ったのだろう。
ライトは、その背中を見て、何となくその背中を追う。高いAGIのお陰で、全力で走り出した彼らにも軽々と追い付く事ができた。
「ミリィ! 無事だったか!」
「ミリィちゃん、良かった。無事だったのね」
ライトが追い付いた頃、ポーションを渡した少年と魔法使いらしき少女が、噴水広場で辺りを不思議そうに見渡す少女にそう呼び掛けていた。
少女は、知り合いを見つけてほっとしたような表情を浮かべると、
「ティファちゃん……と、誰? ティファちゃんの知り合い? 」
そう疑問形で話す。それを聞いて少年らの表情は一転、特に少年の顔は、信じたくない物を見てしまったような表情で固まる。
「な、なぁ。冗談、だよな? 悪ふざけが過ぎるぜ、俺だよ……キアンだよ」
「……ごめんなさい。貴方は私を知ってるみたいだけど、私は貴方を知らないです。……ティファちゃんの知り合いですか? そちらの三人もそのようですが」
その言葉に、今度こそパーティー全員の表情が固まった。キアンと言った少年は、その言葉を聞いて、顔を片手で覆うとふらつきながら。
「嘘……だろ。死んだら記憶が消えるってのか。……ハハ、ますます絶望的だ……」
乾いた笑い声をあげながら、ふらつく足取りでその場を離れて行ってしまう。他のメンバーはそれを追おうとしたが、ミリィを置いていく訳にもいかず、その場で立ち往生していると。
「おい、お前。ティファとか言ったか」
「は、はい! 何でしょう」
「これやるから、先に宿とっとけ。そのミリィとか言うやつへの説明は任せる」
ライトがその場に割って入り、ティファへ十分な宿代を手渡す。
「あ、あの。貴方は……」
「俺は、さっきのキアンとか言う野郎を追いかける。なぁに、俺のAGIならすぐ追い付ける」
そう言い残して、ライトはその場から走り出す。宿代を手渡されたティファは、ポカンとした表情をしていたが、すぐに気を取り直すと他のメンバーと共に、宿を探しに行く。
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、この最初の町にある小さな酒場。そこのカウンター席に一人、席に突っ伏す少年の姿があった。
「ここに居たか。案外早く見つかったな」
その酒場に、新たな客が一人。その男、ライトは、突っ伏している少年の横に腰を下ろすと。
「おい、何時までそうしているつもりだ。……あ、マスター。キンキンに冷えた麦茶とサンドイッチ一つ」
そう注文を酒場の店主に伝えながら、少年へ話しかける。少年は最初は無視を決め込んでいたが、ライトが注文した麦茶のジョッキを少年の頬に当てると。
「う、ひゃあ! 冷た、なにこれ!」
「お、まだまだ元気あるじゃないか」
そう叫んで少年こと、キアンは飛び起きる。キアンは、ライトへ少し不快そうな視線を向けると、一つため息を吐き。
「なぜ貴方はそんなに僕に構うんです? こう言ってはなんですけど、貴方にメリットは無いですよ」
「さっき言ったろうが、乗り掛かった船だって。乗ってる船から飛び降りる奴は居ないだろ。……お前も何か頼め、夕食ぐらい奢ってやる」
キアンは、ライトの返答にもう一度ため息を吐いたが、今度は不快なニュアンスはなく、ライトに進められた通り夕食を頼み、暫く二人ならんで夕食を食べることとなった。
二人が夕食を食べ終え、ライトが二杯目の麦茶を飲んでいると、それまで無言だったキアンが口を開く。
「貴方……そういえば自己紹介もしてませんでしたね。僕はキアン、貴方は?」
「俺はライト、しがないソロプレイヤーさ」
「ライトさん。貴方は強いです、四体ものモンスターに囲まれても、冷静に対処した上に被弾すらしていない。勿論助けてもらったことも、夕食を奢って貰った事も感謝してます」
そこでキアンは一拍置くと、少しだけ声に力を込めて続きを話す。
「だから、これはお門違いで失礼だと分かってます! でも、でも、言わせて下さい!」
「なんで間に合わなかったんです! あと数分早ければ、ミリィは記憶を失わなくても良かったかもしれないのに!」
その怒りは、キアンの言うとおりお門違いな物で、ライトが責められる道理は無い。しかし、実際にあと数分ライトが早ければ、ミリィは死ななかったかもしれない。だからこそ、キアンも、そして他のパーティーメンバーもライトを見て、素直に感謝を表せなかったのだ。
その吐き出すような怒りを受けて、ライトは
「お前の事は言いたい事は分かった。なら、俺も一つ言おう」
「お前ら、俺を正義のヒーローかなんかだとおもってんのか?」
「!」
「だとしたら検討違いだな。あの時俺は、お前らを全員PKして有り金奪っても良かったんだぞ」
「それは、そうですけど……」
「ま、お前の言い分も分からんくもない。だから、外に出な。その怒りをぶつけてこいよ。言葉だけで納得しないなら、体動かして悩みなんて吹っ切っちまえ」
そう言って、ライトは半分ほど残っていた麦茶を一気に煽ると、酒場の外へと出る。キアンは、自分の手を見つめて、悩んでいたが、
(うん、ライトさんの言うとおりだ。悩んでもどうしようもない。
元はと言えば、僕がもっと強ければ良かったんだ。だから、胸、借りますよ、ライトさん)
自身の武器である剣を強く握ると、ライトの背中を追って酒場の外へ出る。
ーーーーーーーーーーーーー
酒場の外はもうどっぷりと夜も暮れて、酒場からの明かりを除けば殆ど見えない状態であった。が、酒場の前ならPVPをするには十分な光源はある。
ライトとキアンの二人は、五メートルほど離れると、共に構える。既にPVPの了承はすんでおり、あと五秒で始まろうとしていた。
「ライトさん、武器はどうしました」
「使って欲しいなら使わせてみな。それぐらいじゃないと、仲間は守れないぜ」
剣を正面に構えるキアンに対して、ライトは徒手空拳のままであった。
そして、五秒が立ちPVPが始まる。
「ステップ」
キアンは最初から出し惜しみなど無しに、最初の一撃に全力を込める勢いで剣を握る。ステップからのスラッシュと言う、基本ながらに、中々勢いがあり防ぎづらいコンボ。
あわよくばこれでライトのHPを大きく削ろう。そう思っていたが、
「動きが単調だな。対人だと脆いぞ、その定石は」
「っ!」
ライトは最小限の動きで、キアンの横へと回り足をかける。ステップの勢いを止めきれなかったキアンは、そのまま足をかけられてバランスを崩し、ライトの拳を立て続けに貰う羽目になった。
それから、戦況はライトが終始主導権を握っていた。キアンの攻撃は避けられ、ライトの攻撃は的確にヒットしていく。そして、
「どうした? こんなもんか、お前の気持ちとやらは」
「まだまだぁ!」
残りHPも少なくなったキアンが、最後の一撃とばかりに勢いよくライトへと迫る。それを、
「甘い!」
「なっ!」
ライトはキアンの懐に素早く潜り込んで回避する。それと同時に、キアンの突撃の勢いを利用して。ライトはキアンを自身の背中に乗せるようにして、一気に地面へと叩きつける。
要するに、一本背負いを決められたキアンのHPゲージは一となり、PVPはライトの勝利で幕を閉じた。
「ほれ、俺からの最後の餞別だ、受けとれ。」
地面に転がるキアンに向けて、ライトはあるアイテムを投げ渡すと、もう一度酒場の中へ入って行ってしまう。
(ああ、強いな。ライトさんは、いつかはあれぐらい強くならないとな。……そういえば、餞別って一体なんだ?)
キアンが、地面に叩きつけられたまま、メニューを開いてライトからの餞別を確認するとそこには。
「えっ!!」
『アイテム、ミリィの記憶』の文字が浮かんでいた。キアンは、それを見て飛び起きると、
「ライトさん! ありがとうございました!」
酒場のドアからそう叫ぶと、パーティーメンバーのいる宿屋まで全力で走り出すのであった。