第三話「覚悟」
薄暗い不気味な島に響き渡る、打ち付ける波の音。五人の目の前には新たな扉のような壁が現れようとしていた。
恐怖に苛まれる中、シモヤマが口を開く。
「マジかよ、そんなウワサ…。おい、謎の名探偵、俺たちは…。俺たちは一体どうなるんだよ」
シモヤマの問いに謎の名探偵は黙っている。
「おい、謎の名探偵、聞いてんのか」
声を大にしたシモヤマにハッとした謎の名探偵は、
「いや、おかしいんだ」
と、考え込む。
「何がだよ」
「確かにウワサでは〝誰かが命を落せば壁は開く〟となっているが」
「…?」
「反対側の東に行くまでにある扉のような巨大な壁は全部で四つ」
その言葉にハヅキは、
「わ、私のお父さんが死んじゃったんだから、残れてる扉はあと三つ?」
「引っかかるのはこそだ」
「どういうこと?」
首を傾げるハヅキに謎の名探偵は頷く。
「ああ、俺がこの島について調べた限り、性別、年齢、時期。あらゆる事象を含め拉致されるのは毎回五人」
「五人? お父さんを含め、この島に入ったのは六人よ?」
「そうだ。その時点で気付くべきことはただ一つ…」
謎の名探偵は次の言葉を発そうとするが意図的にそれをやめた。
「…それよりも、まずはこの島を残る五人で脱出できる方法を考えるべきだ」
謎の名探偵が言いかけた事が何だったのか。ハヅキは気になりながらも、なぜかそれを訊くことができなかった。
ハヅキたちがこの島へ流され、脱出を試みるようになってから約半日が経とうとしていた。
ハヅキの父、タカシが第一の壁の手前で荒波に飲まれ命を落としてから、この島の反対、東へと歩を進めるのは五人。
ハヅキと、ハヅキの母ヒデコ。ハヅキの家の隣に住む同級生のシモヤマに、クラスメイトのツルギ。そしてこの島を調べている謎の名探偵だ。
周りの木々が不気味にざわめく中、
「なあ、謎の名探偵」
「何だ、ツルギ」
シモヤマの隣を歩くツルギは、辺りを見渡しながら静かに問う。
「一体この島は何のために創られたんだ。それに、反対まで同様に作られた巨大な壁…。人口的に作られたとして、誰かがこの島を取り仕切っているのか」
重く霞んだ鉛色の上空で、トンビがぐるぐると円を描きながら回っていた。巨大なこの土地なら果物も豊富に実るはず。それなのに、一向にこの島へは羽を休めに来ないトンビたち。一体なぜ。そんな事を考えながら、謎の名探偵はツルギの質問に答える。
「創設された目的は俺にも未知だ。しかし、今回の海難事故を事件だと考えるとやはり…。この島には島全体を、そして俺らをも、まるで操り人形の如く動かしている者がいることに間違いはないだろう」
「じ、じゃあ、まさか…。そいつが俺らを監視とかしてたり?」
シモヤマの顔がみるみるうちに青くなる。
「その可能性は高い。それも…とんでもなく近い場所でな」
「え…」
そんな話しの途中、次の巨大な壁の全体が見えるところまで辿り着いた。その手前には怪しげなテーブルが置かれ、上には黒色の拳銃が一丁ある。
「なに、これ…」
不自然に置かれたテーブルに拳銃。すると、岩で出来た巨大な壁には文字が彫刻されているのにハヅキが気付いた。
「待って、壁に何か書いてある」
恐る恐る近づくと、そこには
「〝ロシアンルーレット デ死者ヲ出セ〟…そう書いてある」
「なっ…!冗談だろ!」
彫刻には続きがあるらしく、ハヅキは震える唇を噛みしめ読み上げた。
「〝拳銃ニハ、弾ノ変ワリニ 一ツダケ即効性ノ猛毒ヲ シリンダーニ入レテアル。銃口ヲ口ニ入レ、一人ズツ引キ金ヲ引ケ〟」
ハヅキが全文を読み上げる前より早く、皆の血の気が引いてゆく。
謎の名探偵は彫刻に触れた。
「〝尚、順番ハ、氏名ノ アルファベット順。制限時間ハ十分。引キ金ヲ引カナケレバ島ノ肥料トシテ消エテモラウ〟…か」
そういって、謎の名探偵は苦笑した。
「早速、この島のペースにはまってしまっているワケだな。ふ、上等」
「お、お母さん、どうしよう」
恐怖に震えるハヅキに、母ヒデコは考える。
「どうするも何も…。やらなければ全員が命を落とすし、やらなくても誰かは命を落とす危険があるわ…」
頭を抱えるヒデコの横で、ツルギは、
「アルファベット順だと、まず初めのHでハヅキと、ハヅキのお母さんのヒデコさん、次のNで謎の名探偵。その次のSでシモヤマ、そして最後にTで俺だ」
「そんな…私、やりたくないっ…!」
現実から目を背けるようにハヅキは目をつむった。
「喚くな。俺たちができることは既に限られた。この島での悪趣味なゲームに付き合い、何としてでも反対側の東へ向かう。そして〝生存した一人〟がこの島の事を伝えるんだ。これ以上無意味な死を増やすわけにはいかない」
しんと静まり返る壁の手前で謎の名探偵の言葉に、ハヅキはふと思うことがあった。
「(生存した…一人?)」
先ほどの 謎の名探偵の調べによれば、東に向かうまでにある巨大な扉のような壁は全部で四つだと聞いた。今いる人数から単純に考えても、壁の向こう側に辿り着けるのは二人。なのに、何故はじめから生存者は一人と断定したのだろうか。
「(…一人多いって事…?)」
早まる鼓動を抑え、ハヅキは覚悟を決めた。