3.
神社の境内のほとんどは木の葉によって光が届かない。蝉は鳴き止まず、目一杯の声を上げていた。いつもなら鬱陶しいこの音も、今は懐かしいばかりだった。
「あれが……全部夢?」
タカオは思わず声にして、その言葉に自分自身で驚いた。
ーーこっちに帰りたかったはずなのに。
夢で良かったと、どうして思えないのだろう。タカオは自分自身の気持ちが分からなかった。
よく分からない気持ちをごまかすように、ふと、松嶋としたこの神社の話を思い出していた。
「稲荷神社?あのバス停の近くの?」
会社の近くの定食屋で昼飯を食べながら、タカオは松嶋に聞き返した。
「そう。なんかミステリーな話があるらしい」
そう言いながら松嶋は味噌汁をすする。
「ああ、松嶋さんてそういうの好きですよね」
タカオはあまり興味が持てず、稲荷神社のミステリーよりも松嶋のよく分からない趣味の数々を思い起こしていた。松嶋という男は何事にも広く浅く関わるタイプで、趣味も沢山あった。ミステリー好きもその内の一つだ。
趣味と呼ぶべきかは謎だが、自分の知り得た知識を誰かに伝える事に喜びを感じるらしい。相手を喜ばせる事になのか、それとも自分の知識の高さを自慢する事になのか。けれど、タカオはそのどの理由も違うと知っていた。
おそらく共感なのだ。もしくは共有と言うべきか。そのミステリーに、同じように頭を悩ませ自分達独自の考えを導き出したいのだ。松嶋はそういった、子供のような無邪気な所がある。タカオはそういう松嶋を時々は尊敬し、大半は呆れている。
「でな!あの神社ってな、ある神様を祀っているらしいんだ」
「まぁ、神社ですしね……」
得意げになって話し始めた松嶋をよそに、当たり前じゃないかという雰囲気でタカオは聞いていた。
「じゃあ!どんな神様か知ってんのか?」
まるで子供ように言う松嶋に困りながら、さば味噌に手を付けた。テレビか何かで見た記憶を頭の中で探しながら。
「稲荷神社は確か、作物が関係していたような」
うろ覚えに話すタカオの話は、あながち間違ってはいなかったようで、松嶋は少しつまらなそうな顔をした。
「ま、まぁ、外れてはないな。穀物の神である稲荷神を祀っているってのが正解だ」
「へえ。そうなんですか。で、それのどこがミステリーなんですか?」
ほとんど正解じゃないか、とは思ったが、そんな事で話の腰を折るとまた松嶋の機嫌を損ねてしまう。それも面倒なので、ここは我慢しようとタカオは決めた。
タカオの言葉に松嶋はニヤリと笑い顔を見せた。
「ミステリーだろ。お前、あの神社のまわり思い出せよ」
そう言われて、あの神社の事を思い出そうと記憶を探った。その神社というのは、タカオが勤めている食品会社の工場近くにあるものだ。年に数回、松嶋とタカオは地方にあるその工場まで出張する。
工場があるのは山の近くで、新幹線を降りたら後は工場長に迎えに来てもらうか、バスで行くしかない。工場長に頼むというのも、松嶋は平気らしいが、タカオは気が引けてしまう。
タカオ1人の時は結局、バスで行くのが通例だ。バス停で降りると旅館までは歩いて15分、工場まではさらに15分かかる。駅からそのバス停までの道は元々、車の往来もなくバスも本数が少ないせいか、途中から一本道になっている。
そんな道に古ぼけたバス停の標識があるだけの場所で、降りるのは決まってタカオだけだ。降りてみると、バスの排気ガスを大量に浴びて咳き込むか、目の前の何もない畑に目を奪われるかのどちらかだ。
前も後ろも広大な畑があった。と、思われる景色が広がっている。横を見れば一本道で、バスが排気ガスを大量に吐き出しながら去って行く。
どの季節に来ても、この光景は変わる事はなかった。タカオは一度、松嶋と一緒にこの辺りの話を工場長に聞いた事があった。工場長曰わく、あの辺りはだいぶ昔から作物が育たない土地で有名だと言う。
畑を更地にするには金がかかるから、ほったらかしになっているらしい。という事なのだ。
そして、バス停の正面のあぜ道を真っすぐに行くと、赤い鳥居が立っている。奥には木が茂り、道なりに生えているのがバス停から見るとよくわかる。
少し蛇行するように木の茂みは続き、それは奥にある山と一体化するように続く。何も育たない広大な畑のすぐ側に、赤い鳥居とそれに続くようにある山が印象的だった。




