23.
ジェフはタカオの体を掴み、守るようにその体を引きずって逃げようとした。けれどそんな事は叶わず、必死で動かそうとしている所へウェンディーネは足を止めた。
「もう充分でしょ。タカオはもう死んだんだ!これ以上どうするつ……」
ジェフの手は、恐怖で震えていた。まだ言い終わらないうちに、ウェンディーネは地面に膝をついた。そしてジェフを払いのけた。それは無理矢理ではなく、まるで水の流れのように自然で、本人でさえも始めは何が起こったのかさえ分からなかった。
気がついた時には、タカオを覗き込むウェンディーネを少し離れた所から見ていた。ウェンディーネは拳をつくると、タカオの胸目掛けて一気に振り下ろす。
鈍く重い音がした後、タカオは息を吹き返し、まるで思い出したかのように飲んでしまった水を咳き込みながら吐き始めた。
「タカオ!?い、生きてたの?信じらんないよ!生きてる!」
ジェフが驚き、気を取られている間、ウェンディーネはグリフに近づいていた。イズナは一瞬警戒したけれど、タカオを見て、微かな体温を残すだけのグリフから離れる決意を固めたようだった。
ウェンディーネは横たわっているグリフの額に手を当て、静かに待っていた。しばらくすると、グリフの体は光に包まれた。
はっきりとした光ではないけれど、決して弱々しくもない。
「炎みたい……」
イズナは知らず知らずに呟いていた。そしてウェンディーネは水の精霊だと思い出したのか、とっさにうつむいた。ウェンディーネの放つ光は、彼女の性質の真逆である炎に似ていたのは、確かかもしれない。
しかし、それは肌で感じる事のできない、温かさだ。その光は心を安らかにするような、そんな光だった。
しばらくすると、グリフは意識を取り戻した。目を開けたグリフの顔には血の気が戻っていた。体を包んでいた光は微かなものになっていく。
「……ウェンディーネ?」
グリフが起き抜けにそう言い、ウェンディーネを見つめた。けれどウェンディーネはそれに答えず、湖に戻ろうとした。グリフはとっさにウェンディーネの腕を掴む。
「答えろ!何故タカオに呪いをかけたんだ。それなのに、どうして助けるようなこと……」
ウェンディーネはちらりとタカオを見る。タカオはぐったりとして、起きる事も出来ずにいた。グリフの腕を払うと、ウェンディーネは背を向けたまま、しばらく沈む夕陽を見つめていた。
「もしかして、呪いではなく加護だったのか?」
男が口を挟んだ。ウェンディーネは少し振り返ると、表情を変えずに言う。
「呪いをかけたのは、憎かったからです」
それは、冷たく、感情のない声だった。
「憎くて憎くて、私は心を失いました。今もなお、それは変わりません、けれど、まだ殺すわけにはいかない……」
グリフは静かにその言葉を聞いていた。
「タカオは一体、何をしたんだ」
「……。タカオにはまだ、やらなければならない事があります。土の精霊……ノームを救いなさい」
そう言うと、ゆっくりと湖に歩いてゆく。
「ノームを助けたら!タカオの呪いを解いてくれる?」
ジェフは勢いよく立ち上がった。
「……考えましょう」
ウェンディーネの温度のない言葉でも、ジェフはほっとした様子だった。けれどそれは、呪いを必ず解くという約束ではなかった。




