5.
タカオは森に逃げ込んだゴブリンに向けて、水の球体の前で指差をしたまま、腕を横に素早く振った。空間を切る音と共に、水は勢い良く森へと向かう。
あまりの速さで、それを目で追うのは不可能だった。グリフに見えたのは、ほんの一瞬、きらりと光る刃物が森に放たれたように見えただけだった。
次の瞬間には、最初の攻撃と同じように次々と横一線に木々が倒れていく。森の奥からはゴブリン達の悲鳴が聞こえ、先程の攻撃もかわした事が分かった。
ゴブリン達は足が速いらしい。声はもう遠く、既に攻撃の届かない所まで避難していた。それでも、タカオは攻撃の手を緩めず何度も森に鋭い水の刃を放つ。
その音がする度に、ゴブリン達の微かな悲鳴が聞こえた。その悲鳴には恐怖がにじみ出て、あのゴブリン達がもう二度とタカオの前に現れる事はないだろうと思うほどだった。
ゴブリンがいなくなった後、悲鳴も聞こえなくなるとタカオはその場で静止した。タカオの左目だけが辺りを見回し、グリフに気が付くと再び静止した。
グリフも微動だにせず、湿った土の上に手をついたままタカオを見上げていた。タカオは近くまで来ると、膝を曲げて覗きこむようにグリフの顔に近づいた。
黄金の瞳がグリフを品定めするように観察する。まばたきもせず、心の奥底まで覗こうとしているようだった。グリフはタカオに言った。正確には、タカオを操っている者だった。
「ウェンディーネ、どうして……」
その瞬間、太陽はやっと鋭い光を森へ降り注ぎ、タカオの顔にも朝陽が当たる。瞳は輝きを更に増し、見つめ続けたら魂を持っていかれそうな美しさだ。
タカオは姿勢を戻すと、グリフを見下ろした。
「来い」
はっきりとそう言うと、タカオの左目はゆっくりと閉ざされた。それと同時にタカオは全身の力が抜け、足から崩れるように倒れたのだ。
地面に叩きつけられる寸前に、グリフは俊敏に動きタカオを受け止めた。タカオは何事もなかったように穏やかな表情で眠っていた。
「ウェンディーネ、何故タカオなんだ……」
グリフは赤子を抱くようにタカオ抱きかかえ、そっと呟いていた。朝陽は次第に街の方にも届き、夜の名残はもうどこにも見えない。風が吹き、鳥がさえずると森の香りもすっかり戻ってきていた。




