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1.

 どれほどの時間が過ぎたのだろう。日が落ちて暗闇が森を包み込もうとしている頃、妙な静けさが辺りを支配していた。


 このまま、助からないのだろうか。考えないようにしてはいたけれど、ついに不安が胸をかすめる。


 長い時間を歩き続けて、心も体も限界だっだ。森を歩くのに最適とは思えないスーツと革靴。ネクタイはずっと前に緩めたまま、だらしなく首からぶら下がっていた。


 歩くこともできずに、少し湿った土の上に座りこむ。見渡しても目に見えるのは霧ばかり。誰だってこの状況に陥れば不安に思うはずだ。


 不安が胸の内を暗くする片隅で、この静寂はいつまで続くのだろう。そんな事を考えていた。


 静寂は森にいる時間をまるで永遠のように感じさせる。静寂の中で不安は高まり、次第に焦りが生まれる。得体の知れない闇に飲み込まれそうだ。


 そんな時だった。


「君、迷子かね?」


 落ち着きのある声が霧の中から聞こえた。うつむいて地面を見つめていた目はとっさに辺りを見渡す。霧で見えるはずはなかったけれど、急いで顔を上げて声の主を探した。


 けれど、やはり目の前には霧が広がるばかりで何も見えない。振り返ってみても、もちろん同様に何も見えなかった。


 こんな森の中に人がいるはずがない。手を伸ばすと指先は霧の中に飲み込まれて見えなくなる。いるとしても、同じように、相手からも見えないはずだ。よほど近くにいないかぎりは。


 ついに幻聴を聞いてしまったのだ。それに対しての驚きは小さかった。


 息を吐くように笑う。それが笑いなのか、ため息なのか、自分自身でもよく分からない。そのうち幻でも見るのかもしれない。そう思うのは、願っているからだ。


 こんなに悲しいほど虚しい場所に1人でいると、幻でもいいから何か現れてほしいと思える。何か聞こえはしないだろうかと、耳が痛くなるような静寂でも耳をすますのだ。


 そう願っても、霧は相変わらず視界を白一色にしたままだし、音は自分の呼吸と、動いた時の布がこすれる音、座ったまま辺りを見回した時の尻の下の砂の音だけだ。


 心の半分には希望が、もう半分には絶望がバランスを保って存在していた。


 いや、この数秒で殆どが絶望に塗りかえられたところだ。

 そんな感情の変化をよそに、不思議な事は再び起こった。


「迷子、なんだね?」


 今度もはっきりと聞こえた。愉快そうな、弾みのある声が霧の中に響いたのだ。

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