1-4 不思議な少女との不思議な出会い
木下純也の自宅があるのは、辺野市の郊外である。そこに建てられた五階建てアパートの四〇一号室に純也、妹、母の三人で暮らしている。
「そう言えば、今日転校性が来たの」
夕食後、純也が茶の間でのんびりとコーヒーをすすりながら、野球中継を見ていたところ、司が唐突に切り出した。
さっきまでどうしようもなく落ち込んでいた気持ちは、心の奥底に黒い塊としてなおも残留している。それでも、妹の前では平常心でいられるくらいには回復していた。それに誰彼構わず自分の感情をぶつけてしまうほど純也は子どもではない。例えどれだけ落ち込もうとも、司の前では普段通りの振る舞いをできる自信がある。
それにこんな気持ちになるのは、今に始まったことではない。これまで純也はこの気持ちと折り合いをつけながらやってきたのだ。だからこれからもきっとこうして自分は生きていくのだと思う。
「へ~、うしっ。ナイバッチ」
テレビ画面の中では、贔屓チームの三番バッターが華麗な流し打ちでライト前にタイムリーヒットを打ったところだった。画面の中が緊迫した場面だったので、司の話はほとんど耳に入っておらず、聞き流していた。
なおも緊迫した場面は続き、ツーアウト一塁二塁で四番バッターだ。先ほど、一点は返したものの、現時点で純也の贔屓チームは一点差で負けている。しかしこのチャンスの場面で四番バッターと考えると、一発逆転も容易に想像できる場面だった。
「ちょっと、おにいちゃん聞いてるの~?」
司が不満そうに唇を尖らせている。
「あ~、聞いてるよ」
意識と視線をテレビに釘付けにしながら、妹の問いにテキトーに答える。
『さあピンチの場面でピッチャーの木場。足を上げて、第一球投げました』
テレビからアナウンサーの声が聞こえてくる。
相手投手の手から、ボールが放たれる。純也は息を呑む。打者がボールを目線で捉え、スイングにいくが――、
バットとこすれ合った打球は、打者のほぼ真上に上がり、相手捕手が難なくノーバウンドでキャッチする。
テレビ越しにも球場のファンのため息と罵声が聞こえてくる。
トボトボとベンチに戻る四番バッターの背中は、打席に入る前よりも二回り以上小さくなって見えた。
カップに口をつけながらその姿を見て、純也はなんだかいたたまれなくなってしまった。そっとテレビの電源を消して、眉を寄せている司に向き直る。
「で? 転校生だっけ?」
記憶にぼんやりと残っているその単語を引っ張り出して、妹に問いかけた。
「そうなんだよ。なんかね、ネコみたいにすっごい可愛い女の子。ホントね、すっごい可愛いの」
女の子の可愛いっていう感想ほど当てにならないもんはないな、と返してやりたいところだったが、それを言うと確実に司がへそを曲げるので、心の奥にしまっておいた。
「へえ~、この時期にねえ」
中高一貫校の純也たちの学校は、中等部の生徒がほとんどそのまま高等部に進学する。一部、もっと偏差値の高い高校を目指して、別の学校に行く生徒もいるが、そんなのはほんの一握りどころか、人差し指と親指でつまめるほどの人数しかいない。
一方、中学時代は別のところで、高校から編入してくる外部進学生も多く存在する。
一昔前までは、勉強の到達度の違いから一年の時のクラスを内部進学生と外部進学生で分けていたようだったが、最近はそれらの隔てがなくなった。
あと半年もすれば、外部進学生と一緒に入学できるのに、こんな中途半端な時期に転入して来る。きっと親の都合とかなんだろうな、と純也は想像した。というか、転校してくる理由の大半は親の都合だろう。
「そうなんだよね。でも、クラスに新しい風が吹くのってワクワクするよね。クラスの男子連中なんてすごい浮き足立ってたもん」
「それは転校生が来たからじゃなくて、転校生が可愛かったからだろ」
その子がどんな容姿をしているのかはわからないが、可愛い転校生を前にして司のクラスの男子がどんな風に沸いたか、容易に想像がつく気がする。
「まあ、おにいちゃんの言うことも一理あるね」
とはいえ、司のクラスの転校生の話にそれほど興味も持てなかったので、ここらで話を切り上げようと、純也はカップに残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「じゃあ、俺は宿題でもやろうかなっと」
「じゃあ宿題がないあたしは、テレビでも見てようっと」
司はテレビの前に移動してリモコンを持ち、何か面白い番組がやってないかと、適当にチャンネルを合わせ始めた。純也はその姿をしり目に、自分の部屋へと向かったのだった。
一人で静かに過ごしていると、頭の中をいろんな想像を駆け巡る。
思いのほか宿題があっさり終わり、漫画でも読もうかなと思ったがそんな気分にもなれず、純也はベッドに転がってぼーっと天井を眺めていた。
考えてしまうのは、幸人と美月のこと――病院での二人のやりとりのこと。
それを想像すると、自分の気分がどんどん沈んでいくのがわかる。
自分の理性はやめろと言っているのに、あの後二人がどんなことをして過ごしたのか、つい想像してしまう。
――夕焼けが窓から差し込んでくる殺風景な病室の中、二人は言葉も発せずただ見つめ合う。そしてどちらともなく、目を瞑って、お互いの息が感じられるほどに顔を近づける。そして二人は唇を――
そこで純也は、その先を想像しないように、首をぶんぶんと振って自分の妄想を意識の外に追いやった。
心臓がキュッと狭まっているような感覚になる。
「ちょっと散歩がてら、コンビニでも行くか」
溜息をついてから身体を起こす。なんだか自分自身の身体なのにいつもより重く感じた。
外の空気を吸えば少しでも身体が軽くなるんじゃないかな、とそんなことを考えながら部屋を出て、リビングに向かった。すると、司が床に横になりながらテレビを見ていたので、その背中に一声かけた。
「コンビニ行くけど、なんかいるか?」
司は純也の声にすぐさま反応し、勢いよくこちらに振り返る。こういう姿を見ると、この俊敏性が短距離走で存分に活かされているんだな、と妙な納得をしてしまう。
「じゃあ、アイス買ってきて。高いやつ」
目を輝かせて、司は嬉々として様子で言う。
「いいけど、お金はちゃんと請求するからな」
すると、司はつまらなそうに肩を落として、
「じゃあ、スーパーカップのバニラでいいや」
「了解。んじゃあ、行ってくるわ」
アパートの廊下に出ると、昨日までとは異なる点を発見した。隣の四〇二号室はここしばらく空き部屋になっていたのだが、そこに新しい住人が引っ越してきたようだった。玄関の横に「田中」と書かれたプレートが掲げられている。
だからと言って、純也の生活に何か変化が起きるわけではない。有り触れた名字の家族だな程度の関心しか抱かずに、マンションから屋外に出ると、冷たい夜風が純也の肌を刺激した。
「少し寒いな……」
夏の本番は近づいてきていると言えど、やはり夜は肌寒くなるらしい。短パンにTシャツという軽装で出かけてしまったことを少し後悔したが、わざわざ着替えに戻るのも面倒なので、多少の肌寒さは我慢することにした。
大きく深呼吸して、夜の空気を肺一杯に吸い込む。
自分の気持ちが闇に溶けて一体化する。その様がたまらなく心地よい。
自分は今、月のみが照らす夜空の下で、闇と同化しているのかもしれない。
そんな馬鹿げた想像をしながら、純也は近所のコンビニへの道を進んだ。
だけど、その妄想とも言っていい想像を純也は笑い飛ばせなかった。放課後に、幸人の病室を訪ねた時に抱いた気持ち。あの時の自分の卑しくて情けない気持ちを色で表現したとすると、まさしく真っ黒と言っても差し支えのないもので、この闇にもマッチする気がした。
――いや、あんな気持ちになったのは何もあの時だけではない。
二人が仲良くしているのを一番近くで見ている純也は、その度に自分だけどこか別のところから――テレビの中の映像を眺めるかのように二人を観察しているような錯覚に陥ってしまうことがあった。その時に、自分の中に渦巻くどす黒い感情。あの感情がたまらなく嫌だった。
――なんかすべてがどうでもいい。
このまえの数学のテストだって、美月と幸人の関係だって、全部自分とは関係ないことだと思って切り離してしまいたい。いくら自暴自棄になろうとも、やっぱりそれができないから、純也はこうやって悩むことしかできない。
時刻は二十二時過ぎ、大通りの方に行くとそうではないのかもしれないが、純也の住む近所では、この時間になると人通りがほとんど見られない。
自宅からコンビニまで歩いて十分程の距離があるが、その道のりの間にすれ違うのはおそらく一人か二人。これは今までこの時間に何回も同じようにこの道を歩いている純也の経験である。往復の間に誰ともすれ違わなかったことも何度もある。
この真っ暗闇の世界には自分一人しかいないのではないだろうか、そんな錯覚を抱くほど、周囲に人の気配は感じられなかった。
結局誰ともすれ違うことのないままに、コンビニまでちょうど半分くらいまでの道のりを歩いた時のこと。
緩やかな上り坂の途中、道の端に建てられている電柱の足元にある何かを発見して、純也は足を止めた。電柱に取り付けられている外灯は、寿命なのか、それとも故障なのか、何も照らしておらず、その役目を放棄していた。
その何かを見つめた瞬間、目を見開いて、息を飲んだのは純也の意図した行動ではなかった。
電柱の下にいたのは女の子だった。こちらに背を向けていたため、彼女の顔はこちらから見えなかった。けれど彼女の装いは、純也も良く見慣れた清真学園中等部の制服だった。
少女は、その場に立ち尽くして天を仰いだまま動かない。
純也は少女から三メートルほど離れて立ちすくんでいた。
純也が目を逸らさずに、じっと少女を眺めていると、少女がその気配に気づいたのか、ゆっくりとこちらを振り返った。
サラリとした綺麗な髪が遠心力によってふわりと舞った。
――えっ。
彼女の顔を認識した瞬間、本当に息が止まる思いだった。実際に数秒間呼吸の仕方を忘れるくらい、純也は呆然としていた。
「純也?」
彼女に呼び掛けられた自分の名前も、それが自分の事を指していると理解することができなかった。
純也の中の時間が、しばらく停止してしまっていた。
状況を整理しようと頑張っている脳と、状況を理解しようと頑張っている脳が、せめぎ合って脳内でいろんなものが混ざり合い、結局何一つ整理も理解もできないでいた。
「えっ――」
結局、ようやく絞り出した言葉がそれだった。
どうしようもなく頭が混乱していた。
自分でもかなり情けないと思う。だけどこんな状況に陥って、全員が全員、自分の取るべき行動を取れるかと言われれば、取れない方が大多数だと思う。
「純也でしょ? 純也ですよね」
彼女が両手を上げて喜びを表現して、ぱあっと明るく微笑んだ。そんな彼女の目元はわずかに濡れているように見えた。
その瞬間、彼女の周りだけ輝いて見えたのはきっと錯覚なのだろう。それだけその笑顔が眩しかったのだ。神々しさとでも呼ぶべきだろうか。そんな気配を彼女から感じ取った。
闇に紛れてしっかりとは見えないが、茶色っぽい髪の毛と、この闇と同化しそうな漆黒の瞳。
美少女という陳腐な形容しか思い浮かばないほどに、美しい少女だった。そもそも、美少女という言葉自体が彼女のためにあると言っても過言ではない、純也は自然とそう思った。
その顔は、まごうことなくあの時夢で見た謎の少女のものだった。純也の夢を叶えてくれるといった少女が、こうして純也の目の前に現れたのだった。
「どうして……?」
自分の語彙力のなさと、脳みその回転の遅さに、自分でも呆れそうになった。
「純也……。やっと会えた……」
感慨深そうに彼女が呟くと、猫のように素早い身のこなしで純也に近づいて、そのまま身体を寄せてきた。
「なっ……」
色々と柔らかい部分が純也の身体に触れる。
突然の出来事に、純也はなんの対応もできず、彼女のなすがままになっていた。
身長差があるせいで、彼女の顔が純也の胸にうずめるような形になっている。
彼女の髪の毛からする、甘くて柔らかそうな香り。そして、彼女自身の柔らかさを、純也は全身の感覚で味わっていた。
そうしていると、純也の中の二人の自分が葛藤を始めた。
――知らない女の子にいきなり抱き付かれんだぞ。なんかこれはこれで恐くないか? ここはさっさと彼女を引き剥がすべきだ――こんなことを考えている理性的な自分がいた。
――女の子に抱き付かれるなんて経験、そうはできないだろ。しかもこんな可愛い子に抱き付かれてるんだぜ。彼女が何者かなんて今はどうでもいいことじゃないか。今はこの魅力的で、素晴らしい感触に酔いしれようではないか――こんなことを考えている本能的な自分もいた。
その二人が純也の中で激しく対立し火花を散らしていた。
二人の審判たる純也自身はと言えば、理性と本能のどちらを取るべきか判断しかねて、抱き付かれたままでいた。結果だけ見れば、彼女の感触に浸り続けるという本能的な自分の判断に身を委ねたことになるのだろう。
「わたし……、純也に会いたくて……」
彼女の掠れた声。
純也の胸の辺りに湿った感覚が広がっていく。下を見ると、純也の胸に押し付けている彼女の目からこぼれた雫が、純也の服を濡らしていた。
(なにが……。どうなってんだ……?)
状況が何一つ理解できない。
とりあえず一つひとつ順を追って、何が起きたのか確認する他ないだろう。
純也は、幸人と美月の二人だけのやり取りを思い出して沈んだ気持ちになった。そしてコンビニに行くと言う口実を作って散歩をしたい気分になった。散歩に繰り出したところで、夢に出てきた少女とそっくりの少女に出会い、抱き付かれて、泣きつかれている。
そして現在に至るわけだ。
整理してみたところで、自分が取るべき行動がわからないよいう状況に変わりはなかった。
自分の心臓の音が大きくなっている様が、自分でもわかる。きっと身体を密着させている彼女にも純也の心臓の鼓動の速さと、そこから発せられる大きな音は届いているだろう。
こういう時、さっと彼女の肩を抱いて、安心させてやるべきなんだろうか。
そんなことを考えたが、結局純也は棒立ちのまま、文字通りの意味で、少女に胸を貸してあげていた。その間、純也はどうすることもできず、周囲の闇に視線を彷徨わせていただけだった。
「ごめんなさい。いきなり取り乱してしまって」
申し訳なさそうに呟いて、少女はそっと純也の胸から顔を離し、純也を見つめた。
身長差があるせいで、彼女はどうしても上目遣いになってしまっていた。はっきり言って、その表情は反則級に可愛らしい。
純也は恥ずかしさから、彼女とまっすぐ目を合わせることができなかった。
「いや……、あっと……」
そこから先の言葉が見つからない。自分の顔面がぽわっと熱を帯びているのがわかる。
「純也の心臓、すんごいバクバクいってましたよ。ひょっとして、わたしにドキドキしてくれたんですか?」
悪戯っぽく微笑む彼女を見て、思わずたじろいだ。
可愛らしい声でそんなことを呟かれた日には、顔を赤くしない男などいるだろうか。いや、いはしない。
「いや……、それよりも、君は……?」
「…………?」
彼女は小首を傾げて心底不思議そうな顔をする。純也が投げかけて質問の意味がわからないというよりは、どうしてこんな質問をするのか理解できないといった様子だった。
この状況を理解できていない自分がおかしいのではないだろうか、と純也は思いそうになったが、きっとそんなことはない。
改めて、彼女の顔を見た。
まだ幼さを残しているが、綺麗な顔立ちの少女である。年齢は純也よりも少し下だろうか。美しいとも可愛いとも形容できる、非常にバランスの取れた容姿だった。
以前、目の前の少女と似た少女に夢の中では会ったことがあるが、こうして現実で会うのは初めてなのだ。向こうはどういうわけは純也の名前まで知っていて、面識があるようだが、純也自身には何も覚えがない。もちろん、彼女の名前も何も知らない。
「キミは一体何者?」
ようやくその疑問を口に出す事ができた。
その時、彼女はほんの一瞬だけ無表情になった。それがどんな意味を示すのかはわからない。その意味を深く考えようとする前に、彼女が純也の問いに答えた。
「そっか……。覚えてないですよね……、当然ですよね」
少し下を向いた彼女の表情が、とても寂しそうに見えた。
「うん……ごめん」
彼女のことを思い出せない自分が悪いのではないか、と言う罪悪感から、純也は謝罪の言葉を述べていた。
「ううん。そんな顔しないでください」
そう言って、彼女は屈託のない笑顔を見せる。
こんな綺麗で優しい笑顔が世界中に溢れれば、この世から争いなんてなくなるんじゃないか、純也は割と真剣にそんなことを考えていた。
「わたしが純也と会ったのは、純也がこの街に引っ越してくる前のことですよ」
確かに純也は幼少期、今とは別の所で暮らしていた。もう十年以上も前の話だ。
微かに残る記憶を頼りに目の前の少女との記憶を探ろうとするが、十年も経てば人の顔はまったく別のものになる。仮に純也が目の前の少女のことを覚えていたとしても、十年前の記憶に残る姿と現在の姿を照合するのはきっと難しいだろう。
「ゴメン。やっぱり思い出せない」
だけど彼女は、十年以上前の純也と現在の純也をしっかりと照らし合わせることに成功したらしい。
「それにしても、俺に最後に会ったのが十年以上も前ってことだよね。それで、よく俺だって気づけたね」
純也の問いかけに、彼女はえへん、と胸を張る。
「そりゃあ、そうですよ。わたしが純也のにお――」
彼女はそこまで言いかけて、何か失言があったかのように口を噤んで、両手をぶんぶんと振ってごまかす。
――匂い?
「いえ、なんでもないです。女の直感ってやつですよ。あはは」
明らかに目を逸らして、彼女はしらじらしい笑みを浮かべている。
(今、匂いって言おうとしたよな)
自分はそんな特徴的な匂いを発しているのだろうか。確かに、高校生ともなると汗臭さが隠せなくなるものだが、それにしても十年以上も前から、彼女の言う特有の匂いを発していたことになる。
ちょっとショックだった。
純也が肩を落としていると、彼女は気を取り直すようにゴホンと咳き込んだ。
「今さらですが、改めて自己紹介させていただきますね。わたしのことは、ユーリって呼んでください」
スッと右手を差し出してくる。思わず見惚れてしまうほど、ほっそりとしていて綺麗な手だった。
――ユーリ?
その響きがどこか懐かしくて、でもどんな風に懐かしいのかもわからなくて……。
(どこかで聞いたような……)
記憶を探ってみたが、結局何も思い出せなくて、もどかしい気持ちになった。
「よろしくユーリ」
差し出された右手を優しくつかむ。女の子特有の、柔らかい手の平だった。
「ところで、俺、ユーリにいろいろ聞きたいんだけど――」
「いえ、今日はここまでです」
ユーリが純也の言葉を遮り、小さく首を振って言葉を紡いだ。
「たぶん、きっとまたすぐ会えますよ。質問はそのときにでも。それに早く買い物を済ませないと、妹さんが怒っちゃいますよ」
有無を言わせぬようにニッコリとほほ笑んで、ユーリは純也の手を離して闇の中へ消えだのだった。
「あいつ、なんで俺が司に買い物を頼まれてることまで知ってんだ……?」
純也は彼女がさっきまでいた電柱の下を見つめ、彼女が残していった何か――存在感とか、気配とかとでも言うべきだろうか、そんな得体のしれないものを探ろうとしていた。
それからしばらく立ち尽くしていたが、純也は自分の使命を思い出しコンビニへの道を歩き始めた。
コンビニへと向かう途中、頭の中に浮かんだたくさんの疑問符に答えを与えようと、様々な角度から思考してみるも、結局結論は何も浮かばなかった。
ただ一つだけ気づいたことがあった。
それは家を出た時と比べて、自分の足取りが驚くほど軽くなっていたということである。