エピローグ
エピローグ
結局さ。どんなに安っぽくても、ハッピーエンドの方がすっきりするもんだよね。
「気まぐれな神様のイタズラ」って映画と同じような展開になっちゃったけど、ボクはあのラストも含めてあの映画が好きなんだと実感したよ。
それに今回のことだって、全部ボクの気まぐれなんだから、タイトルに偽りなしって感じかな。
一番の特等席見られたし、ボクは満足だよ。
「純也~!」
聞こえて来た可愛らしい声の方に視線を向けると、そこには手を振りながらこちらに向かって走っているユーリの姿が見えた。
長い栗色の髪、大きくてつぶらな瞳。見間違えるはずもない、彼女の姿だ。
純也もその姿に手を振って答える。
「わたし、これ一回やってみたかったんです」
少し息を切らせながら、弾んだ声でユーリが言う。
今日の空模様と同じくらい――いや、それ以上に晴れ渡った彼女の笑顔が見られるなら、純也はなんだってするだろうし、なんだってできるような気がしてくる。
「満足できたんなら、なによりだ」
家が隣同士の二人は、普段なら待ち合わせなんてすることはなく、お互いの部屋に迎えに行くだけで事足りる。だが、ユーリはデートの待ち合わせというのをやってみたかったらしい。そいうわけで、純也はそれに付き合ってあげることにしたのだった。
待ち合わせ場所は、いつぞや幸人たちと一緒に遊んだ時と同じ場所。
「はい。それじゃあ行きましょうか」
そう言って、ユーリが純也の腕に巻き付いてくる。純也の腕全体に女の子の柔らかい感触が当たっていた。
(恥ずかしいから離れろ、なんて言えるわけないよな……)
周囲から浴びせられる視線が痛く感じるが、ユーリの幸せそうな顔を見てしまったら、純也は何も言えなかった。
結局、純也はユーリに振り回されるしかないのだ。
きっとこれからも、そしてずっと。
それはきっと悪くない日々なのだろう。
今日の予定は、まず映画館にて例の映画をもう一度鑑賞すること。
あの映画があったから、誰かさんが気まぐれを起こして、こうしてユーリとデートすることもできるようになったのだ。
そういうわけで感謝の意味もあるが、すべてが終わった今となってもう一度見れば、一回目に見た時と、何か印象が変わるんじゃないかという思いもあった。
「ねえ、純也。一つ聞いてもいいですか?」
純也の顔のすぐ下から、ユーリが上目づかいでこちらを見ながら言う。彼女の真っ黒なつぶらな瞳はいつ見ても魅力的だ。
「あのとき、病院に来た時の話です。純也は本当に現実世界を捨ててまで、わたしのところに来てくれようとしたんですか?」
「う~ん。まあこんなふうにユーリがこっちに戻って来れないようだったら、それも考えたけどさ。聞いた話だけど、何もない世界でユーリは十年間暮らしてたんだろ。俺はいいけど、そんな世界でユーリはそれ以上暮らしたくないんじゃないかなってさ。だからできるだけ、そうならないように考えた。とは言っても、全部その場しのぎの行き当たりばったりだよ。自分で提案しておいてなんだけど、ユーリがあんな風に願いを叶える力があるなんてのは知らなかったしさ。いざとなったら、あの謎の声にどうにか頼み込もうかとも考えてたよ。それこそ土下座だって、なんだって辞さない覚悟だったくらいだ」
いつだって、先のことなんて考えられないし、どうせわからない。だから、その時その時で、自分が最適だと思う解を導くしかない。
「ねえ、純也。純也はいつまでもわたしと一緒にいてくれますか?」
ユーリが純也の腕に顔を埋めてくる。周囲を歩いている人からの視線が痛いけど、それすらも今は心地よい。
ここで、ユーリにそんなことをされたら答えは一つしかないよな、なんてことを思いながら、純也は自分が考えていることと逆のことを答えた。
「それはわかんないな。ある日、ユーリが心変わりして、俺が捨てられるかもしれないしね」
ユーリがくすっと笑うと、彼女の息が腕に当たり、くすぐったかった。
「純也はイジワルですね。こういうときは嘘でもずっと一緒にいるって言うべきですよ」
先のことなんて神様しかわからない。いや、もしかしたら神様ですら、未来のことは不明瞭なのかもしれない。
「そうだな。きっと何があってもずっと一緒だ」
あれだけの奇跡を起こしたんだ。だったらこれから先も、ずっと一緒に居られるって奇跡を信じたっていいじゃないか。
『ふふっ』
その時、誰かの笑い声が聞こえた。隣を歩いているユーリのものかと一瞬思ったけど違う。
その聞き覚えのある声に、純也はすぐに正体に感づいて、
(ありがとうな)
純也は姿の見えない神様に心の中で礼を述べた。
『クククっ、礼なんていらないよ。所詮はただの気まぐれなんだからね』
(たとえこれが、あんたのきまぐれが生んだ結果に過ぎないとしても、確実に俺たちはそのきまぐれに救われた。だからありがとう)
上空は眩しすぎるほどの光を放って太陽が輝いている。きっとこの太陽は何十年、何百年後も、同じように輝き続けるのだろう。だったら、純也とユーリだって、太陽と同じように何十年後も今のような関係を続けられる気がする。だから何も心配することはない。
――そんなことを考えてしまうような、ある晴れた夏休みの一幕。
純也とユーリは、楽しそうな空気を漂わせている街の喧騒に溶けていった。
とりあえずこれにて完結です。続編についても、うっすらと構想はありますが、それこそ僕の気まぐれ次第です。
ここまでお付き合いして下さった方、本当にありがとうございます。
ここまでたどり着けずに挫折した方も、ここに書いたところでメッセージは届かないと思いますが、興味を持っていただいたことに感謝したいです。次こそは最後まで読んでもらえるような物語を紡ぎたいと思います。
長々と語っても仕方がないので、ここで失礼いたします。また機会があれば、自分の作品を読んでいただけると幸いです。