5-2 俺の想い
ユーリが倒れてから二週間が経った。未だに彼女は目を覚ますことはなく、周囲が真っ白に囲まれた病院のベッドで、ユーリは穏やかな寝息を立てている。ベッドの横には、彼女が摂取している点滴台があった。
純也はこの二週間、毎日病院に通い詰めた。学校がある日は、学校が終わってから、時には幸人や美月、そして司と一緒に来ることもあった。
「ユーリ……」
彼女の名前を呟いて、純也はそっと彼女のおでこを撫でる。その体温は生きている人間と同じように温かい。
こうやって彼女が、目の前に存在し続けていること自体が奇跡であることは、きちんと理解しているつもりだ。だけど、その上意識が戻ってくるという奇跡を願ってしまう純也は欲張りすぎなのだろうか。
二週間の間に、純也はユーリについて様々な思いを巡らせていた。十年前のことや、再会してからのこと。思い出せば思い出すほどに胸が締め付けられて、切ない気持ちが沸き上がってきた。
そして自分の中で彼女の存在がどれほど大きかったかを自覚した。
医者が言うには、ユーリの脈も呼吸も正常に起動していて、普段の睡眠と変わらない状態で、今すぐ目を覚ましてもおかしくない状態らしい。
それは喜ばしいことではあるのだが、悲観的に考えると、医者の目を持ってしても、ユーリがこうして眠り続けている原因が特定できていないというわけである。
ユーリは一生この状態が続くのではないか、という懸念が純也を支配していた。
「俺さ、やっと思い出したんだ。引っ越しの前日のこと。俺が我がままを言って、母さんを困らせていたこととかさ……」
曖昧だったユーリとの思い出が、今では鮮明に思い出せるようになった。ユーリが目を覚まさなくなって、その存在が希薄となってしまったことと無関係ではないような気がするが、過程なんてものはどうでもよくて、その記憶が戻ってきたということが大事なのだ。
「それと最近、面白い夢を見たんだ。小さいころ、ちょうどこっちに引っ越す前夜のことかな。俺が眠っている横で、ユーリが俺の中に溜まっていたユーリとの思い出を全部持っていくっていう夢なんだ。俺が見たのは夢という形でしかないけれど、きっとこれは真実であって、実際に起きた出来事なんだよな。俺が悲しまないようにって、あんなことをしてくれたんだろ」
だいたいユーリが記憶を奪うなどという不思議な力を持ち得るのかと考えると、いろいろと自然の理から反している気がするが、いまさらその枠組みをユーリに当て嵌めるというのは愚かというべきだろう。人に姿を変えられる彼女のことだから、そのほかに不思議な力の一つや二つ持っていてもおかしくない。
最近こういう現象が起きてもまったく不思議に思わなくなった。特に悪いことではないと思うが、感覚がマヒしているのだろう。
一学期も終わりを告げ、いつの間にかすでに夏休みに突入していた。窓の外では太陽が燦々と輝いていて、真夏の蒸し暑さを助長させている。
時刻は午前十一時半。
二週間前、ダブルデートの終わり際にユーリは突然意識を失って倒れ、救急車で以前幸人が入院していた場所と同じ中央病院に運ばれた。入院の手続きの際には、いろいろと面倒な手続きを踏まなければいけなかったが、そのへんは純也の母が気を使ってくれた。
ユーリの顔を見て、母は「なんだかこの子、他人って感じがしないのよね。なんか助けてあげたいっていうよりは助けないといけない感じがするの」と言っていた。
母だって、十年前は猫だったころのユーリを一緒に可愛がっていたのだ。もちろん、その猫が人間の姿になって現れたなんていう話はしなかったが、母は人間となったユーリの姿を見て、彼女が猫だったころの面影を感じていたのかもしれない。
「…………」
純也は、ユーリの横に立って、改めてその寝顔を見つめた。
そのまま吸い込まれてしまうのではないかと思わせるほど魅力的な彼女の真っ黒の瞳は、今は閉じられている。だけど形のいい眉に、すらっとした高い鼻、ぷっくりとした柔らかそうな唇に純也は魅入っていた。
もはや決定的だった。自分の気持ちに嘘はつけないと誰かが言っていたが、まさにその通りだ。
「ちょっと恥ずかしいこと言うからさ……。この瞬間だけは、目を覚ますなよ」
目を覚ましてくれるなら、それはそれで本当に嬉しいんだけどな、という言葉は口に出さず心にとどめておく。
これから自分が口に出そうとしている言葉を思うと、心臓が飛び出してくるのではないかと思うくらい、激しい鼓動を繰り返している。
この気持ちは美月に抱いていたものと確実に同じもので、もしかしたら十年前からユーリに抱いていた気持ちと同じものだったのかもしれない。
「俺さ、ユーリのことが好きなんだよ。もちろん友人としてとか、家族のような存在としての好きという意味もあるよ」
言っている間に恥ずかしくなってきてしまう。顔が熱を帯びているのが自分でもわかる。純也は一旦ここで言葉を切り、一度大きく深呼吸してからゆっくりと言葉を紡ぐ。
「だけどそれ以上に、この前みたいに一緒にデートをしたりしたいと思ってる。気持ち悪いと思うかもしんないけど、今度はフリとかじゃなくて、本物の恋人としてデートが出来たらなって思ってる……」
純也にとっては、一世一代の告白だった。純也は黙ったまま、ユーリの顔を見つめてその返事を待った。もちろんその返事はユーリから聞けるわけもなく、沈黙だけが二人の間を流れた。
もし、ユーリが目を覚ましていて、彼女が純也を焦らすという意地悪で黙秘を貫ぬいているのならば、きっと純也にとってこの沈黙は居心地のいいものに成り得たと思う。だけどそうはいかない。この重い沈黙は、彼女に純也の言葉が届いていないことの証明だ。
そのとき、沈黙の病室に遠慮がちにドアがノックする音が響いた。少しして扉が開き、そこから顔を覗かせたのは幸人だった。
「おまえか……。夏休みだっていうのに暇そうだな。美月とデートでもしてきたらどうだ? ちゃんとそういうところでポイント稼いでおかないと、誰かに奪われるぜ」
皮肉の入り混じった純也の言葉に、幸人は小さく笑って返した。
「どうせ携帯の方に連絡を入れても、純也は気づかないだろうなって思ってさ。特に用事があったわけじゃないけど、純也の家に電話したら純也の母さんが出て、ここにいるって教えてもらったんだ。それでこっちに顔を出そうと思って。それでユーリちゃんの様子は?」
幸人が視線を一度ユーリに向けてから尋ねてくる。
「見ての通りだよ。それ以上も以下もない」
「じゃあ、純也の状態は?」
「特に何も。なんでそんなことを聞くかわからないな」
純也が肩を竦めてそう言うと、幸人は純也の顔を見ながら心配そうに見つめた。
「こう言っちゃなんだけどさ。あんまり気を詰めすぎんなよ。ユーリちゃんが目を覚ました時、もし純也が体調を崩してたらユーリちゃんはきっと悲しむよ」
自分の顔色がよくないことはなんとなくわかっている。今朝、鏡の前で自分の顔を見て、その青白さと目の下のクマの濃さに少し驚いたほどなのだから。
でも別にそんなのはどうでもいい。今は自分の体調なんてどうだっていい。
「ああ、わかってる」
だから親友の心配にも、素っ気なく返事をしただけだった。
「ふう……。まあ体力に関して、純也を心配する必要なんてないか。純也が風邪を引いたとかいう話を俺は生涯にわたって、聞いたことがないしね」
「ああ、だから俺のことを心配する必要はない」
「そっか、じゃあ俺からは何も言わないよ――ところでさ、純也は俺らにいろいろと隠していることがあるよね。このまえ、隠しごとはできるだけしないようにしよう、みたいなこと言ってなかったっけ?」
幸人が、純也を責めるかのような鋭い視線で純也を射止める。
「隠しごと? 俺が?」
「別にすっとぼける必要はないよ。隠しごとをしているって事実は、俺も美月さんもわかってるんだ。たぶん司ちゃんも気づいてる」
幸人がやれやれと、呆れた様子で小さくため息をつく。
きっと幸人は心から純也のことを心配してくれている。純也自身もそれはわかっているが、やっぱりこれは純也とユーリの問題なのだ。頼れるものなら、この頼りになる友人に頼りたいが、きっとそんなことをしても何も解決しない。
「ああそうだな。この間は出来るだけ隠しごとをしないようにしようと言ったな。だけどこう言っちゃ悪いが、これは俺とユーリの問題であって、幸人たちには関係ないんだ。きっとユーリもこのことを誰かに話すことを望んでないだろうしな」
そう言うと、幸人は少しうれしそうに、
「あはは、そう言う頑固なところは昔からまったく変わってないよね――そういうことなら仕方ないね。じゃあ俺はそろそろお暇しようかな。このあと用事あるし」
「なんだ。暇してたわけじゃなかったのか」
「まあちょっと野暮用がね。ちなみに明日は昼から美月さんとデートするんだ。純也の言う通り、ポイントを稼いでおかないと、彼女の幼馴染に取られたりでもしたら大変だからね」
思わぬところで、先ほどの反撃が来た。だけど純也はもうそんなことでは動揺しない。
「その幼馴染がどんなやつかは知らんけど、おまえが負ける要素は一個もないから心配すんな」
笑いがこみあげてくる。ユーリと出会う前だったら、こんな軽口を叩くこともできなかっただろう。
「そうだ。帰る前に一つ、言いたいことがあったんだ」
一旦はドアの方を向いて帰ろうとした幸人だったが、思い出したようにこちらに向き直る。
「別に今言う必要はないんだけど、まあ逆に言えば、今言ってもいいってことだよね」
「なんだよ。もったいぶりやがって」
「俺さ、美月さんと付き合い出してからも、純也がついて来てくれて嬉しかっただよね。たぶん、純也が気を使ってくれなかったら、今でも美月さんとまともに会話すらできなかったと思う」
幸人が何を言いたいのかイマイチ要領を得ないが、純也は黙って友人の話に耳を傾けた。
「純也がいたからこそ、今の俺らの関係があるわけで――俺らってのは、俺と美月さんのことね……。そういうわけだから、感謝してもしきれないし。俺が美月さんと話せるようになった後も、遊びに行く時に純也を誘ってたのも、やっぱりそこに純也がいないと違和感があると思ってのことだったわけで。でもそれは俺が勝手に思ってただけで――って、そんなことを言いたいんじゃない……」
幸人は落ち着かないように足踏みをしたり、肩を揺らしたりしている。
幸人は純也に言いにくいことを言おうとしているのだろう。態度を見ればそんなことは明らかであり、本題に入る前にこんな長い前置きをしているのもだろう、ということも、付き合いの長い純也にはなんとなくわかる。
こんなに狼狽している友人を見るのは、本当に久々のことだった。それだけでなんだか得した気分になれたので、この後にどんなことを言われてもムッするようなことはないだろう、と純也は思った。
「要点をまとめてから話せよ。この間の俺だって、もうちょっと要領を得た説明ができてたと思うぞ」
(いや、自分で言っておいて何だが、あのときの説明のほうがひどかったかもな……)
胸中で純也が自分の言葉にツッコミを入れていると、ようやく話す決意w固めた幸人が、一度小さく息を吐いた。
「ああ、悪い。じゃあ俺、単刀直入に言うね」
幸人は大きく息を吸ってから、
「俺、実は純也に嫉妬してた」
「…………は?」
この瞬間の自分は、かなり間の抜けた表情をしていたと思う。
「純也はさ、美月さんとずっと一緒にいて、ずっと仲良くしていて、すごい羨ましいと思ってた。それだけじゃなくてさ、たまに美月さん、純也にくっついたりするでしょ。ああいう時、俺は平静を装っているけどさ。内心ではざわざわした気持ちになってたんだよね。そういう時は、少なからず純也を憎く思ったりもするんだ」
神妙な顔で、俯き加減に告白する幸人。
そんな顔を見て、純也は幸人が話している内容を理解するとともに、我慢できなくなった。
――駄目だ。
笑いがこらえきれなくなった純也は、声を上げて笑った。
「おい。なんで笑うのさ。そこは怒るところでしょ」
「くはは、俺たち似た者同士だったんだなって……。そりゃあ気が合うわけだよな。俺も美月と一緒にいる幸人を見て、同じようなことを思ってたしな」
純也の言葉を聞いて、幸人は緊張を解き、ほっと安心したような表情で言葉を返してくる。
「あはは、なんかそれを聞いたら、安心したって言うか、心のつっかえが取れたっていうかそんな気分だよ」
「それにしても、どうしてまたこんなことを話そうと思ったんだ?」
「なんでだろうね。きっと純也があのとき公園で俺に自分の気持ちを教えてくれたのと同じ理由だと思うよ」
幸人は何かを成し遂げたようなすっきりした表情をしていた。きっとあの時の自分もこんな感じの表情をしていたのだと思う。
「それが言いたかったんだ。じゃあまた。そのうち来るよ」
「ああ、色々とありがとうな」
その色々には、本当に色々な意味が込められていた。
そして幸人は手を振って病室から退出した。
窓から吹き込んできたさわやかな風が、純也の頬を優しく撫でる。
幸人が帰って一息ついて、午後の人間が一番眠たくなる時間帯。純也も例に漏れず、ユーリの隣でウトウトしていると病室に新たな来訪者が現れた。
病室に入って来た二つの影の正体を認識して、純也がその影に声を掛ける。
「司と美月か。最近じゃあ、あんまり見ない、珍しい組み合わせだな」
「うん、ちょうど陸上部とテニス部の練習が同じような時間に終わってね。司ちゃんがユーリちゃんのお見舞いに来るって言うから、私も付いて来たってわけよ」
「お兄ちゃん、ユーリちゃんの調子はどう?」
「見ての通りだ。それ以上でもそれ以下でもない。さっき、幸人が来て、俺はこれとまったく同じ説明をした」
俯き加減で投げやりな調子で言う純也。だけどすぐに自分の失態に気づく。
「わりい。なんかトゲのある言い方になった」
イライラするのは、余裕がない証拠だ。
「お兄ちゃん……」
司が心配そうな表情で兄の顔を見つめてくる。さっきの純也の態度に対して、気分を損ねるよりも純也を心配することを優先したようだ。
「司こそ、調子はどうなんだ?」
場を埋めるだけの特に意味のない質問なのを自覚しながら、純也は聞いた。
「あたし? あたしの調子はバッチリだよ。下手したら、日本で一番早い女子中学生になっちゃうかもね」
司は力こぶを作って、純也を元気づけるようにはにかんで見せた。
「ははっ、それは頼もしい限りだな」
「ぬふふ、いまのあたしならば、風よりもはやく百メートルを駆け抜ける自信があるね――っと、そんなことは、今はどうでもよくて。これから合宿もあるし、本格的に忙しくなるから、その前にユーリちゃんの顔を見ておこうと思って」
司はつかつかとユーリのベッドに近づいて、彼女の顔を見下ろす。
「ユーリちゃん。大丈夫だよね?」
珍しく弱気な司の声。
「ただ寝てるだけなんだから、そのうち目を覚ますに決まってるだろ」
それは根拠もなにもない言葉。それは司に言い聞かせるというよりは、自分に言い聞かせるような言葉だった。
「じゃあ、お兄ちゃんの邪魔しちゃ悪いし。あたしはこのへんで失礼しようかな。はいこれ、お兄ちゃんへのお土産」
司が右手に提げていたコンビニ袋を差し出してくる。
「どうせお昼もロクに食べてないだろうと思って」
「サンキュ。その通りだ。気使わせて悪いな」
純也はそれを受け取って、膝の上に乗せた。
「お兄ちゃん、遅くなるならちゃんと連絡ちょうだいね。それとユーリちゃんが目覚めたら教えてね」
純也が、ああわかった、と返すと、司は作り物とわかるようなわざとらしい明るい表情を浮かべて病室から出て行った。
純也とユーリ、そして美月がこの場に残される。
純也は美月に何か声を掛けるべきか悩んだが、掛けるべき言葉も見つからず、無言を貫いると、美月がこちらに寄って来た。
「隣、座っていい?」
純也は慌てて、美月の分の丸椅子を用意すると、美月がそこに腰かける。
「ありがと。ねえ一つ聞いていい?」
「質問の内容次第だ」
「純也はさ、私のどこに惹かれたの?」
「――っ!」
思わず吹き出しかけた。我慢できずに、少し変な声が漏れてしまった。
ここが病院じゃなかったら、間違いなく大声でツッコミを入れていただろう。
今の純也は、自分でも認識できるくらい顔が赤くなっていた。
「やっぱりこんなこと聞かない方がよかった? やっぱりこういう質問に答えるのって恥ずかしいものなの? ほら私の場合は、幸人のどこに惹かれたとか簡単に言えちゃうからさ」
「まあそっちが異常ってことはないかもしれないけどさ……。できれば答えたくない質問だ。それに、どういう意図でこんな尋問みたいな質問をされたのかがわからない」
美月は指先で唇に触れながら、考える素振りを見せる。
「特に意図はないかな。ただ頭の中に思い浮かんだことを聞いてみただけ。純也と二人っきりで話すのって久々だから会話の取っ掛かりになればと思って」
「それにしても、他の方法もあったと思うんだけどな……」
純也は呆れて肩を落とす。でも相手のことを考えて一歩引いた質問をされるよりも、こうやってズバズバと聞いてくれたほうが、こちらとしても気が楽だ。
「ついでに言うと、ここにはユーリもいるから、俺と美月の二人きりというわけではない」
「あっ、そうだね。だったら、さっきの質問はナシで。ユーリちゃんに聞かれたら怒られちゃいそうだしね。あはは」
美月は気まずそうに苦笑いする。
「この間、四人で遊びに行ったときの話しよっか。そうしたら、ユーリちゃんが恥ずかしさに耐えきれなくなって起きるかもしれないしね」
その時は純也も恥ずかしい思いを色々とした気がするけれど、せっかくだからと思って、黙って美月の話に耳を傾けていた。
「ユーリちゃんさ。あの時すごい剣幕で、私に迫って来てさ」
あの時というのは、公園での一件のことだろう。
「ユーリちゃん、本当に純也のことが好きで、本当に純也のことを考えてる子なんだなって……。だってさ、好きな人の恋を叶えるために、自分がその人の気持ちを代弁する。しかもその恋が叶ってしまったら、自分の気持ちが届かくなってしまうことを知りつつだよ……。純也はこんなことできる? 少なくとも私にはムリ。本当に強い子なんだと思うよ」
「俺にもぜったい無理だよ」
だって自分は、恋敵である親友がいなくなってしまえばいいのに、なんてことを考える卑しい男なのだから。
「ユーリちゃんはそれだけ強い子なんだから、きっとすぐに帰ってくるよ。純也に心配されるまでもないかもしれない。たぶん私たちの誰よりも強い子だと思うから。だから純也はその疲れ切った顔をどうにかしなさい。ユーリちゃんが目を覚ました時に、ユーリちゃんに心配かけるようなことがあったら、私が許さないからね」
「肝に銘じておく」
「う~ん……。もっと頼もしい返事が聞きたかったけど、まあ及第点ってとこね」
少し不満そうな美月。
「この前の時は恋人のフリだったらしいけどさ。今度こそ、正式にダブルデートしたいね。純也はそのへんのことどう思ってるの?」
結局のところ、美月はこれが聞きたくてこの場にやってきただけだったのかもしれない。
そう思えるほど、彼女はこのとき真剣な顔つきでこちらを見ていた。
「俺は――」
今さら何も迷うことはない。
純也はユーリの小さな寝顔を見ながら、膝の上で拳を強く握りしめた。
「そうだな。今度また仕切り直しだな。ユーリにもそうやって伝えておく。色よい返事がもらえるといいんだけどな」
そう答えると、美月は満足そうに頷いた。
話はここで一段落。
少し間を空いて、
「わたし、お見舞いに桃持ってきたんだ。ユーリちゃん、早く起きないとお姉さんたちが全部食べちゃうぞ~」
美月はユーリに見せつけるようにして、手提げ袋から桃を取り出した。
美月が桃の皮を剥いている最中に、純也は司から差し入れられたコンビニ袋に入っていたサンドイッチとおにぎりを消化した。
それから美月は持参した紙皿に桃を三等分したが、そのうち一つは美月が帰るまで。手つかずのままだった。