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4-3 サヨナラホームラン

「今の見たか、純也!」

 幸人のバットから放たれた打球は、その勢いを保ったまま、ピッチングマシーンのさらに奥にあるネットに突き刺さった。あと、数センチのところで「ホームラン」と書かれたプレートに当たりそうだった。

「クッソ。足が万全だったら、きっとホームランになったのになあ……」

 そうぼやいて、幸人は打席を後にする。

「足はもう完治したって話を、俺はこの間聞いたぞ」

 純也が言うと、幸人は「悪かったね。言い訳だよ」と悔しそうに返してくる。

 昼食を終え、四人は一通り買い物を済ませた後に、予定通りバッティングセンターにやってきた。

 美月たちは新しい服なんかも買っていたようだったけど、先週のうちに今夏に着る用の服を購入した純也には関係ない話だった。

 さらに美月と幸人は、アクセサリーショップでペアリングなんかを買っていやがったし……。純也たちもどうかと二人に勧められたが、そういうのに興味がないっていうのは多少あるが、それ以上にユーリがあまり乗り気じゃなかったので、純也たちは買わなかった。

 そもそも前提において、自分とユーリは恋人同士ではないのだし、そんなのを買う方が不自然極まりないのだ。

 そんなこんなでたっぷり数時間の時間を費やして、ショッピングを楽しんだ後である。

「衰えてないな幸人。いいだろう。ジーターの生まれ変わりと言われた俺の打撃を見てろよ」

 純也は幸人と入れ替わりで、球速百二十キロのボックスに入る。

「そもそも純也がずっと言ってただけで、そんな風に誰も呼んでないし、って言うか、ジーターって普通に生きてるし、生まれ変わりっておかしいからね」

 と、幸人が言うと、純也はやれやれと肩を竦めて、

「細かいことは気にすんなよ。ジップヒットで鍛えた俺の実力を、とりあえず見とけ」

「俺の言ってることって、細かいかなあ……。それと、あれを買う奴って本当にいたんだな……。俺はそれにびっくりしたよ」

 幸人は首を捻って納得がいかないという表情を作った。

 そんな幸人を尻目に、純也はポケットから百円硬貨を二枚取り出し、機械に投入する。

 近頃のバッティングセンターには、タイミングが取りやすいように、プロの選手が投げている映像がマシーンの横に投影されているのがあったりするが、辺野市の安いバッティングセンターにそんなハイテクな設備はない。

 純也は肩幅程度に足を開いて軽く腰を曲げる。バットは軽く担ぐ感じで。視線をマシーンに見据えて、タイミングを取る。

 かつてに比べて、バットが重く感じるような気がする。きっとブランクで筋力が落ちているのだろう。こういうのを感じてしまうと、自分は野球から随分と離れてしまたんだなと思う。

 ゆっくりマシーンが動き始めた。

 まず一球目、純也はボールの上っ面を擦ってしまい、ボテボテのゴロが転がる。

 二球目、今度はボールの下を擦り、平凡なフライを打ち上げる。

 三球目、芯で捉えたボールは鋭いライナーでマシーンへと真っ直ぐ向かっていく。

(なかなかいい感じだ)

 その後も鋭い打球とボテボテの打球を半々くらいの割合で飛ばした。

 二十四球を終え、残すはあと一球。

「こりゃあ俺の勝ちだね」

 背後から聞こえてくる幸人の声。

 二人の間での勝負とは、ホームランボードにどれだけ近い打球を打てるかというものである。今のところ純也は鋭い当たりは何度か飛ばしているものの、ボード付近には一球も飛ばしていない。

「野球は九回ツーアウトからだぜ」

 幸人の方を振り返らず純也が言い返す。

「中学の部活は七回までだったけどね」

 幸人のツッコミは無視だ。

 目の前のマシーンが始動する。これでラスト一球だ。

 マシーンからボールが放たれる。純也はしっかりとタイミングを取り、向かってくるボール目がけて、しっかりと目でボールを捉えながら、バットを振り出した。

 芯に当たった時は感触がなくなるという話を聞いたことがあるが、まさしくそれだった。

 気持ちのいい金属音とともに放たれた純也の打球は、重力に逆らうように浮き上がりながら進んで行く。

 軌道は完璧だった。思わず息を呑んで打球を見守った。

 そして数舜後。

『ホームラーン!』

 安っぽい放送で、ホームランの声が店内に響き渡る。

 純也は呆然とその放送に聞き入っていた。


 ――純也がホームランをかっ飛ばす少し前のこと。

 ユーリと美月は近くの椅子に腰かけながら、二人のバッティングを眺めていた。

「あの二人とここに来るといっつもこうなんだよね。二人だけで夢中になっちゃうの。ユーリちゃん、退屈じゃない? 大丈夫?」

 美月はため息をついて肩を落とす。

 純也と幸人はユーリと美月のことをほっぽり出して、二人でバッティング勝負を楽しんでいる。その熱気は少し離れているここまで伝わってくるようで、当然水を差せるような雰囲気ではない。

「いえ、こういうのも悪くないです。ああやってボールを遠くに飛ばしてるのを見ると、なんだかすがすがしい気分になれる気がします」

 今は幸人が打席に入っているところだった。

 打った瞬間の、カーン、という金属音が、ユーリには妙に心地良かった。ずっと聞いていたい気分だった。

 美月はあの二人の傍で、この音をずっと聞いていたのだろう。今でこそ、退屈そうにしているが、初めてきた時は、ユーリと同じように乾いた金属音に心を躍らせていたのかもしれない。

 最初、美月が二人とここに来た時はどんなことを思ったのか、ユーリは彼女に聞いてみたい気がしたが、幸人の順番が終わり、純也が打席に入ったため純也の方を注視した。

 ユーリは純也の姿を、固唾を呑んで見守っていた。

 純也は綺麗な金属音を響かせて打球を飛ばしていく。二人の音を聴き比べると、微妙に異なっている気がして、どちらがいいかと言われれば、純也の音の方が好みだった。

 ユーリがその音に浸っていると、今までで一番いい音が聞こえてきた。

(あっ、綺麗な音――)

 そして数舜後、

『ホームラーン!』

「キャッ――」

 突然聞こえてきた店内に響く大きな音に、ユーリは飛び上がって驚いた。その様子を見ていた美月が、

「ユーリちゃん、大丈夫? あはは、ユーリちゃんかわいいなあ」

 美月はユーリの頭をそっと抱える。

 美月の優しくて、ゆったりとした心臓の鼓動を感じる。その鼓動を感じているだけで、彼女の優しさがユーリの身に染みてくるようだった。


 純也は安っぽいホームランコールが聞こえて来ても、数秒間放心状態だった。打ち返したのがラスト一球じゃなかったら、マシーンから発射したボールが彼にぶつかっていたかもしれない。

「やっと……。やっといけた」

 こんなことは、客観的に見たらきっと下らないことなんだと思う。

 中学時代の三年間は、かなりの頻度で通い詰めていたにも関わらず、二人とも一度もこの場所でホームランを打つことはなかった。それが野球を引退して、ひょっこりやってきたこんな場面で打ててしまう。なんとも不思議なものなんだなと思った。

「こりゃあ、俺の負けだね」

 打席に入って来て、純也の肩をポンと叩く幸人。

「これでもう思い残すことはないな」

「そうだね……」

 幸人とともに打席を後にする。三年間お世話になったこの場所へ向けて、二人は小さく一礼した。

 ホームランってのは、試合を一区切りさせるものだ。きっとこのホームランにもそういう意味があるのだと思う。だから純也もこの気持ちに一区切りつけなければいけない、とそこまで結び付けて考えるのは、いささか強引過ぎる気もするが、まあいいだろう。

 そもそもにおいて、自分はキッカケが欲しかっただけなのかもしれない。そう考えると、これはいいキッカケになるのだろう。

 何のキッカケかと問われれば、諦めるキッカケに決まっている。

 これで前に進める。いや、この際前じゃなくてもいいからとにかく進まないといけない。いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。なんとなくそう思った。


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