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4-1 デートの日の朝

 第四章 二組のペア


 一度捨てたものは二度と戻ってこない。

 だからと言って、全てのものを抱え込めるほど人間は万能ではない。

 何かを拾ったら、その度に何かを捨てないといけない。その選択を常に迫られる。

 捨てるのをためらっているうちに、拾おうとしていたものは、駆け足でどこかにいってしまう。

 ゆっくりと考える暇を与えられることなんてない。ゆえに、考えもなしに大切なものを捨ててしまうことだってあるだろう。

 キミはきちんと大切なものを見極めることができるかな?




 そして、本日はダブルデートが敢行される日曜日。

 天候は快晴。カーテンを開けた瞬間に窓から差し込んで来る日差しが、純也の目に沁み込んできた。

 司も母も、今日は今朝早くから出かけてしまっており、家には純也独りが残されていた。母は会社の同僚とお出かけ、司は部活があるとのこと。

 現時刻は午前九時。

 集合場所は辺野駅の駅前広場であり、集合時刻が十一時となっている。ただ、その前に十時半にユーリと一緒に家を出発することになっていため、朝の準備はその時間までに終わらせれば問題ない。

「しまった……。時間までやることがねえ」

 朝食も食べた。歯も磨いた。顔も洗った。

 暇つぶしに漫画でも読もうかと本棚から適当に取り出すが、五分もしないうちに飽きてしまう。

 身だしなみでも整えるべきか。そう思って、洗面所に行ってみるも、今まで身だしなみに気をつけたことがなかったせいで、どのような手順をもって整えるべきかがわからない。ワックスなんてものも持っていないから、髪型を整えることもままならない。結局、自然体のままで行こうと自分の中で結論を出して自室に戻った。

 なんだか妙に落ち着かない。身体中がソワソワしている。まるで遠足前日の小学生のように。

 ――原因はなんだ?

 二人きりではないとはいえ、自分の片思いの相手と遊びに行くからか? いや、きっとそれは違う。悲観的な考え方をすれば、美月はどのみち純也の方なんてほとんど見ていない。彼女の視線は、すべてとは言わないが、ほとんど幸人に向けられている。

 大体、純也は幸人や美月と遊びに行くという状況を数日前まで拒絶していたのだ。こんな風に待ち遠しいような気持ちになるわけがない。それに今まで何度もあの二人とは遊びに出かけているのだ。今さら身だしなみを整えたところで手遅れだろう。

「シャワーでも浴びようかな」

 普段はそんなこと絶対にしない。なんか自分でも訳わからないくらい気合が入っている感じだった。それを自覚すると、なんか気合を入れ過ぎるのも恥ずかしい気がしたので、結局シャワーを浴びるのはやめた。

 その後も何をしようかと考えているうちに、気づいたら時計の針が十時二十分を指していた。

 そろそろ時間かな、と考えていると、その考えとシンクロするかのように玄関のチャイムが鳴った。

「あっ、ユーリだな」

 呟いて、純也は早足で玄関まで行き、扉を開けてその向こうにいる女の子の姿を見て思わず息を呑んだ。

「…………」

 ユーリは白を基調とした花柄のワンピースに薄手のカーディガンを羽織っていて、膝までの長さの黒のニーソックスを身につけていた。

 ワンピースのスカート部分とニーソクッスの境目のところからチラチラと窺える彼女の素肌が、直視できないほど眩しい。それでもそこに視線を奪われてしまうのが、男子高校生の性というやつなのだろう。

「純也? ひょっとして体調でも悪いんですか?」

 ぼーっとしていた純也に対して、ユーリは不安そうな表情で首を傾げた。

「いや、その服……」

 確か、先週一緒に服を買いに行ったときは、ユーリが購入した服はもっと別のものだったはずだ。

「ああ、これですか?」

 ユーリは、純也に見せつけるようにその場でくるっと回ってみせる。その楽しそうな仕草から、彼女がこの服をお披露目するのを楽しみにしていたという心情が伝わって来て、純也はなおのこと彼女を直視できなくなってしまう。

「あのあと、別の日に、この間とは別の場所で、司ちゃんと一緒に買ってきたんです。とはいっても、この服も司ちゃんが選んでくれたんですけどね。どうですか? 似合ってますか?」

 ユーリが、頬を微かに紅潮させながら聞いてくる。

「あ、ああ。いいと思うぜ。似合ってる」

 思わず見惚れていたなんて、恥ずかしくて口にできない。どうして普段と少し違うだけの彼女を見ているだけで、胸の奥がざわついてくるのだろう。

「ありがとうございます」

 ユーリは服の裾を摘まんで、お嬢様のように一礼して見せる。その立ち居振る舞いはいいところのお嬢様であると言われても、疑いようのないくらい様になっていた。

「そうですか。似合ってないって言われたらどうしようって少し不安だったんですよ」

 ユーリは弾けるような笑顔を見せる。純也は眩しすぎる彼女の笑顔を、これ以上見ていると目がやられてしまうような感じがして、

「じゃ、じゃあ行こうか。遅れるとあいつら絶対うるさいからな」

 自分の気持ちを悟られまいと、ユーリを促して慌てて家を出発する。

 待ち合わせ場所の辺野へんの駅は、純也の家の最寄り駅から電車で二本分の距離である。辺野へんの駅周辺は、辺野へんの市の中での繁華街となっており、休日の学生が遊ぶ場所は、大抵そのあたりに限定される。

 近所に住んでいる美月を誘って、彼女とも一緒に待ち合わせ場所まで行ってもよかったのだが、純也に彼女を誘うほどの勇気はなく、結局バラバラに行くことになっていた。

「それよりさ。前も確認したし、今さらなんだけど、成り行きでこんなことになっちまったけどユーリはいいのか? 俺はあの二人とは長い付き合いだけど、ユーリはこの間屋上で会っただけの仲だろ。無理して付き合ってくれなくても良かったんだぞ」

 最寄り駅の駅前通りを並んで歩きながら、純也は横を歩くユーリに話しかける。

 ユーリは純也の言葉に不服そうに眉を顰め、

「それよりも、純也こそ、彼女に誤解されたままでいるわけにはいかないでしょう。この前は口を挟むタイミングを見失って、誤解されたままでしたが、今日こそはわたしがちゃんと誤解を解いてみせます」

 ユーリは、気合いを入れ直すかのごとく、拳を強く握りしめた。それを見て、純也は思わず笑みがこぼれてしまったのは、いったいどういう心境から来るものだったのだろうか。

「誤解なんてのは、どうせいずれ解けるだろ。あいつらが勝手に思い込んでるだけだしな。それにこの前も言ったけど、あの状況で否定したところできっと無駄だったぞ。人間って一度思い込んじまったら、なかなかそれを覆せないもんなんだからな」

 あるいは自分の片思いも、誤解するのと同じような要領で、美月が好きだと、自分の中で思い込んでしまった結果に過ぎないのかもしれない。そうしてその思いに耽っているうちにいつの間にか、自分の中で彼女に対する思いが募っていったのだろう。

 だから誤解がいずれ解けるのと同じように、この片思いという気持ちも時が経てば、なくなってしまうのかもしれない。

 現在、純也は片思いの相手に、自分が彼女持ちだと誤解されている。きっとかなり致命的な状況だと思う。だけど自分は今、そんな状況に置かれているにも関わらず楽観視している。

 ――かなり前からわかっていたことだけど、ずっと認めたくなかった一つの事実。ようやく自分の脳味噌がその一つの事実を受け入れる気になってくれたのかもしれない。

「なんならいっそのこと、あいつらを騙し続けるために、手でも繋ぎながら行くか?」

 開き直ってしまえば怖いものなどない。いっそのこと、誤解されたままでいるのもまた一興ではないかと思った。もちろんユーリが許せばの話だけど。

「や、やめてください。誤解が解けなくて困るのは、純也自身なんですからねっ」

 ユーリはトマトのように顔を真っ赤にして言った。いつもは主導権を握られてばっかりだったので、こんな風な反応を見せるユーリがとても可愛くて、こんな表情をする彼女をもっと見たくなってしまう。

 というか、散々抱き付いて来たりしていたくせに、手を繋ぐのは恥ずかしいというユーリの判断基準が、純也にはイマイチわからなかった。

 次はどんなふうにからかってやろうかと考えていると、ユーリは下を向いて、純也を置いて、早足でさっさと前を行ってしまう。

 純也の方からは、ユーリの背中しか見えないが、彼女が今どんな表情をしているのかは、なんとなく想像できだ。それを想像して、純也は思わず口元が緩む。

「おいおい、迷子になっても知らないぞ」

 純也は慌ててその背中を追い、すぐに追いついて肩を掴んだ。

 振り返ってこちらを見たユーリの表情は、純也の想像通りかなり険しいものだった。

 純也は思わず笑みを零してしまいそうになったが、なんとかこらえた。

「子ども扱いしないでください。いえ、この場合はペット扱いしないでくださいの方が正しいですね」

 半眼にして頬を膨らませているその顔――本人としては怒っているのだろうが――は思わず頭を撫でてやりたいほど可愛いらしかったが、それをすると噛みつかれたり、引っかかれたりされそうだったので、純也は自重した。

 それっきりへそを曲げてしまったユーリはあまり口を聞いてくれなくなり、話しかけても素っ気ない返事を返すばかりだった。だけどそんなやりとりにも、どこか温かさと心地よさがあったような気がするのだから不思議なものだ。


 待ち合わせ場所に到着したのは、十時五十分だった。少し余裕を持って到着したつもりだったが、幸人と美月はすでにその場で待っていた。

 幸人はベージュのチノパンに黒のポロシャツという、いつも通りの格好。

 一方の美月は薄手のチュニックにショートパンツ。ショートパンツから伸びる健康的ですらっとした足に、以前はよくドギマギしたものだ。

「お、来たね」

 こちらの到着に気づいた幸人に、純也は右手を上げて応える。それに気づいた美月も同様に、

「ユーリちゃん、純也。おはよう」

「おはようございます」「おはよう」

 ユーリは立ち止まって、小さくお辞儀をする。一方の純也は、素っ気なく右手を上げて挨拶を返した。

「さて、それじゃあ揃ったわね。じゃあ今日の予定を確認するけど――」

 こうやってみんなで集まった時に仕切るのは、いつも一番年上の美月だった。純也も幸人も、よく言えば臨機応変、悪く言えば行き当たりばったりなタイプなので、出かける時に予定を組んだりすることはほとんどない。

 唯一幸人がガッチガチに予定を固めて出かけたことがあるが、それは美月との初デートの時だった。あのときは予定だけでなく、幸人自身もガッチガチに緊張していたのが、今となっては懐かしい思い出である。

「まずは十一時半から、駅前の映画館で映画を見て、そのあとこの辺で昼食を食べる。そいで、ショッピングモールでお買い物して、そのあとはカラオケとかゲーセンでも行く?」

「そうだ俺、久々にバッセン行きたい」

 美月の問いかけには幸人が答えた。

「バッセンかあ……。なんかデートの雰囲気にはそぐわないような気がするんだけど」

 美月が話を進めようとしていると、ユーリが困惑した顔で、

「あの、すみません。バッセンってなんですか?」

 ユーリの疑問には純也が答える。

「バッティングセンターの略だよ。このへんに俺らが中学時代よく通ってたバッティングセンターがあるんだよ」

 中学時代は土日のどちらかは、家から自転車に乗って毎週通っていた。

 いくら打っても、ホームランのボードに当たらなくて、「あともう一回」を三回くらい繰り返していたあの頃。きっと店員にはいいカモだと思われていたに違いない。そのおかげで当時のお小遣いのほとんどは、バッティングセンターに費やしてしまったものだ。

「なんか、俺も当時を思い出したら、久々に行きたくなってきた」

 中学時代、幸人と遊ぶ時はたいてい、集合場所がそのバッティングセンターだった。

「あ、あの、わたしバッセンに行ってみたいです。行ったことないので……」

 遠慮がちにユーリが言うと、純也と幸人はもちろん、美月もバッセンに行くことに納得したようで、

「ユーリちゃんがそう言うならそうしよっか。じゃあとりあえず最初は映画館だよ。まだ少し時間あるけど、もう行っちゃおうか」

 特に誰からの反論の声も上がらず、全員が納得したものだと解釈して、美月が映画館に向かって歩みを進めようとすると、

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」

 突然、ユーリが純也たちを呼び止めるように大きな声を上げた。三人とも立ち止まり、視線をユーリに向ける。

 ユーリは、綺麗に整ったその顔をまったく崩すことなく、三人の表情を見比べていた。 それから、彼女は意を決したように、一度大きく深呼吸して、

「わたしと純也のことなんですが、お二人に聞いてほしいことがあります」

 突然声を張り上げたユーリに対して、幸人と美月はきょとんとした顔をしている。だけど、純也にはユーリがこれから何の話を切り出そうとしているのかを察することができた。

「実は――」

 そして純也はその後に続く言葉を、それ以上言わせないようにと、ユーリと二人の間に入って話を遮った。

「あはは、なんでもないよ、なんでも――とりあえず早く行かなきゃ席とか埋まっちゃうかもしんないしさ。とりあえず行こうぜ」

 幸人と美月は何が起きたのか不思議そうな顔をしていたが、深くは追求してこなかった。

「えーっと……。なんかよくわかんないんだけど、大丈夫なのかな?」

 幸人が言うと 、

「いやいや、なんだかよくわからなかったけど、お二人は仲良しさんだってことだけはわかったよ」

 事情を勝手に解釈した美月が、微笑ましいものを見るように、楽しそうに口元に笑みを浮かべる。

 そして幸人と美月、純也とユーリが前後に並んで歩き、純也は前を歩く二人に聞こえないように小声で、

「せっかくこれから遊ぼうって時に、『実は誤解でした~』なんて言ったら、なんか場が白けちゃうだろうよ。まあユーリがどうしても誤解されたままが嫌だって言うんなら、今度は止めはしないけどさ」

 ここでユーリを止めないといけないと思ったのは、きっとそれだけではないような気がするが、その理由が自分自身もよくわかっていなかったので、純也は口に出さなかった。

「そんなことないですっ。だけどわかりました。純也がそう言うならそうします……」

 しょぼくれたような、照れてるような、ユーリのその横顔から、彼女が今どんなことを考えているのか、純也は察することができなかった。


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