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3-4 神様のお告げ

 ユーリは家具も何もない部屋の片隅で膝を抱えて、丸くなっていた。

 夜中だというのに、電気も付けないでいた。暗闇の方が気分が和らぐのだ。猫は夜行性の動物ということもあり、そういうところもまた、以前の名残がまだユーリの体内に沁み込んで残っているのかもしれない。

 3LDKの一室はほとんど使われた形跡もなく、生活感があるのもキッチンの周辺だけ。睡眠を取るのも、食事をするのも、生活のルーチンワークをユーリはほとんどそのスペースで済ませていた。

 視界に映る自分の膝小僧を見つめたまま、掠れるような声音で呟く。

「わたしがここにいる理由……」

 そんなのは決まっている。純也に恩返しをするため、そしてかつての自分の罪を精算するためだ。決して自分の欲求を満たすためではない。

「なにやってんだろ、わたし……」

 彼女の虚ろな瞳はうっすらと湿っていた。

 先日の昼休みの屋上での出来事が脳裏を掠める。

 そこで、ユーリは純也の思い人である美月と初めて対面した。

 すごく綺麗な人で、彼女を見て純也が惚れるのにも納得がいった。

 彼女には敵わないと思った。

「敵わない? それは違うよね……」

 だってユーリは、彼女との間で純也の取り合いをしているわけではないのだ。そもそも根底からして間違っている。純也の望みは美月とくっつくことなのであり、ユーリはそのための方法を考えていればいいのであって、そこに私情を挟む必要はない。

 純也は決して口にしないが、彼の願い事が、美月とお付き合いをすることなのは間違いない事実なのだ。

 ユーリは読心術なんてものを持っているわけではなく、純也と再会する前に彼のことをこっそり調べていたのだ。そこで、純也が美月に恋愛感情を抱いていることを知り得た。

 純也がそれを望むならば、ユーリはこの世界の理を捻じ曲げても、美月と純也をくっつけてあげたいと思っている。

 ユーリはそれだけの力を持っている。だけど純也がそれを心から望まない限り、その力は使えないし、その願いは叶わない。

 だから、ユーリは今できる限りのちっぽけな力を駆使して、美月と純也がくっつくように仕向けるしかない。

 美月にユーリと純也の関係を誤解されたことは、純也の願い事を叶える上でマイナス点となり得るだろう。

 だけど、ユーリは純也と恋人同士であると誤解されて、その場でその事実を否定できなかった。いや――否定したくなかったのだ。純也の望みに近づくためには、きっぱりと否定してあげる必要があったはずなのにも関わらずだ。ユーリにはそれができなかった。

(結局、純也のためとか言いつつも、わたし自身が傷つきたくないだけなんだよね……。わたしは卑怯だな……)

 自分の好きな人に向けて、「おまえのことなんて好きじゃない」なんて宣言できる人間が、果たしてこの世に存在するのだろうか。その人と恋人同士だと誤解されて、浮かれた気持ちにならない人間など存在するのだろうか。

 たとえ嘘であっても、声に出してしまえばそれが現実になってしまうから。自分の希望が失われてしまうような気がしたから。そんなことはできやしない。

 しかしそんな希望を抱いている時点で、本来すでに間違っていることを自覚するべきだったのだ。

 今度の日曜日、美月と幸人も含めた四人で遊びに行くことになった。そこでは今度こそ、きっぱりと誤解を解かないといけないだろう。

「わたしの願いは、純也の願いを叶える事。だからわたしはここにいるし、ここにいることを許されてるんだ」

 胸をぎゅっと握りしめて、自分の使命をもう一度確認する。

 胸に何かが詰まっているかのように苦しい。自分の心臓を何者かがギュッと押しつぶそうとしている。

 ――だから自分の気持ちを隠し続けるんですか? 自分だけが我慢すれば、本当にすべてが解決するのですか? そして、その気持ちは本当に我慢できるものなのですか?

 他ならぬユーリ自身が、純也に向けて発した言葉だ。

「あはは、気持ちを隠し続けているのもわたしだし、気持ちを我慢できなくなってるのも、わたしだね。あはは、おかしいな――」

 過去の自分の言葉が、自分自身の胸に刺さってくる。

 人の気持ちは難しい。いや、純也に対するこの思いは、猫だった時から変わらずに持っていたものだ。

 美月の気持ちをなんとか純也の方に傾けないといけないのに、こんな状態のユーリが果たしてそんな大役を務めることができるのだろうか。

「いや――できるか、できないかじゃない。やるんだ。じゃないとまた、わたしの存在意義が消えてなくなってしまうのだから」

 ユーリは自分の決意を頑ななものにするために、唇を噛みしめて、拳を握りしめる。

 ――その時だった。

『あはは、どうだい? 恩返しは順調かい?』

 唐突に脳内に直接語り掛けてくるように、声が聞こえてきた。

 部屋の中には変わらずユーリしかいない。それでもその声は軽い調子で言葉を紡いだ。

『その調子だと、首尾はあまりよくなさそうだね』

 ユーリは正体不明の声が聞こえてくることがわかっていたかのように、特に驚いたりもせずに淡々とした調子で返す。

「そうですね。あなたに心配されるようなことは特にないです」

『う~ん、なんか素っ気ないね。キミがこんなふうにいられるのも全部ボクのおかげなんだよ。もう少し感謝してくれてもいいと思うんだけど……』

「もちろん感謝はしています。こうやって悩めること自体、わたしにとっては奇跡ですからね。あなたのこの恩にも、ぜひ報いたいと思っています」

『そう言ってくれると、ボクもうれしいよ。だけどね、時間っていうのは、本当に残酷なんだ。キミに残された時間はわずかだよ。それだけは覚えておいてね』

 その言葉を残して、声は聞こえなくなった。

 だけどユーリは知っている。

 声の主は今もどこかで自分を監視していて、映画でも見るかのようにユーリたちのやり取りを見て、それを楽しんでいることを。


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