西湘バイバイ1
西湘バイバイ1
俺はもともとダメ男ではなかった。2010年、つまり4年前に仕事上の些細なことがきっかけで脳に腫瘍が見つかった。それまで仕事も家庭生活も比較的順調にいっていた。結婚もして子どもを3人授かった。神奈川県小田原の郊外の小さな駅前に分譲マンションを買って悦に入っていた。「ダメ男」とは自分とは対極にある無縁の存在だ、とまで思っていた。腫瘍があると告げられた時はさすがにショックだった。自覚症状というものが全くなかったからだ。CTスキャンの写真を見た医師からは早速翌日
らの入院を勧められたが心の準備が必要との理由で4、5日延ばしてもらった。入院は3週間程度で済んで完全回復して退院できると思っていた俺の思惑は最悪の方にはずれた。実際、入院、手術、リハビリのため4箇所の病院や施設で2年半以上過ごしたのである。結果、俺は左半麻痺の障害を負ってしまった。 何とか歩けるまで回復したが、それでも左下腿に装具が必要で右手に杖を持っている。 勤めていた会社も辞めざるを得なくなって退院後もしばらくはハローワークに通って雇用保険をもらっていた。障害者枠で何とか再就職したもののそこから得るわずかな収入と障害年金で家族5人が生活できるという有り様だ。
5月の2週めの日曜日、小田原駅近くの街を俺はぶらぶら歩いていた。
天気のいい日だつた。と、向こうから歩いてきた女性に声をかけられた。年の頃は3、40歳くらいか? 「ゴダイさんですよね?」「えっ?」。左側から声をかけられた。俺は左側に弱い。左側の運動麻痺以外にも感覚麻痺や半側空間無視といった症状がある。
左側の気配などないに等しい。
俺は身体を時計回りに180゜回転させて声のぬしを右側から見た。そして驚いた。「シホちゃん。アユカワ
さん?」「そう。今はワタナベだけどね。」「久しぶり!」「久しぶり!」。オレンジ色のTシャツに紺のジーンズ、に水色のパーカーを羽織るというスポーティーでラフな出で立ちだ。よれた長袖シャツに黒のスウェットパンツの俺とは対照的だ。
俺たちはここ小田原駅から登山線で2駅目の風祭にあった「山里リハビリテーション学院」の同窓生だ。この学院はリハビリテーションの専門家を養成するための専門学校だった。約10年前に廃校になったので過去形を使っているわけだ。箱根山の麓にあって敷地内によくニホンザルが出没したために学生たちからは「山ザル」と呼ばれていた。 学生の大半は校舎の真向かいに建っている寮で生活していたが自宅から通う者もいた。俺とシホちゃんは少数派の通学生だった。行き帰りの際に駅で会う面子は決まっていた。
俺が親しくしていたのは4、5人であった。男ばかりの中の紅一点がアユカワシホだった。山ザルは日本全国から様々な年代の者たちが集まってくる。高校卒が入学条件だがなぜか俺たちの学年にはいろいろな人生経験を積んだ男どもが多かった。シホちゃんは1年浪人して19歳で入学してきた。俺は大学を卒業して数年たってから入ったので彼女より7歳上だった。「そうか。もうすぐシホちゃんも40か。」女性の年を気にするのはマナー違反だがそんな不謹慎なことを考えてしまった。 「久しぶり。立ち話も何だからとりあえずどこかに入ろうか? 「ええ。」彼女はあっさりOKした。俺たちは学生時代によく行った煉瓦風な外観のクラシカルな店構えのコーヒー屋に行くことにした。店の周りの横丁は歩行者天国になっていて店と同様に煉瓦畳が敷いてある。顔を合わせたのがその横丁だったのだ。コーヒー屋には
学生時代によく行ったと言っても通学グループ5、6人で入ったので彼女と2人きりで入ったのは初めてであった。
彼女と2人きりで話すのはこれで2回目だ。1回目は学生の時、卒業の年、3年生の最後の実習が終わった後、
レポートを提出しに学校に立ち寄った時だ。彼女と顔を合わせた俺は、お互いヒマだからどこかへ行こうと、軽い気持ちで声をかけた。この軽さが良かったのか、つらい実習が終わった開放感が手伝ったのか、この時も彼女はあっさりOKしてくれた。
少なくとも俺たちの知っている範囲で彼女と付き合っている男はいなかった。誰かとデートしたという話も聞いたことがなかった。
俺とシホちゃんはその時は
一旦小田原に戻って「箱根フリーパス」という切符を買って箱根巡りの旅に出た。
梅雨の晴れ間のいい天気の日だつた。ロングシートに並んで座った俺たちは
登山鉄道の線路脇に植えられている紫陽花の花々を他の観光客と同様に一つ一つ感嘆しながら見入ったものだ。
コーヒー屋の少し手前で俺は立ち止まった。障害を負ってからこのかた、店などに入る前に段差を確める癖がついている。段差は…あった。高さ
20センチ位のが3段。 きっと昔からあったのだろうがその頃はそんなことは全く気にも留めなかった。健常とは、障害とは、そういうものなのだ。
シホちゃんが怪訝そうに聞いた。「どうしたの?」「段差がある。手すりがあれば何とかなるんだけど。」「平気よ。入りましょ。」
彼女らしい快活な口調だ。そして俺の左腕のあたりを大胆に組んで介助して
くれた。(信じられない…)美人で学生時代のマドンナだった彼女と腕を組むという体験に年甲斐もなく俺は嬉しくなってしまった。シホちゃんと腕を組んで歩歩く時が来るなんて…。 障害者になって良かったと思ったことは1度もないがこんなラッキーもあるものだ。それはともかく彼女のおかげで何とか段を昇り、店内に入ることができた。 中の雰囲気は20年前と全く変わっていない。外観と同じような煉瓦風の壁。古い木のテーブルとどっしりとした椅子。メニューも変わっていないようだった。何を撰んでよいのかわからなかったが、俺は「マンデリン」、彼女は「キリマンジャロ」を注文した。 ゜「この店は昔と全然変わっていないな。」と俺が話しかけた。
「うん。でも私たちは変わった。」「俺がこういう身体になったのは知っていた?」「うん。風の噂で。」「病院でずっと寝ていたり施設で毎日同じような日々を過ごしているとやたらと昔のことばかり思い出すんだよ。小学校時代から大学生の時代のことまで。もちろん山ザルのことも。リハビリの仕事をしていた時代、患者がやたらと昔ばなしばかりするのが不思議だったよ。学生時代の運動会で1位になった。近くの川で鮎を釣った。こちらにとってはどうでもいい話ばかりなんだよ。でも今はそういう話をしたい気持ちはわかる。障害を持った身体にとってどうがんばっても手に入れられない過去の栄光だからだということがわかる。」
「自分が一番輝いていた時代ね。私ならその話をじっくり聴くわ。なぜならそこからその人の尊厳が取り戻せるのだから。リハビリテーションの基本でしょ?」彼女はそう言って微笑んだ。髪型こそ年齢相応に肩にかかるくらいのショートにしているが表情は昔と変わらない。彼女の言葉を聞いて俺は懐かしい思いにとらわれた。リハビリテーションの基本。その人らしさ
を取り戻すこと。
久しく忘れていた言葉。現役の理学療法士でなくなってからずいぶん経つ。「アユカワ、ワタナベさんは今、STやってるの?」俺は彼女の苗字を言い直して尋ねた。「うん。二宮の総合病院に勤務しているの。」「実家は湯河原だったよね?」「今は二宮で旦那と二人で住んで
いるの。」「二宮っていえばカンバラが住んでいるよ。大学の先生をしているらしい。」カンバラは山ザルの通学仲間
の1人だ。人のことを言える立場ではないが今一つパッとしない男だった。
何をやっても様にならない「ダメ男」を絵に描いたような男で俺は心のどこかでカンバラのことを蔑んでいたのだろう。脳腫瘍になったのもそんなおごり高ぶった心のなせる業かもしれない。そのカンバラが今や見事に「リハビリテーション」して大学の講師をしていて俺がダメ男になった。閑話休題。シホちゃんとの会話は続く。リハビリテーションの基本を思い出させてくれてありがとう。今や立派な現役のSTだ。夫君のことについて触れた。 「旦那さんはどういう人?」「ああ、鉄道会社に勤めているの。」と、彼女は有名な鉄道会社の名前を挙げて言った。 「あ、例の人だね。」「そう。あの人と5年前に結婚したの。」「そうかい。そらはおめでとう。」
登山電車で強羅に行った後、俺達はケーブルカー、ロープウェイと乗り継いで芦ノ湖に浮かぶ赤い遊覧船にのった。甲板で俺は彼女を離れた場所から見つめた。風になびく長い髪が逆光に映えて金色に輝き、とても美しかった。俺はその場で彼女に駆け寄って告白してキスしたかった。でもその勇気がなく、何となくノロノロ歩みよった。シホちゃんの方から話しかけてきた。「ねえ。ゴダイさんて彼女とかいるの?」「いないよ。」本当だった。いたらなんであなたを誘って芦ノ湖クルーズなんか。「アユカワさんは?彼氏はいるの?」「いるよ。」「えーっ。」 驚いた。初耳だった。少なくとも山ザルでは彼女と付き合っている男はいない。そういう噂もなかった。「ど、どんな人?」あわてて吃りながら尋ねた。「鉄道おたく。何か彼にいい情報なんかがないかと思って私は湯本の駅でバイトしているの。」それは知っていた。箱根湯本の駅の売店でバイトして、時にはホームで温泉まんじゅうを立ち売りする彼女の姿を俺も見たことがある。
俺より5歳上の通学仲間のシライさんは酒飲みの辛党のくせに帰り
にわざわざ箱根湯本に寄ってシホちゃんからまんじゅうを買っていたりしたものだ。シライさんはとにかくもてる男でプレイボーイの典型のように俺は見ていた。女には不自由しない彼にとってもシホちゃんは別格だったらしい。一体どこに魅力があるのだろう?黒目がちな瞳か?確かに美人ではある。スタイルは抜群にいい方ではない。現代風な面と古風な面を合わせ持ったような性格や彼女から醸し出される雰囲気が
男を惹き付けるのだろう。
シホちゃんは下を向いてしばらく考えていた。2分ぐらいそうしていただろうか。おもむろに顔を上げて静かに言った。「私のこと好きだったの?」「そう。俺だけじゃなく俺たち全員。」「俺たち?」シホちゃんはおうむ返しに聞いた。「ゴダイ、シライ、カンバラ、ミズシマ、ホリウチ、通学仲間の。みんなダメ男だ。」「ダメ男って?」「うまく言えないけど、君の旦那のような順調な人生を歩いていない男。絵に描いたようなビッグダディではない人。」「ゴダイさんもダメ男なの?」「俺もダメ男になっちまった。障害者イコールダメ男というわけじゃない。
脳の手術の直後は認知症のような症状がでた。小学生レベルのわり算もできなくなった。理性がなくなってある時リハビリ室で車椅子に座っていたんだ。誰かの見舞い客が俺の目の前に紙袋をぽんと置いた。そしたら俺は無性にそれが欲しくなってね。中身も知らないのに。たぶん菓子折か何かだろうけど。それを盗りたい衝動を抑えるのに必死だったよ。それ以来車椅子に乗る俺を見る職員や周りの人の視線が文字通り『上から目線』に思えてね。ああ俺は本当にバカに、ダメ男になったと心の底から思えた日々だったよ。俺のリハビリデイズは。」「あなたはダメ男じゃない!そんな風に考えたらリハビリは進まないよ。
」「退院して家にいる時もさ、例えば子供と公園を散歩するだろ?うちの子が3歳の時だった、俺より速くすたすたと前に行って、待っているんだ。『父ちゃん遅いね』って。」俺は話に夢中になってしまってほとんど泣きそうな気持ちになった。自転車に乗って、子供と相撲を
取って、肩車して
、競走して、キャッチボールして。
頭の中をジョニー・サンダースの「born to lose(負けるために生まれてきた)」が流れていた。
シホちゃんは俺の話を興味深そうに聞いていた。おそらく彼女の治療場面でもこんな表情で患者の話に耳を傾けているのだろう。
話を最後まで聞いて下を向いて考えこんだ。そしておもむろに顔を上げてまっすぐに俺の目を見て、言った。
「ねぇゴダイさん、今ならキスしてもいいよ。キスしようよ。」
俺はまた、耳を疑った。今日はこんなことばかりだ。
これもラッキーと受け止めていいのだろうか。彼女の気持ちが嬉しいと同時に言葉の真意を計りかねていた。―俺への、障害者への同情だろうか?いや彼女は言語聴覚士だ。職業柄障害者を 飽きるほど見ているはずだ。とするとこれは誘惑か?
夫ある妻が妻子ある男にキスしてもいいと言っている。おそらくキスだけでは終わるまい。泥沼の男女の関係に陥れる罠だ。そうだ。罠だ。これは。同時に俺が彼女に気があることを利用した彼女一流のリハビリテーションの第一章だ。と、俺はそこまで思考を巡らせた。
「いや、遠慮しておくよ。」「どうして?芦ノ湖の夢の続きを見たくはないの?」「17年前だ。若い男女が船の上でキスをするのは少しは絵にもなろうが、中年男女が街中でベタベタするのは醜悪だ。」
彼女は明らかに憤慨していた。
「女に恥をかかせるなんてゴダイさんらしくないよ。」声を荒げてそう言った。声が少し大きくなった。
「あなたは最低。やっぱりダメ男ね。昔も今も変わらない。ほんっとにダメ男!」
決まった。俺の烙印が。シホちゃんによって見事に。俺の名前はを呼んでくれ。ダメ男。西湘ダメ男。
彼女は席をガタッといわせて立ち上がった。そして伝票をつまんでさっさとレジの方へ向かう。数少ない客と店員たちが驚いて俺達を見ていた。
「待て。待ってくれ、シホ。」
どさくさかもののはずみか彼女を初めて呼び捨てにした。
「俺が払うよ。」
「いいわよ。どうせ、財布からお札を取り出すのも一苦労でしよ。」
その通りだった。左手が不自由なせいで財布を持って札を出すという行為が俺はえらく苦手だった。彼女に見事に能力評価されていたわけだ。
シホちゃんは勘定を終えると俺の方を見もしないで俺を店に残して、店の扉を開けて5月の街に飛び出した。俺は彼女を追っ