第二話 近衛兵
龍国軍には陸海軍とは別にもうひとつ軍事組織がある。正確には準軍事組織といってところだが。
それは近衛兵と呼ばれ、歴史は陸海軍よりも古い。王族を守ることを目的として作られた組織であり、陸海軍とは毛色の違ったものであった。そのもっとも大きな相違点は、女性が所属していることであった。龍国の歴史は、かつての王族が女性のみであった時期があり、その頃は近衛兵も女性が重用されていたため、今でも近衛兵は女性が多く所属している。
その流れが新設された空軍にも及んだのである。
「おい川瀬」
大賀は苦虫を噛み潰したような顔で同じく空軍に配属された士官学校の同期生に声をかけた。
「いやぁ、むさくるしい男ばかりかと思えば、案外空軍も悪くないな、俺みたいなはぐれ者も出世できそうだし」
川瀬は対照的に非常に浮かれていた。
先の親睦会から一週間が経ち、空軍に下士官が配属されてきたのである。ただし、陸海軍だけでなく近衛兵からも。
「な、何で女がいるんだ」
三木は女性に慣れていないため変な汗をかきながら慌てている。こいつはいつもそんなんだな。
「士官にいないだけマシと思うか」
大賀は空軍に配属されてから憂鬱になりっぱなしである。
「失礼します」
士官学校の同期生同士で語らっていたところ、不意に声をかけられた。
「近衛兵団より、空軍に配属になりました、速見軍曹と申します」
速見と名乗った近衛の曹長は、例に漏れず女性であった。
「な、な、な何かな」
よせばいいのに三木が答えた。
「お前は黙ってろみっともない。何だ軍曹、用件を言え」
どもる三木に変わって大賀が返答する。
「はい、私たち近衛兵団の兵舎はどちらでしょうか。配属されたばかりで、荷物を整理したいのですが」
「あぁ、君たちは北西にある兵舎を使え、荷物は搬入してあるはずだ」
「ありがとうございます。失礼します」
そういって踵を返し、兵舎へと向かっていった。
速見なる軍曹は、近衛らしい糞真面目な態度をした下士官であるとの印象を受けた。歳のほうは1,2個下であるように感じたが、上背はかなりのものだ。男性である大賀より若干低い程度か。ショートカットにした髪は、肩や耳にかからないように短く切りそろえられている。若干釣り目で、鼻筋が通っているため、美人の部類には入るだろうが、その雰囲気は男を寄せ付けないものをもっている。
「なかなか上玉だな、俺の心の序列に追加してやろう」
「何言ってんだお前、彼女にしばきまわされるぞ」
川瀬は士官学校のころと全く変わっていない。その軽薄さにどことなく安心感を覚えた。
「みっともないってなんだよ、俺が声かけられたのに」
三木は三木で関係ないところで怒っていた。こいつは自分が完全無欠の軍人であると自分で思い込んでいるため、こういったことになると面倒である。
「そんなことはどうでもいい、見たところ下士官の三分の一は女だな」
「みたいだな、俺空軍に来てよかった」
「そんなことってお前!俺より座学が悪かったくせに」
「おいコラここでの階級上位者は俺だぞ」
ガヤガヤしているところで、ふと川瀬が思い出したように言った。
「そういや、今年から女性の志願兵が取られたって話知ってるか」
「眉唾かと思ってたが、もしかしてそれって空軍に配属するためにとったのかも知れんな」
前に新聞やらで見た記憶がある。どうせ近衛の人員を増やすためだろうと思っていたが、ここまで女性下士官が多いとなると、空軍にほとんどが流れ込んでくるとみて間違いないだろう。
「龍に乗るには体が軽いほうがいいとはいうものの、女ってどうなんだよ」
大賀はさらに憂鬱になっていた。
「それともうひとつ、素敵な情報だ」
得意げに目の前で指を振って見せる。その指を払いのけて続きを促す。
「空軍司令は女だぜ」
大賀は膝から崩れ落ちた。
空軍のなかで最も龍の扱いに長けているもの。それは間違いなく自分だという自負があった。幼い頃より龍の背に乗り、大地を駆け回ったこともある。陸軍に入ってからは、龍にかかわる職務に就きたいと考え、士官学校を卒業後、その夢叶いまず軍龍――軍に使用される龍、軍馬のようなもの――の調教や管理にあたった。その後、201連隊に転属し、そこで偵察や対地攻撃を行う龍騎士の小隊長を務めた。
そんな自分が龍騎士の教育に当たることはなんら不思議なことはない。大賀はそう思っていた。
「教官殿、よろしくお願いします」
相手が女性でなければ、の話しだが。
「あー、まず速見軍曹」
「はい」
「君たち龍騎士候補の教育及び訓練は、兵が到着してから同時に行う。つまりあと一月程は身辺整理や空軍創立にあたっての事務処理をしたまえ」
司令官が女性であるとの驚愕の事実を知った大賀は、空軍第一大隊本部、といっても急造のあばら家の前にある切り株に腰をかけてたそがれていたところ、糞真面目軍曹に捕まって、龍の乗り方を教えてほしいと頼まれたのである。
親睦会の後、士官にはそれぞれ役職が与えられ、大賀は龍騎士候補生の訓練を担当することになった。
「はい、しかし、下士官は常に兵の見本となるべき存在であります。それが兵と一緒に教育を受けるとなると、兵の下士官に対する感情を考慮すると、これは無視できないものであると考えます」
速見軍曹はめんどくさかった。
「軍曹、そういったことを考える兵を戒めるのは私の役目だ。それとも君は私にその能力がないといっているのか」
少々キツい言い方をしたが、これならこの石頭も引くであろうと考えた。
「はい、私は決して教官殿の能力を疑っているわけではありません。ですが、私は下士官として、兵の見本として常に向上する姿勢を示さなければなりません。業務の合間でもかまいません、何卒、私に龍騎士の基礎を教授ください」
その姿勢を見せるべき相手が今はいないのだが。
「わかった、だが今は君の龍騎士の戦闘服も届いていない。安全面を考慮すれば戦闘服なしで龍に乗るのは危険だ。よって戦闘服が届き次第、通常より1時間早く起床し、訓練に当てることとする。許可は私のほうでとっておく。君の戦闘服が届いたら私に知らせろ」
結局、30分ばかし速見軍曹とやりあった結果、大賀が折れた。最初から龍に乗るわけでないので戦闘服はいらないのだが、大賀にも心を整理する時間が必要なのであった。
「はい!ありがとうございます!」
速見は満面の笑みで返答し、兵舎へと走りだし、数十メートル進んだところで振り返りると、
「ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします!」
と元気いっぱい叫んだ。周囲を歩いていた下士官やらが何事かとこちらを見ていた。
「何だったんだあいつは」
大賀はさらに疲れた様子でその後姿を見送った。
「しかしあいつ、あんな顔できるんだな。笑うと結構かわいいじゃないか」
そんなことを呟き、急に恥ずかしくなって再び切り株に腰を下ろすのであった。