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第一話 空軍編成

 秋である。夏の強い日差しは影を潜め、今では木々がその枝に纏った葉を地面へと落とし、さわやかな風がこの広い土地を吹き抜けている。

「まさかとは思ったが、そのまさかだったな」

 真新しい制服に身を包み、どことなく不安そうな雰囲気をした男が、傍らに立つ男に話しかけた。

「空軍と聞いた時からなんとなくそんな気はしていた」

 憮然とした態度を隠そうともしないまま、その男は答えた。

 彼は、名を大賀正輝という。三月ほど前、空軍新編成の知らせを受け、その数週間後に空軍への編入が決定されたという書簡を受け取った。

 大賀は、新たに空軍士官用に仕立てられた軍帽と制服を身に着けている。身の丈は軍人としてはそう高くはないが、日々の訓練の賜物か体は引き締まり短く刈り上げた黒髪と、意志の強そうな瞳が彼の人格を物語っている。彼は今年で26歳だ。空軍の新編成にあたり、少尉から中尉へと昇進が決定したため、肩には星がひとつ増えている。

 大賀の隣に立つ男は、彼の同期生であり同じく空軍に編入された三木という男だ。大賀よりこぶしひとつ分大きなその体は、若干の脂肪を蓄えている。眉が太く、丸顔であるため、大賀より2,3歳は若く見られるが実際には同年齢である。

 今、彼らは空軍編成にともなう龍国軍各幕僚の挨拶を同じく哀れにも陸海軍から空軍へ編入された士官と共に肩を並べている。

 あと一週間もすれば新たに陸海軍から下士官が着任し、さらにその一月後には新たに兵が着任することになっている。兵は士官、下士官とは違い、新たに徴兵、あるいは志願してくる者が編入される。兵はおよそ半年間軍人としての基礎を学び、その後に陸海のどちらかの軍に配属され、再び半年間の訓練を終え、ようやく2等兵から1等兵へと昇進するのだ。陸海どちらを希望しても、成績が優秀な順から希望が通るため、陸を希望しても海に配属されることもあるし、逆もまた然り。それが今回は空も配属先に加わる。が、そもその空軍自体がつい先日出来上がったばかりである。人員もまだ編入される兵を足しても1個大隊、つまり千人に満たない定員でしかない。

 空軍は、この龍国である所以である龍を中心に据えた軍である。陸軍第201連隊の一部で運用されていた龍騎士と呼ばれる存在、龍に跨り、空より陸上部隊に対し偵察、攻撃を加えることを主とした部隊である。

 大賀は、その龍を運用する小隊長としての腕を買われての編入された。空軍新編成を所属する連隊の大佐が発表したときは「出向」という言い方をとっていたが、どうやら陸軍に戻れることはないようだ。

 新たに空軍の幕僚となった者は、王族の縁者のようだった。

「おい三木、空軍司令が空席だぞ」

 ふと、空軍幕僚の隣席に誰もいないことを目に留めた大賀は隣の同期へと水を向けた。

「だからなんだよ、あぁ、早く終わらないかな」

 体を小刻みに揺らしながら三木は言った。この男は、自尊心は高いが同時に小心であるため、このような式典の際には必ずといっていいほど腹を下す。なぜ士官を志したのかは不明だが、軍人としての能力は大賀より劣る。彼の階級が少尉のままであることもそれを物語っている。

 お偉いさん話が進むにつれ、空軍司令――どうやら大隊長でしかないらしいが――は近衛兵であるらしい、ということがわかった。

「空軍司令は王族か、市井の出である軍人の出世街道になるかと思ったが、そうもいかないらしいな」

 大賀は再び三木に話しかけたが、どうやら三木は青い顔をしているためそれどころではないらしい。

 国王に挨拶をしているため、今回は欠席ということらしい。

 無駄に長い式典が終わり、場所をホテルに移した空軍士官は、親睦会という名の飲み会に向かった。

「名誉ある龍国軍の歴史の中で、新たに空軍という組織が編成されるにあたり、陸海軍の優秀な士官である君たちの今後の活躍を記念して、乾杯!」

 幕僚や新聞記者がいないため、現状空軍での階級上位者である少佐の音頭とともに、新生空軍の親睦会は始まった。

「よう、久しぶりだなお前ら」

 グラスに注がれた酒を飲み干し、士官らはそれぞれに親睦を深める中、大賀と三木に声をかけていた男があった。

「川瀬か、士官学校以来だな」

 川瀬、という男は、大賀と三木の兵学校での同期である。大賀と三木は幼年兵学校からの同期であるが、川瀬は士官学校からの、いわば外様と呼ばれる存在である。15の歳から軍にいた大賀と三木とは違い、18で軍に入った川瀬は、外の世界の遊びに詳しく、世話になったものだった。色黒で、三木よりよっぽど士官らしい士官であった。

「お前、補給だろ?よく選ばれたな」

 三木は川瀬の肩を一瞥し、自分と同じ階級であることに安堵したようだった。

「へっ、自分から名乗り出たのさ。陸にいたんじゃあ俺の昇進は望めねぇからな」

 川瀬は士官学校時代から問題の多い男だった。実技は抜群だが、座学はからっきし。今はどこぞで大隊付をやっている安嶋とは正反対である。

「確かにお前は前線にいた方がいいだろうな。兵站の緻密な計算をできるとは思えない」

「まったくその通りだぜ、いくら成績が悪いからって慣れない仕事で干すことはないだろ」

「お前が上官の娘に手を出すのが悪い、銃殺されなかっただけありがたいと思えよ」

 三木は自分の適性などお構いなしに川瀬と軽口をたたいている。

「お互いに愛し合ってるんだ、親の言うことなんざ関係ないさ」

 川瀬はそういう男だった。

 大賀はあたりを見回すと、やはり旧陸海軍のグループに分かれている。このあたりはやはり一朝一夕でどうにかなるものではないだろう。大賀も特に自分から旧海軍の士官と交流を持つ気はなかった。いずれ仕事をするうちになんとかなるであろうという、楽観的な考えである。

 明日からは、士官の配属が決まり、一月もすれば新兵どもの教育になる。いよいよもって龍国空軍の歴史が始まるのだ。

 大賀は、そのためにも今日は飲みすぎないことを胸に誓うのだった。

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