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花と人と矛と盾と

作者: 遊楽 逍遥

短いですがどうぞお楽しみください。

此処は田舎の町はずれ。広い草原です。

透き通るような日差しの中、草木も歌うように涼快たる風へその身を委ねています。

そんなある日です。

一つの種が芽吹きました。

周りの彼らも、新たな生を祝福するかのようにそより、そよりとなびきます。

やがて、芽はおひさまの光を浴びて若葉となり、

幹もたくましく育ってゆきます。

幸福で――

平和で――

ただ若草色の風だけが吹き渡っていました。

そして。

すくすくと育った彼は蕾を宿して、

おおきく、おおきく膨らんでいきました。

――もう少しかな?

周りも興奮してざわざわと揺れ動きます。

そんな、ときでした。

突然くろいくもが、

もくもくと――

もくもくと――――

もくもくと――――――

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。



「そんな田舎の土地を、ですか?」

「ああ、上でもうまとまったことらしい。俺たち下請けに出来ることは、指示どおりに動くことだけだ。そうだろ?」

「その通りです」

俺はうなずいた。確かに社長の言う通りだ。そしてまた、かくいう俺も形こそ違えど社長の下請けである。

指示どおりに動くこと。それだけだ。



緑と黒。

今、俺が眺めている景色の全て。

だだっ広いこの草原を住宅地に変えてしまうらしい。草花を刈り取り、コンクリートを敷いて。

そのため、俺は大きな機械に揺らされているわけだ。

咥えていた煙草を手に取り、大きく息を吐き出す。煙が後ろに流れる。

――そよ。

若草色の風が俺の鼻腔をくすぐった。

「……」

しばらく煙草とにらめっこ。

「……」

負けた。

妙な罪悪感に肺が詰まったような気がする。煙草がおいしくない。

そんなとりとめもないことをぽつりと思考していた。

そんな時。

眼の端が、何か白く光るものを捉えた。俺が乗る巨大な車の進路上にて。

そいつは徐々に大きくなる。

「……!」

いのちのかがやき。

とでも表現すべきだろうか。

サイズは決して大きくない。

しかし、すらりと瑞々しくたくましい肢体と、太陽にも劣らぬ煌めきを蕾に内包し、今にも解き放とうとしている――


花。


もうはっきりと視認できる距離まで来た。――刹那。驚くべきことが起こった。

突如、ものすごい圧力を持つ風が吹きつけてきたのだ。

まるでドッジボールをぶつけられた時のよう。

指で緩く挟んでいた煙草は彼方へ吹き飛ばされていく。

思考が空白した。


白。


白?


白!


――花!


意識が澄明になった頃にはすでに停車できない位置にまで来てしまっていた――。



最近少ししつこくなってきた顎髭に手をやる。

俺はモダンなレンガで舗装された道を歩いていた。

若草色の風は吹いてこない。

以前は緑一色にして、広大な土地であったにも拘らず、今は見渡す限り街路樹と、各軒先に鎮座している申し訳程度の花壇しか自然な色は見受けられなかった。

あれから数年たった。

辺境にしか見えなかったここも、今ではすっかり見違えた。

都心へ乗り換えなしで行ける電車の駅が近くに出来たことによって。

煙草を取り出して、口に結び付けながら視線を転がす。――と。

「ねぇパパ、ママ! きいて!」

一人の小さな女の子と、ひと組の大人がいる。家族が玄関先で団欒のひとときを過ごしているようだ。俺は見るともなしにその様子を眺める。

その小さな女の子は両手を握り締め、嬉しさをほっぺたにちりばめて、


「わたしね、この花壇いーっぱいにおはなを咲かせたいのっ!」


と言ったのだ。

思わず煙草を落としてしまった。

口元が歪みそうになるのを堪える。

微妙にあいた口の隙間に新しい煙草を急いで突っ込む。あ、また一本落とした。

煙草を奥歯で噛みしめ、いつものように手に取ると、長く息を吐き出す。

あれ、火点けてねえや。

何となく点火するのが面倒なので、再び口にくわえて放置する。


ああ、なんて矛盾だろう。


口元に目を遣る。

そこには若草色の煙をくゆらす火のない煙草が一本。

「……」

視線の先に家族は消え。

口角のこわばりもきれいに無くなっていた。


お読みいただき有難うございました。

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