第90話:オークション2
2015/4/5 一部修正
それは、最後にやって来た。
「これで、目録全ての競売が終了しましたが……今回の参加者の皆様は実に運がいい!」
司会の男が興奮気味に声を上げる。何事かと注視する者もいれば、これからが本番だという雰囲気を纏った者もいる。参加者の一部には伝わってるようだな。秘匿しておかなくちゃならない情報じゃないからいいんだけども。
「本来なら目録に掲載されている物だけが競売に掛けられるものですが、ここドラードにおいては、突然の出品追加が決して珍しいことではないのは皆様ご承知のとおり!」
普通のオークションはあらかじめ何を出品するかを全て公表するんだそうだ。それを見て、欲しい物があれば参加するわけだが、ジャンルを無視したドラードのごった煮オークションに限って言えばそうではないらしい。いわゆるサプライズ出品枠というものが存在することがあるのだ。そこに森絹を入れてもらった。
「それではご覧いただきましょう! こちらです!」
持ち込まれた白布が取り払われると、その下から出てきたのは七色の光沢を持つ絹。俺が出品した森絹だ。おぉ、遠くからでも綺麗だな。あれでドレスとか作ったら、さぞ人の目を引くだろう。
会場内が感嘆の声で満たされた。悲鳴に近い声すら聞こえる。特にご婦人方の食いつきはすごいな。よしよし。
「これが何であるのか、目の肥えた皆様には既にお分かりでしょう! 森絹です! ここしばらくファルーラ王国内では流通していませんでしたが、今回の競売に持ち込んでくださった方がいらっしゃいました!」
司会者の目がこちらを見た。続いて参加者達の――何だその目はっ!? 悪く言えば欲にまみれた、飢えた獣みたいな目。そして、何て物を出品してくれたと言わんばかりの恨めしそうな目。怖い! 下手な魔獣よりも怖いっ!
「本来ならば、日を改めて宣伝の上で競売する方がよい逸品です! 事実、我々もそう進言したのですが、出品者の意向により、今回の出品となりました!」
今回は見合わせて然るべき時に出品する方が、目当ての参加者が集まるし盛り上がるのは間違いない。事前に何度もそう言われた。が、敢えて今回の出品にしたのには理由がある。
「それでは森絹に関しましての条件を申し上げます!」
ここのオークション、落札条件に金額以外のものを指定できるのだ。単に金を積むだけではなく、特定の条件をつけることができる。他の競売にはない、ここだけの特殊なルールらしい。
「1つ! 落札者は、出品者が指定する職人に森絹を使った服を注文すること! 縫製費は落札者負担とする!」
言うまでもなく、指定する職人というのはシザー達のことだ。あとこれは、転売を避けるためでもある。あの量だと1着仕立てても半分以上残るだろうから、それらは自由にしてもらって構わないが。
「頑張れよ、シザー」
司会者の言葉の後で、シザーにそう言ってやる。絶句したシザーがこちらを見るが、俺は会場を見たままで次の言葉を待つ。
「1つ! 落札額の支払い期限を30日後までとする!」
オークションの代金は即金払いがこちらの常らしいが、それを延期した。予定外の出品だったので手持ちの金が足りない参加者はいるだろうし、それを不満に思う人も出るだろうしな。それにしたって本人の財力が許す限りではあるんだが。
あ、さっきの恨めしそうな視線が感謝の視線に変わったな。やっぱり手持ちが足りない人達だったか。
「1つ! 万が一にも不調に終わった場合は、再度の出品はしない! 直接交渉にも一切応じないとのことでした! まさに今回限りの大放出です! 質問のある方はどうぞ!」
特に質問はなさそうだ。既に参加者は臨戦態勢――と、1人が挙手したな。
「出品者が指定する職人というのはどこの誰なのだ?」
「ツヴァンドに店を構える、出品者と懇意にしている異邦人です。異邦人というと彼ら独特の感性の服を作ることで知られていますが、こちらの注文に応じることができるだけの実力はあると聞いています」
ふむ、あの質問した人は、純粋に落札後に作る服の出来が気になるみたいだな。そりゃそうか。どこの誰とも知れない無名の職人に森絹を扱わせることには抵抗があるよな。
「シザー。サンプル、今、出せるか? こっちの世界のドレス、作ったことあるんだろ?」
だったら話は早い。シザー達の作品を直接見せてやればいい。
「それはできるが、ここまでしてもらって本当にいいのかね? フィスト氏のメリットがあまりにも少ないと思うのだが。普通に競売にかけた方が実入りがいいだろうに」
何やらシザーが恐縮してるが、別にシザー達のためだけにしてるわけじゃないんだ。こっちはこっちで思うところがある。
「そのまま競売にかけて転売されるのも何かモヤモヤするし。森絹の価値を把握しときたいってのもあるから、別に気にしないでいいぞ」
シザー達の腕の売り込みだって、自分に繋がる部分があるのだ。シザー達が得るであろうコネは当然として、腕利きの職人を紹介した俺とのコネだ。それに剥製の件と合わせて、獲物の取引のコネ等ができればなとも考えてるし。金持ちなら美味い物、たくさん食ってるだろうしさ。美食情報はいつでもウェルカムなのですよ。
「さて、それじゃ行きますかね」
この場でシザーを紹介するべく、俺は司会者に向けて手を振った。
シザーの紹介は問題なく済んだ。というか、参加者の中に偶然シザーの顧客が混じっていたのだ。その人が問題ないと発言したこと、それから実際にシザーの作品をスクショ等で見てもらったことで、他の参加者達の不安も解消されたようだ。
で、そうなったら後は戦争なわけだが。
開始額は10万ペディアからだった。いくら最上級の絹だからってそれでも破格だろうに、5万単位で上がっていった。そして今現在、80万ペディアを超えている。800万円超えですよ……嘘だろ?
「100万!」
「110万!」
そして上がり幅が10万単位に移行した。どこにそれだけの金があるんだろうかと言わんばかりの金額だ。いくら稀少品だからってここまで上がるのか。今回のオークションで一番高値がついたのが、高名な職人が作った宝飾品で300万くらいだったけど、まさかそこまで上がったりしないだろうな?
「180万!」
「180万です! 他にありませんか!?」
さすがにこれ以上の声が上がることはなかった。でも恐ろしい話だな。条件つけてこれだ。場所を選んだオークションだったら幾らになったんだろう。
「ありませんね!? では! 森絹は31番様が180万ペディアで落札です!」
終了を告げるベルが鳴らされた。落札者らしい若い男が隣の若い女性と抱き合って喜んでいるのが見えた。金持ちの若夫婦、かな。注文の品はあの女性が着る物になるんだろう。
「ここ十数年ほど供給がなかったとはいえ、ここの競売でこの値になるとはな」
「思った以上の値になりましたね。一般人に手が出るものではないですな」
ヨルグさんが大きく吐いて言った。シザーも呆れたように下を眺めている。でもお前さんは、これからあれの縫製が待ってるんだからな?
「手数料の1割を引かれて、手元に162万入ってくるわけか」
これだけあれば、今までの貯金と合わせて土地建物も買えるんじゃないか? 場所の候補はまだないが、夢に向かって確実に一歩進んだかな。
興奮冷めやらぬ会場を一瞥して、その場を動く。いやはや、すごい世界だったな。恐らく二度とこの場に来ることはないだろうけど。多額の現金が飛び交う戦場なんて、俺の居場所じゃない。まぁ、社会勉強ってことで。
おっと、森絹を回収しておかないと。引き渡しは金をもらってからだからな。あと、落札者と話もしとかないと。
「シザー、これから落札者と会う。同席できるか?」
「うむ、大丈夫だ。フィスト氏には何と礼を言っていいか」
「装備関係で十分に便宜を図ってもらってるんだ。素材も高めに買い取ってもらってるし、これからも変わらない付き合いをしてくれれば十分だよ」
こっちの思惑と噛み合ってのことなんだから、あんまり恩に着せる気はないんだが、シザーの立場としてはそうもいかないんだろうな。ま、それは今後の課題として、今やるべきことをやろう。
代金は近日中に狩猟ギルドへ預けてもらえることになった。森絹はシザーに渡してある。後は彼が注文を受け、服を仕立てた後は余りを落札者へ渡す。注文に関しての打ち合わせは今も続いている。そちらは俺に関わる余地がないことなので、後は任せて帰ることにしたんだが。
「よろしいですかな?」
声を掛けてくる男がいた。年齢は40代くらいだろうか。恰幅のいい、というか肥満気味の男だ。頭部は半分くらい後退している。服は多分上質のものなんだろうが、装飾過多というか、いかにも成金ですといった感じで、指には宝石の付いた指輪をいくつも嵌めている。人当たりのいい表情をしてるだけに、恰好が残念な気がする。
「何でしょうか?」
「いえ、先程の競売のことでお話が。最後に出品された森絹。あれの出品者は貴方で間違いないですかな?」
「ええ、そうですが。あなたは?」
「おお、失礼しました。私はドラードに商会を構えておりますデトレフ・ブローベルと申します」
何だろう。いい話にはなりそうにないな。先手を打っておくか。
「先に申し上げておきますが、森絹に関する交渉には一切応じる気はありませんよ?」
「いやいや、それは先程の競売の時に仰っていたので承知しておりますとも。ただお聞きしたいことがあっただけで。ですが……今の口ぶりですと、先程出品した物だけ、というわけではないようですな?」
デトレフと名乗った商人は、そう言って笑った。しまった。あれしかない、と言うべきだったか。
「いやいや、そういう意味ではなく。森絹に関する質問の一切に答えるつもりはないと言ったのですよ。交渉などと言ったせいで誤解を与えてしまったようで、申し訳ありません」
とりあえずこれで誤魔化そう。まだ持ってる、なんて正直に言ったら、厄介事になりそうだ。
「そうですか、それは残念ですな。質問の一切、と言われてしまうと、何も聞けなくなってしまいました。ただ、森絹の出所が気になったものでしてな。ただでさえ森絹はエルフ達が売りに出さない限りは人族の目に触れませんから。しかも出品者が人族ではないとなると、余計に興味が湧いたのですよ」
ふむ。今の言い方だと、エルフ達に頼んで作ってもらったりって事はないわけか。本当にエルフ達が持ち込んだ時だけしか入手できないんだな。そして、人族が出品者じゃないのが珍しいって事は、エルフ達は競売には持ち込んでないってことだ。エルフから人族が買い取り、それを競売に出してるんだろう。大金を必要としてるわけじゃないだろうけど、今度からは狩猟ギルド経由でオークションに出すようにザクリス達に伝えることにしよう。次があるのかどうかは分からないけど。
「ですが……1つ、忠告を」
す、と目を細めてデトレフさんが言った。
「それ自体が目的であったならば的外れになるのですが、森絹の出品者として姿を見せたのは軽率だったかと。直接交渉に応じない、と言ったところで、食いついてくる者は出てきます。現に、取引云々は別にして、私のような者が貴方に接触している」
「なるほど。いや、確かに軽率でした。決して目立ちたかったわけではないので」
オークションの空気を知りたかったというのもあるが、あそこまで出品者アピールがあると知ってれば、少なくとも姿を隠しての見学という手段もとれただろうしな。森絹の時だけ離席しておくという手もあったわけだし。
「では、私はこれで」
頭を下げ、デトレフさんは去って行った。ふむ、森絹の件でもっと突っ込んでくると思ったけど杞憂だったか。単に忠告してくれただけみたいだ。
でもまあ、しばらくは身辺に気をつけるようにしようか。もっとも、俺を直接狙ってきたところで、ストレージ内に保管してる森絹をどうこうするのは無理だけどな。
他の参加者達に目を付けられる前に立ち去ろう。
早足に建物の外に向かい、入口から踏み出したところで、
「フィスト様」
名指しで呼び止められた。入口横に立っていたのは細身の中年男性。整髪料らしきもので整えられた茶髪と口髭。使用人風の恰好だけど質の良さそうな服を着ている。当然、俺はその人を知らない。
一礼する所作も品があるというか、これで恰好がアレだったら、まんま俺達がサブカルでイメージする執事だな。
「ブラオゼー家にお仕えしております、ヘルマンと申します。突然で恐縮ですが、この後、お時間がございますでしょうか?」
ヘルマンと名乗った男性の口から出た家名には聞き覚えがあった。アインファスト防衛戦の時に助ける形になった、アルフォンスという騎士の家名だ。そして、俺がドラードへ来て訪ねる予定だった家でもある。
急な話ではあるが、いい機会ではある。ついつい魚釣りに熱中してしまって後回しにしてたが、いつまでも放置ってわけにもいかんしな。今回会って片付くならそれが手っ取り早い。
「そちらが問題ないのでしたら、構いません。案内してもらえますか?」
「それではこちらへ」
再び一礼し、ヘルマンさんが歩きだす。それに俺は続いた。