第89話:オークション1
2015/3/22 一部修正
アップデートまであと少しだというのに、仕様変更が告知された。【空間収納】に関することだ。
【空間収納】は魔力を常時消費し続けることで空間を維持するという設定になっている。実質、【空間収納】を使い続ける限りは最大MPが減ることになるわけだ。といっても、たったの1なんだけどな。これがプレイヤーのMP消費に応じて収納容量が増やせるようになった。
現時点でデフォルトの収納限界を超えているプレイヤーはいないそうだが、アップデートまでにデフォルトの容量を超えていた場合は、プレイヤーの意志に関係なくMPが消費されて空間が維持されるということだ。ちなみに、MPを限界までつぎ込んだ上で限界を超えた場合、収納していた物が周囲にぶちまけられるとのこと。
あと、ストレージ系アイテム及び【空間収納】に共通した変更もあった。収納物保護機能の切り替えができるようになった。
時間が止まったように中の物が劣化したり腐ったりしない、いくらでも入るという、ラノベ等でお馴染みの機能のストレージ系アイテムだが、GAOの大半のそれらには収納物保護機能が存在しない。そして、重量制限もあったりする。重量制限が許す限り、収納限界数まで入るという仕様が普通なのだ。
実はその辺りの制限が、同じストレージ系アイテムを使っていても、プレイヤーにはない。保護機能と重量制限無効は、プレイヤー限定の特別措置なのだ。そういった機能が備わっていて、収納限界数もより多くなったストレージ系アイテムも存在はするのだが、お値段はすさまじい。収納限界数が同じでそれら機能があるバッグが、確か百万ペディアだったか。収納限界が増えるともっと高くなる。いや、食べ物を腐らせることなく永久保存できる収納だ。リアルに考えてみたら安いと言えるのかもだけど。
で、話を戻して、その保護機能の切り替え。それだけだと何の意味があるのかという話だ。そんなもん要らん、というプレイヤーがほとんどだろう。が、それを歓迎する人達もいる。生産職だ。特に料理人というか、食材の加工や製造をするプレイヤーだな。どこか安全な場所を確保してでないとできなかった発酵やら熟成やらをストレージの中でできるようになりそうだからだ。内部の温度とかその辺がどうなってるのか分からないが、それはやってみてから、だな。
仕様変更はアップデートと同時だ。今のところ、俺の【空間収納】については十分余裕はある。ただ、これから確保する食材が増えてくると、いずれ拡張しなきゃいけなくなるかもしれない。大物を仕留めた時とか、どうするかね。整理整頓が大事になってくるだろう。
ログイン89回目。
オークション当日ということで、俺は会場に来ていた。クインを連れてくると、オークションという場所柄、ろくなことになりそうになかったので自由に動いてもらっている。ドラードに来てから俺が釣りばっかりしてたからか、森に繰り出したようだ。
会場はドラード市街地にある、石造りの結構大きな建物だ。いかにも良い身なりをした連中が次々と建物に入っていく。それもほとんどが馬車でやって来てる連中だ。俺もあの中に入るのか。場違いにも程があるなぁ。入ってみたいなんて言うんじゃなかったか……
「おい、フィスト。何をボーッと突っ立っているんだ?」
会場を眺めていると、声を掛けられた。そちらを見ると、40代前半くらいの銀髪の紳士が立っている。ドラードの狩猟ギルドのマスター、ヨルグさんだ。
「意外とそういう装いも似合うのだな」
ヨルグさんは俺をジロジロと見て言った。そういう装いというのは、今俺が着ている服のことだ。オークション会場にはドレスコードがあるわけじゃないんだが、武装しての入場は禁止されているし、あまりに庶民的な服装も場違いだということで、ある程度の恰好で来るのが普通らしい。で、基本冒険者な俺が、オシャレなんてできるわけもなく。現実のようなスーツもないわけで。仕方なく、本当に仕方なく、以前スティッチから押しつけられた服の1つを着ている。何かのゲームの騎士の制服らしいがよく知らない。装飾も過剰って程じゃないし、動きやすさを阻害しないから選んだ。ヨルグさんの駄目出しがないから、これで大丈夫なんだろう。
「自分じゃ浮いてると思ってるんですけどね。後は装備がないのが落ち着かなくて」
「なぁに、参加者ではないし、普段着以上だったらそれ程うるさく言われないさ。それに中はちゃんと警備がいるから心配は要らない。第一、帯剣してなくても、お前にはそれがあるだろう」
ヨルグさんが俺の拳を指差す。確かに俺の武器は拳や脚だ。それにヨルグさんには見えないが、服の下には【翠精樹の蔦衣】を展開してある。非武装の一般人を装った状態でも十分戦える……って何か俺っていつの間にか暗殺者スタイルになってるような……?
「ここにいても始まらない。中に入るぞ」
俺の肩を叩いてヨルグさんは建物に向かって歩いて行った。
会場内部はまるでダンスホールのような造りだった。というか、ダンスホールを会場にしてるんだろうな。椅子だけじゃなくテーブルも並べられていて、まるで何かのパーティー会場のようにも見える。いかにも金持ちなオーラを放った人達が多く、あちこちで軽食をつまんだり酒を飲んだりしながら談笑している。正面には舞台と演壇が設けられていて、あそこで司会者がオークションの進行をするんだろう。
で、俺がどこにいるかというと、会場ではなくて2階にいたりする。ほら、学校の体育館の2階に、窓に沿って備え付けられてる通路みたいなのがあったろ? あそこみたいなのがここにもあって、そこにいるわけだ。あ、入口はちゃんと2階からここに出るドアがある。梯子で登ったりはしない。
ここはオークションに参加しない人だけがいる。オークションの出品者、その他関係者達の控える場所になっているわけだ。椅子が用意されてるわけでもなく、軽食も出ない。本当に見学だけのための場所だ。まぁいいけど。
「結構な数だな」
「ドラードの金持ち連中だけじゃなく、他の街からも人が来るからな。それに今回の出展物は、取り扱う物が限定されていないから、余計に多く見えるのだろう」
参加者を見ながら呟くと、ヨルグさんが説明してくれた。そういやアインファストやツヴァンドでオークションを開催するって話は聞いたことないな。
「普段は限定的なんですか?」
「宝飾品だけ、美術品だけの場合が多い。狩猟ギルドが絡むのは美術品関係だな。お前が今回出品する剥製、珊瑚や真珠といった海で取れる宝石類だ。稀に稀少素材や食材を出す場合もある」
ほう、食材のオークションとな? 興味があります。でもそれはまたの機会だ。
「で、今日の剥製、どれくらいの値が付くと思います?」
「あの大きさのファルーラ鹿は見たことがないから何とも言えんな。ファルーラ鹿でなければ、あの大きさ以上の物もあるんだが……10万には届くのではないか?」
ふむ。鹿の首1つで10万なら、加工賃と手数料を差し引いても結構な儲けだよな。
「おや、フィスト氏ではないかね。君の品が出されるのも今日だったか」
などと考えていると、横から意外な人物の声が掛かった。ツヴァンドで店を営んでいるはずのシザーがそこにいる。店での作業用の服装じゃなく、正装というかよそ行きの服だな。
「どうしてこんな所に?」
「ドラードに来る用事があったので、今後のために様子見をしておこうかと思ったのだよ」
「様子見?」
「うむ。ここのオークション、自分の作品の持ち込みもできるようなのでな。審査はあるようだが、次の時に宣伝を兼ねて1つ出品してみようかと」
そういうことか。でも、シザーって防具屋だろ? 何を出品するつもりだ?
「鎧でも作ってみようと思っているのだがね。美術品として通用しそうな物を」
「装飾とかでゴテゴテ飾った儀礼用みたいなのか?」
「現時点では、某特撮の、黄金の鎧をそのまま作ってみようかと考えている」
何それ、超欲しい。将来、家を作ったら飾っておきたい。もちろん剣付きで。
「フィスト氏は【魔導研】がゴーレム馬を作っているのを知っているかね?」
「ああ、聞いたことはある……ってまさか、そのゴーレム馬って」
「それの外装を依頼されていてな。で、黄金の馬にしていいかと聞いたら、いっそのこと騎乗者の鎧も作ってくれ、というわけなのだ。量産の暁には、【風林火山】に協力要請をして、一斉に荒野を駆けてもらおうという計画もある」
「そりゃまた、ロマン溢れる話だな。やる時は是非、声を掛けてくれ。この目で見たい」
「フィスト、そちらの方は?」
ヨルグさんがシザーを見ながら聞いてきた。おっと、すっかり放置してしまっていた。
「ツヴァンドで防具店を営んでいる、俺と同じ異邦人のシザーです。俺の防具も彼の作品です。シザー、こちら、ドラードの狩猟ギルドマスターのヨルグさんだ」
「ほお、あれを作ったのが君か。腕の立つ職人なのだな」
「いえ、上質の素材を持ち込んでくれる頼もしい友人がいてこその、あの作品です」
そう言ってシザーが俺を見る。
「海が近いドラードですので、そちらに浮気する可能性が高いですが、彼の活動によってギルドにもたらされるものは大きいと思います」
「うむ。アインファストやツヴァンドでも結構な貢献をしてくれているようで、それは私も期待しているところだ」
などと言いつつヨルグさんも俺を見た。ううむ、だったらそれに応えなくてはならないな。
「ツヴァンドで調達できない素材があれば声を掛けてくれ。港町であるから、他国から入ってくる物も多い」
「それは興味がありますね。よろしければこの後にでも、どのような物を扱っているかお邪魔しても?」
「うむ。私は別の用があるので同行できないが、一筆したためておこう」
シザーとヨルグさんの会話が商談っぽくなってきたな。でも、シザーにとっては悪い話じゃないし、ヨルグさんにしても顧客が増えるのはいいことか。
「ところでシザー、今日は奥さんはどうした?」
話が一区切りついたところでシザーに尋ねる。スティッチは留守番だろうか?
「家内は夜華通りの店にな」
シザーの口から出たのは意外な言葉だった。夜華通り。アインファストで言うところの蜂蜜街みたいな場所のことだ。つまり、色街、娼館街。
「以前言ってた営業って、ドラードのことだったのか?」
「いや、他の街にも行っている。今日は受注していた商品の納品だ」
「そうか。しかし嫁さん独りで色街に行かせるのはどうなんだ」
あの手の場所は、あまり治安がよろしくないことが多い。蜂蜜街だってガラの悪いのがうろうろしてたんだ。心配じゃないんだろうか?
「なに、冒険者装備で出向いているし、システムもあるのでな。第一、プレイヤーの能力的にはチンピラ程度に負けはせぬよ」
ああ、そういやそうだったか。性的な行為が可能なGAOでは、女性プレイヤーが致命的な被害に遭わないよう、システムで保護が掛かってたっけ。接触時間の設定とか色々と微調整ができるらしいが、一番ガチガチのだと触っただけでも発動するらしく、物理的に手が弾かれたりするそうだ。
でもそれだと日常生活にも支障が出るレベルだから、そこまでしてるプレイヤーはごく稀だろうな。触れないというのはデメリットもあるし。崖から落ちそうな女性プレイヤーを助けようとしたら、システムのせいで突き落としてしまったなんて笑えない話もあるし、男性呪符魔術師が女性プレイヤーに呪符を貼ることができなかったとも聞く。
ちなみにこれ、女性プレイヤーがシステムを悪用した場合は処罰対象だったりする。これ使うと、一方的に男性プレイヤーを害することができるからだ。
「さて、そろそろ始まるぞ」
階下を見ながらヨルグさんが言う。演壇に司会者らしい人が歩いて行くのが見えた。さて、どうなるか。
リアルのオークションがどう進行するのかはよく知らないが、こっちのそれは俺が想像してたものと大差はなかった。
まず、諸注意が説明される。多分常連には今更な事なんだろうけど。で、始まると品物が前に出されてそれに関する説明がなされ、質問を受け付けた後で、基準額が示されて競売スタートだ。こういうのって、とにかく1ペディアでも大きな金額を言えばいいのかと思ってたんだが、上げ幅にも最低限の額が設定されてるんだな。設定は物によっても違うようで、大体千ペディアから10万ペディアくらいのようだ。確かに1ペディア単位で競り合ってもせこいとしか思えないけど。
で、決着するとハンマーで叩くんじゃなく、ベルみたいなのを鳴らす。商店街の福引きとかで見るアレそっくりなので、初めて見た時は笑いそうになった。そうそう、参加者は名前ではなく、番号で呼ばれる。恐らく大半は顔見知りなんだろうけどな。
オークションは順調に進んでいく。競り落とした人の嬉しそうな顔、負けた人の悔しそうな顔。他人事だからか、一喜一憂する様も見てて面白い。とにかく熱気がすごかった。
「さて、次の物件はこちらです!」
どこかの通販の社長みたいなテンションで司会者が告げ、白い布に覆われた物が会場に運び込まれた。お、ようやくか。
布が取り払われると、その下からはファルーラ鹿の頭部の剥製が現れた。俺が狩った鹿だ。おお、とどよめきが広がっていく。
「さて、競売品の目録にはファルーラ鹿の頭部剥製、とだけでしたが、どうですか皆様!? 別種の鹿でなら存在しないわけではありませんが、ファルーラ鹿でこの大きさ! アインファスト北部の森で、出品者である異邦人が自らの拳で狩ったという一品となります!」
「拳で、というのはどういうことだね?」
参加者の1人が挙手して質問した。いやそれより、商品の説明にそんなの要らないだろ。
「言葉どおりです。その異邦人の冒険者は武器を使わず、主に拳脚で獲物を狩るのです。毛皮に一切傷を付けずに倒すので、狩猟ギルドでは有り難い存在であるとか。今回の品も、その1つとなります」
そう言って司会者が俺の方を見た。それに釣られて参加者達の視線が一斉にこちらを向いた。しまった。時々、見学に来てる出品者が紹介されてたから、こうなる可能性も考慮に入れておくべきだった。
「もし皆様の中に、意中の獲物がある方がいらっしゃいましたら、依頼などしてみるのもよいかもしれませんね。では本題に入りましょう。開始は6万ペディアから!」
「7万!」
「8万!」
「9万5千!」
一斉に声が上がる。おいおい、あっという間に10万近くにって今10万を超えたな。
「やはりファルーラ鹿であの大きさは前例がないからな。次にまた出るとも限らないから、食いつく者は食いつくか」
と納得してるのはヨルグさん。これは思ったより高値になりそうだな。
「15万!」
「16万!」
「18万!」
というか、既に予想の倍近いな。これより前にも同じくらい白熱した品はあったから、珍しい展開ってわけじゃないんだろうけど。
「壁掛け1つにここまで出しますかね?」
「ふむ……1人は収集家、1人は転売目当てだろうな。あの方は分からんが」
競り合っている3人を見て、ヨルグさん。誰がどんな人か分かるんだな。あの方、ってどこかのお偉いさんでも混じってるんだろうか。
「転売って、ここで競り落とした以上で売れるんですか?」
「ファルーラの名が示すとおり、この国にしか生息していないからな。通常個体でも他国では結構な値になる。十分に儲けが出ると見込んでいるのだろう」
転売屋ってよりは貿易商ってことか。いずれにせよ、金持ちの感覚はよく分からんなぁ。
「30万!」
と、定額で推移していたのが急に跳ね上がった。おやおや、とヨルグさんが声を漏らす。
「他にありませんか!? では3番の方! 30万で落札です!」
ベルが盛大に鳴らされる。落札したのは……子供? 結構な美少――年か? それとも女? どっちにも見える子だな。恰好は男のものだけど、あの子がヨルグさんが言ってた『あの方』だろうか? とても嬉しそうにしてるのが分かる。競り負けた1人は苦虫を噛み潰してたが、もう1人も、他の参加者も微笑ましく見てるな。まぁ、あの子が転売屋ってことはないだろうから、大事にしてくれそうではある。
件の子がこちらを向いて頭を下げるのが見えた。よく分からないが答礼しておこう。
「いいケースになったな。今後、もし同じような個体が持ち込まれたら、剥製にすることを薦めてみるか」
ヨルグさんが満足そうに頷いている。元々、狩猟ギルドからの持ち掛けだったからな。提案してくれたボットスさんには今度お礼を送っておくか。
「が、問題は、もう1つの方だな」
ニヤリと笑ってヨルグさんが俺を見る。
「まだ何か出しているのかね?」
問うシザーに、あぁ、と頷いて、一呼吸置き、言った。
「森絹を1つ、出品した」
さて、こいつにはどれだけの値がつくだろうかね?