第87話:ドラード
ログイン86回目。
眼前に広がる光景に溜息が漏れた。
ドラードへ向かう街道、小高い山の上から見下ろす先には城壁が見える。ドラードの街だ。遠目で分かる規模はアインファストと同じくらいだろうか。
アインファストと違うのは、街に面した海だ。港には木造の帆船が何隻も停泊してるし、沖を行く船も見えた。船の種類とかはよく分からんが、大航海時代、って言葉が浮かんでくるな。ああいう船を見てると、実際の用途は別として、未知への航海って感じがして心が躍る。
しかし面白い構造してる街だな。街は港よりも少し高い位置にあるようだ。城壁は港まで囲ってるが、街と港の間にも同様の城壁がある。海側から攻撃された時の備えだろうか。沖にも防波堤みたいなのがあるから、ひょっとしたら津波対策かもしれない。
まぁ、それはともかくとして。
「やっと海だ。クインは海のものって食ったことあるか?」
尋ねるとクインは首を横に振った。ストームウルフの本来の生息地は、海に面してなかったはずだし、それが普通か。
「お前が気に入る食い物とか、あればいいんだけどな」
狼だから、魚とかあまり食いたがらないかもしれない。そうなったら、しばらくは別行動するしかないかもな。俺は海の幸を味わいたいから、ずっとクインに合わせて行動するわけにもいかない。第一、クインが俺に付いてきてるわけだし。いつまで同行するつもりなのかも分からんしな。
「俺は俺の楽しみを優先するからな。お前はお前で、やりたいことがあったら遠慮せず自由に動けよ」
そう言ってやると、クインは頷いた。
「じゃ、行くか」
ドラードへはすんなりと入ることができた。門番さんはクインを見て一瞬驚いたようだったが、首輪と腕輪をしてるのを見てすぐに納得してくれた。
そんなわけでドラードの街を歩く。行き先は、当然、港だ。
アインファストの街も賑やかだったが、ドラードはそれ以上だ。いや、こっちは何か活気が溢れてる、とでも言えばいいのか。威勢のいい声があちこちから聞こえる。
住人達の服装は袖が短いものが多い。男達は日に焼けた太い腕を晒してる。いかにも船乗りです、といった恰好だ。女達も似たような恰好だな。腕や脚を惜しげもなく晒した感じが多い。それと気性が荒い女も多いんだろう。飛び交う声の中には女の怒声も混じってる。
「いいなぁ、こういう賑やかさって」
ただ歩いてるだけでも楽しくなってくる。しかもそれがファンタジーな感じの世界ってのがいいね。クインは人混みがあまり好きじゃないので煩わしそうだが、そこは諦めてくれ。
そのクインはやはり人の目を引いている。で、それを連れてる俺も同じく。時々、俺の名を呟く声も聞こえたりするので、俺とクインのコンビがドラードの人達にも知られてるってことなんだろう。この感じだと、ミシェイルとゴードンも同じように知られてるかもな。明らかに幻獣だって分かるのを連れてるのは俺達3人だけだし、二つ名【幻獣の友】が生えてたってのも共通してるから。
こっちが人目を引くのは諦めるとして、俺の目が追ってしまう人達ってのもいる。亜人、それも獣人達だ。事前の知識で知ってたけど、獣頭の人型ではない。ぶっちゃければ、獣耳を付けた人間、って感じか。腕とか毛深い部分が残ってるから、人族とは割と区別しやすい。でもケモ耳のお姉さん達は眼福かもしれんが、ウサギ耳の男とか誰得だろうな。
で、獣人達がクインに見せる反応が、何というか普通の人族達と違う。ある一定の敬意のようなものがあるみたいだ。獣人国家で幻獣を狩るのが禁止だったり、素材の取引が禁止だったりするのは、その辺も絡むんだろうかね。
で、獣人達が俺に向ける視線も、クインに向けるそれに近かったりする。幻獣様に首輪を着けるなんて何事か、的なものはないようだ。幻獣に認められている人間、って位置付けなのかもしれない。機会があったら獣人にその辺りの事情とか聞いてみるかな。
「おおぅ……」
港の手前で思わず声を上げてしまった。
簡単に言うなら、すごい人、すごい物量だ。どうやら市場らしく、人も物も溢れている。賑やかを通り越して喧噪に包まれてるって方が近いな。ただ、屋台はそこそこ出てるが、露店は全くない。買い物をしてる人達も大口の購入が多いようだ。ここって卸売市場ってやつだろうか。だったら、普通の人は買い物できそうにないな。
色々と珍しい物もあるみたいだが、眺める程度に留めて、更に奥へと進む。人が多くて歩きにくいかと思ったら、クインが人除けになっているようで、割と楽に進むことができた。幻獣の存在感は半端ないな。
やがて、港との境界である門に辿り着いた。かなり大きな門で、街の入口並だ。通行に制限はないみたいだな。それでも衛兵は配置されているようで、脇に詰め所もある。
「あの、少しいいですか?」
立っていた衛兵さんの1人に声をかける。
「この先、普通に魚介類が買える市場とかあるんでしょうか?」
「異邦人か。この街は初めてか?」
「ええ。港なら市場があるだろうって短絡的にこっちへ来たんですが、どうも想像してた場所と違ったようで」
あぁ、と衛兵さんが笑った。
「こっちは、港から降ろした物資をまとめて取引する所だからな。商人以外が買い物をする所ではない。が、港の方の魚市場は、一般への直売もしているから問題ないぞ。この時間なら競りは終わってるから、水揚げしたばかりのものはないかもしれんがね。門を抜けて、城壁沿いに左へ向かえば狩猟ギルドがあるから、そこに行くといい」
ん、狩猟ギルド?
「港に狩猟ギルドがあるんですか?」
「あぁ、ドラードの魚市場は狩猟ギルドが管理してるんだよ」
なんと。てっきり漁協的なギルドが別にあると思ってた。所変われば、ってやつだな。
礼を言って門を通る。
港はかなりの広さだ。足元はちゃんと石畳で舗装されている。ん、あれって木造だけどクレーンか? 船から大きな木箱を降ろしてるのが見える。積荷って樽ばっかりじゃないんだなと妙な感心をしてしまった。こっちの船も乗ってみたいな。ドラードから島への定期便とかもあるみたいだし。
それはともかく狩猟ギルドは、っと……あれか。城壁からせり出したような石造りの建物がある。その周囲には柱と屋根だけの建造物がいくつも建っていて、その下にはたくさんの人達がいた。いかにも魚市場って感じに見えるな。それに海に近付いたせいか、風に乗って潮の匂いもする。あと少し魚臭い。
ギルドへ近付くと、魚臭さは一層増した。そして、色々なものが目に入ってきた。
木箱に入った魚、魚、魚。魔術か何かで作ったのか、砕いた氷の上に様々な魚が乗っている。現実にもいる魚、見たこともない魚、蟹や貝もだ。他にも、水に入ったまま生きてる魚も置いてあるな。
「おう、兄ちゃん。どうしたね?」
それらに目を奪われていると、魚を扱ってる1人のおっさんが、声をかけてきた。
「いや、すごい量の魚だな、と」
「ははは。朝の競りの時はもっと多いぜ。漁師連中は昼前までに漁をすることがほとんどだからな」
「てことは、ここの魚は昼以降に上がったやつ?」
「昼前の残りがほとんどだな。別の街に運ぶやつや、街中の魚屋、料理屋が使うやつは、ほとんどが昼までに買い付けに来るのさ。昼以降の客層は、港に近い位置に住んでる住人達だ。自分達で食うために買いに来る」
なるほど。しかし目移りするなぁ。魚の料理なんてほとんどしたことないけど、色々食ってみたいし。あと、クインが食える魚も色々と探してみたい。
「じゃあ、これを2匹、それとそっちのを1皿」
まずは現実とのすり合わせができそうなものからにしよう、ということで鯛を指す。【魚介知識】でも鯛と表示されてるし、多分同じものだと思うけど。40センチを超えていて結構なサイズだ。それから、木皿に盛ってある小魚。鰯だ。
「鯛と鰯、どういう食べ方があります?」
「鯛は塩焼きが定番だが、薄く切って、オリーブオイルを使ったソースに絡めたりするな」
それってカルパッチョか? GAOだと生系の食い方をする料理ってないと思ってたんだが。
「鰯は煮込みなんかに入れたりする。だが俺は、焼いたのにレモン汁を垂らして丸かじりにするのが好きだ」
おお、それはそれで美味そうだ。つまみに買った缶詰以外、リアルじゃ鰯なんて久しく食ってないしな。
「美味い魚料理が食いたいなら、いい店があるから教えてやろうか? 持ち込んだ魚を料理してくれる店もあるし」
「是非!」
魚屋のおっさんはそう言って、いくつかの店を教えてくれた。ドラードに来て早々、幸先がいいなぁ。
金を払って木の葉に包んだそれらを受け取り、ストレージに入れる。お値段はお手頃価格だ。リアルじゃこんな大きな鯛、ここまで安く買えないよな。
買い物を済ませて狩猟ギルドの買い取りカウンターに並ぶ。今の時間はまだ戻ってくる狩人が少ないようで、数人しか並んでいなかった。
「よし、次」
前の人の買い取りが終わったので、自分が狩った獲物をカウンターに並べる。ドラードに来るまでに狩った鹿や猪だ。肉だけ確保して剥ぎ取った毛皮も一緒に出しておく。
「血と臓物は抜いてあります。毛皮はそのまま買い取ってもらいたいんですが」
「ほぅ、異邦人がここまで処理して持ち込んでくるのは珍しいな」
処理済の獲物をチェックしながら、筋骨隆々でスキンヘッドの男が笑う。
「それになかなか丁寧な処理をしてるな。満足いく値をつけてやれそうだ」
「そう言いつつ、適正価格なんでしょ?」
「そりゃそうだ。色を付けてやる理由はねぇわな」
ガハハと豪快に笑って、男は獲物を後ろへやり、代金をカウンターに置いた。
「見ない顔だが、ドラードは初めてか?」
「ええ。しばらくここを拠点に、森や海に入ろうと思ってます。まさか海まで狩猟ギルドの管轄だとは思ってませんでしたけど」
「海に棲む魔獣もいるし、狩りも漁も獲物を狩るって意味じゃ変わらんからな」
「ところで、魚や貝は、好きに取ってもいいんですかね?」
勝手に釣りをしたら怒られる場所とかあるかもしれないしな。それで窃盗とか言われたらかなわんし。
「そりゃ好きに取ればいいさ。まぁ漁師達が仕事場にしてる場所なんかもあるからな。奴らの仕事中に同じ場所でするのは避けた方がいいぞ」
が、GAOにはそういうのはないようだ。よし、釣りも素潜りも、やり放題だな。地元漁師の皆さんに迷惑掛けないよう、節度を持って楽しもう。
「それから、ここ、直営の食堂があるって聞いたんですが。魚料理が美味しいと」
さっきのおっちゃんに教えてもらった店の1つがここだったのだ。
「おうよ。新鮮な魚や貝を使った、豪快なのから手の込んだものまでよりどりみどりだ。値段もお手頃だが、荒くれ者も多いのが欠点だな。今の時間ならまだ混んでねぇぞ」
へぇ。海の男が集まる店、って感じかね。何か、ワクワクしてきた。トラブルに遭いたいわけじゃないけど、雰囲気は楽しみたいな。
しかし、今は美味いものを食うのが最優先だ。平穏な内に食いに行くか。
カウンターの代金を回収し、店の場所を教えてもらう。
「あ、そうだ。これをギルドマスターに渡しておいてもらえますか?」
忘れるところだった紹介状を男に渡す。
「じゃ、よろしくお願いします」
返事を待たず、クインを連れて俺は食堂に向かった。よーし、食うぞ!